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第29話

「ユウマ殿はこちらの世界に来て、何かひどく間違っていることや、ゆがめられているものがあると感じたことはありませんか」


 フィオスが後ろの扉に向かいながら、そう尋ねてきた。


 扉がちょうど開いて、メイドさんが会釈をして部屋に入ってくる。アビーさんじゃなかった。


 メイドさんは、銀色のトレイにポットとティーカップを乗せている。フィオスはトレイごと受けとると、メイドさんをすぐに追い出してしまった。


「ほんの些細なことでもかまいません。何か、気にかかることはありませんか」


 フィオスが返答を急かしてくる。そんな突拍子もない質問を急にされても困るんだが。


 間違いや気になることなんて、山ほどあるけどな。この国のとある王女様の趣味とか、どこかのアストラル系の幻妖のうざさ加減とかな。


 でもフィオスが求めてる回答は、そんなくだらないことじゃないんだよな。さらに内通者の件でもない。


 それでは、俺はなんて回答をすればいいんだ。


「ありませんか。ユウマ殿の世界の話を聞いたかぎりだと、こちらの世界は間違いだらけだと思うのですが」


 フィオスは向こうのテーブルにトレイを置いて、ティーカップに飲み物を注いでいる。ここからだとよく見えないが、きっと紅茶だろう。


 こちらの世界とあちらの世界で決定的に違うのは、大陸が浮いているかどうかだ。


 次に感じたのは、刻印術と幻妖ならぬ化け物の存在だろうか。どちらもファンタジーの世界ではありきたりなものだが、実際に目の当たりにすると異質なものだと思う。


 そんな意見というより感想を並べてみると、両手にティーカップを持ったフィオスが得心したのか、


「やはり根本的なところから違うようですね」


 優しく言って、カップを俺の前に置いた。


 フィオスが淹れてくれた、紅茶らしきものを口に運んでみる。


 味は思ったとおり紅茶に似ていた。砂糖もミルクも入っていないストレートティーだ。


 だけど、紅茶より渋みが強い。甘ったるい清涼飲料しか飲まない俺の舌には合わない味だ。


 フィオスも対面に腰かけて、紅茶を優雅に口へ運ぶ。悔しいが、それだけの所作で、ものすごく絵になる。


「ユウマ殿は、奈落について聞いていますか」

「一応は。概念だけなら、シャロが教えてくれたから」

「ならば、幻妖が奈落からやってくることも聞いていますね」

「それなりには」


 幻妖は奈落からやってくる。


 幻妖というのは、本来イリスに存在しない生物たちを差す総称だ。つまり、イリスの世界の外来種にあたる生物たちだ。


 幻妖たちは、イリスの下に広がる奈落を棲み処とし、何かしらの理由でイリスの世界に上がってくるのだという。


 鳥みたいに飛行できる幻妖は、そのまま飛んでくるらしい。


 だが、翼を持たない幻妖もたくさん存在するようで、彼らは「業風ごうふう」という、奈落で頻繁に発生する竜巻に乗ってやってくるらしい。


 幻妖は必ずしも人間に危害をくわえるわけではなく、中には人間に対して友好的なタイプもいるらしい。


 だが人食いの幻妖による被害が後を絶たないので、エレオノーラでは幻妖を忌み嫌う傾向にあるのだという。


 それが以前にシャロから教えられた内容だ。


「そうです。おおかた合っています」


 幻妖の説明をフィオスにすると、フィオスは教育指導の先生みたいなことを言った。


 シャロの存外な説明をそのまま代弁したんだから、間違っているわけがないだろう。


「しかし、肝心な部分が抜けています」


 なにっ?


「イリスでは、奈落は底のない永遠の闇であると言われています。が、陸がないのに、幻妖たちはどうやって生活しているのでしょうか?」


 それは、俺も最初に感じた疑問だ。シャロには聞けなかったけど。


「魚が海で泳ぎながら生活しているみたいに、幻妖たちは常に空を飛んでるんじゃないのか?」

「鳥類ならば、それは可能でしょう。ですが、空を飛べない幻妖はどうです? 奈落に底がないのに、翼を持たない幻妖がいるのは、おかしくないですか」


 そういうことか。フィオスの言いたいことがやっとわかった。


 イリスの世界の解釈には、間違っている部分、いや、自分たちに都合よく解釈を変えている部分があるんだ。


 でも、その相談を俺にして、どうしようというんだ。こちらの世界の解釈なんて、俺ひとりじゃ絶対に直せないのに。


「こちらの世界、正確にはイリスの世界がですが、イリスの既成概念は間違いだらけです」


 フィオスは力なく立ち上がると、顔を少しうつむかせて悩ましげな表情をつくる。世間一般の女子だったら、確実にときめいてしまうような顔だ。


「私は、それがひどく悲しいと思うんですよ」


 フィオスはがたっと立ち上がり、ポットとティーカップをトレイに乗せた。


「奈落の所論については、イリスの人間たちもその矛盾に気づいているようです。ですが、だれもそれを正そうとしません。なぜだと思いますか?」

「それは」

「奈落に触れることが、イリスでは禁忌タブーとされているからです。奈落は凶悪な幻妖が住まう闇の世界であり、天空神イリスの宿敵です。よって、イリスの人間は奈落を悪の象徴とし、ぶ厚い雲海