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第30話

 フィオスがいなくなってからも、俺はしばらく椅子に座ったまま呆然としていた。


 フィオスは、あいつはなんであんな話をしたんだ? プレヴラを脱獄させた犯人を捜しているこの時期に。


 わからない。フィオスの狙いが。


 それに、なんで俺も、受験が終わった後みたいにぼけっとしているんだ。


「おい」


 一連の事件を引き起こした犯人は、フィオスなのか。


 でも、奈落の話をしただけで内通者だと特定するのは、無理がありすぎないか。


 内通者の正体と、奈落の考えに対する矛盾には関連性がない。奈落の歪められた考えを正すために、プレヴラを脱獄させるって、意味が全然わからないし。


 そんなことは、もちろんわかってる。それなのに、なんで俺は、こんなに危機感じみたものを感じて――。


「おいって言ってんだよ! この包茎野郎っ」


 プレヴラの怒声が聞こえて、はっとする。


 テーブルに目を向けると、瓶の中のプレヴラが「ち」と不機嫌そうに舌打ちした。


「なにてめえ、俺様を無視してんだよ。ふざけたことしてっと、マジでぶっ殺すぞ」


 こいつ、また強がっていやがるな。


「強がってるんじゃねえよ。今さら威嚇されたって、全然怖くねえぞ」

「うっせ! てめえみてえなチンカス野郎が、余裕ぶっこいてんじゃねえよ。なめた態度とってっと、マジでてめえの身体に憑依して、ばらばらに解体すっぞ。わかってんのか、ああん!?」

「はいはい。できるものならやってみな」


 適当に聞き流すと、プレヴラは歯ぎしりしていそうな感じで、


「くそっ。チンカス野郎の分際で、調子に乗りやがって」


 言葉を失って引き下がった。


 フィオスは、頭のいい男だ。


 奈落の話なんてしたら、俺が疑念をもつのはわかりきっているはずなのに、なんでリスクを犯してまで話す必要があったんだ。


 わからねえ。しかも、なんで話の相手が俺だったんだ。


 やはり、あいつがプレヴラを脱獄させた内通者なのだろうか。


「なあ、プレヴラ」

「あんだよ」

「お前を脱獄させた犯人はフィオスなのか?」


 改めて切り出してみたが、


「ぁあ? んなこた俺は知らねえよ」


 日曜日の疲れきったお父さんが、子どもに言い捨てるように言い放ちやがった。


「嘘つくなよ。お前は内通者の正体を知ってるんだろ。いい加減に教えろよ」

「は? 知ってたって、だれがてめえなんかに教えるかってんだ。バァーカ」


 うわっ、うぜえ。めずらしくしんみりしてたのに、全然反省してねえよ。


「だが、あんちゃんにこれだけは言っておくけどよ。あいつのことは絶対に信用しない方がいいぜ」


 なんだ? 急に真面目モードになったぞ。


「信用するなって、それをお前が言うのかよ」


 思わず突っ込みを入れると、プレヴラは「けっ」と舌打ちして俺に背を向けた。


「俺の言うことが信用できねえっつうなら、別にかまわねえけどよ。あいつは只もんじゃねえぜ。俺みてえなチンピラじゃ比較にならねえくらいの正真正銘の極悪人さ。

 普段は無駄ににこにこしてっけどよ、裏じゃ何を考えてんのかわかったもんじゃねえ。あいつの笑顔に気ぃ許してっと、俺みてえに剣でぐさりとやられちまうからよ。

 そうならねえように、まあせいぜい気ィつけるこったな」


 捲くし立てるように言うと、プレヴラは一つ目を閉じて寝てしまった。



  * * *



 こうなれば、シャロに相談するしかない。


 あいつは小言が多くてむかつくが、こういうときはすごく頼りになる。


 夜の宮殿は灯かりが乏しくて、なんだか心細い。廊下の向こうが暗くて見えない。


 禁衛師士は、宮殿の中の警備を担当している。だけど、シャロは非番だったはずだ。


 会えば、開口一番で文句を言われるだろうが、そんなことを気にしている場合ではない。


 内廷は校舎の三倍くらい広いから、シャロの部屋に行くだけでも時間がかかる。


 廊下をすたすたと歩いていると、そこの角を曲がったところで、向こうから歩いてきた人とばったり出くわした。心臓が飛び出しそうになる。


 手燭てしょくを持った相手の人は、純白のエプロンをつけたメイドさんだった。暗がりでよく見えないが、茶色っぽい髪を左右で括ってツインテールにしている。


 あ、あなたは、アビーさん!?


「はわわっ!」


 アビーさんは俺を見るなり、可愛い声を出して慌てふためいた。


 手燭を落としそうになって焦っている姿は、アニメに出てくる萌えキャラみたいだ。


 この前からずっと会話できていないから、ばったり会ってかなり気まずい。


 けど、あなたはやっぱり最高です。


「まっ、待ってくれ!」


 しどろもどろになって逃げるアビーさんに、力をふりしぼって叫んだ。


 アビーさんは、足を止めてくれた。細い背中を向けたまま。


 エプロンのかかった肩はフィギュアのように小さくて、うなじから細首にかけたラインもしなやかだ。まるで芸術品だ。


 アビーさんが会話する機会をあたえてくれたんだ。なんとかしなければ。


「ア、アビーさんっ」


 やばい。声がふるえてる。アビーさんの肩も、びくりと反応した。


「この前は、その、本当にごめん。アビーさんの気持ちを考えずにずけずけと聞いちゃって。でも、俺もあれからすごい反省したんだ。あんなことはもう絶対にしないから、だから、その――」

「ごご、ご、ごめんなさいっ!」


 ええぇっ!? それはなな、なんのごめんなさいですか!?


 いや待て。落ち着け。落ち着くんだ。まだふられたと決まったわけじゃない。


 そうだ。このごめんはきっと別の何かのごめんだ、と思ったのに、アビーさんが走っていっちゃったよ。


 さっきの声、ふるえてたよな。たぶん泣いてたんだよな。なんで泣いてたんだろう。


 ああ。もうだめだ。



  * * *



 アビーさんにふられて、フィオスの件なんてどうでもよくなってしまったが、気づいたらシャロの部屋の前にいた。


 ダメージが、計り知れないぜ。


 ゲームでたとえると、魔王の痛恨の一撃を食らった直後みたいだ。歴史シミュレーションゲームでたとえると、戦争で敵の大軍に城を奪われた直後かな。


 格闘ゲームだと、対戦相手のプレイヤーからハメ技を食らった直後……ああ、もういいや。


 なんか、すごいだるい。虚脱感が想像以上に強くて、なんだか気持ち悪い。


 内通者の正体なんて、本当にどうでもよくなってきたな。


 でも、ここまで来ちまったんだから、シャロの可愛くない顔だけでも見ておくか。


 気だるい腕を持ち上げて、扉をノックする。


「はい」


 扉の向こうから、シャロの澄んだ声が聞こえる。


 ぱたぱたとスリッパを穿いた足音みたいなものが聞こえて、扉がすぐに開かれた。


 ドアノブを持って扉を引いているシャロは、寝巻きを着ていた。


 上下に着ているパジャマはピンクのコットンみたいな柔らかそうな生地で、胸のど真ん中に熊さんの可愛いプリントが大きく張り付けられている。


 えっ、熊さん?


 頭には、赤ん坊が被ってそうなナイトキャップを被っている。しかもフードが二つついているタイプで、先端に大きなボンボンまでついている。


 ずいぶんと、可愛いらしいファッションだな。いつものシャロとは、まるで別人だが。


「な、なな……!」


 俺の疑念をダイレクトにキャッチしたのか、シャロのキャップを被っていない部分が真っ赤に染まる。


 扉の隙間から部屋の中が見えるが、うわあ。壁がピンク一色だあ。俺の部屋の壁は真っ白なのに、この部屋はなぜかドピンクだ。


 向こうの棚の上には、何かが山のように積まれているけど……うわあ。猫さんとか兎さんの可愛い系のぬいぐるみがどっさりだあ。


「き、きき、き……!」


 シャロは、あまりの恥ずかしさに呂律が回っていないようだが、それだったら先に扉を閉めた方がいいんじゃないのか?


 それにしても、やや。ベッドの上に乗っかっている、あの巨大な亀さんは――。


「ああ明日にしろっ!」


 俺のサーチアイに耐え切れず、シャロが扉を閉めてしまった。


 それは当然だろうが、さっきのは、ええと……。


 さっきの光景は、一体なんだったんだ? 三分くらい考えてみたけど、明白な回答は何ひとつとして得られなかったぞ。


 部屋が、歳のはなれた従妹いとこの部屋みたいになっていたけど、あれはあいつの趣味なのか? ドピンクはまだしも、熊さんのプリントって。


 シャロは俺より年上だし、昼間はキャリアウーマンみたいにきりきりとはたらいているから、夜もストイックな生活をしているんだと思っていたけど。


 すごいものを見てしまった。


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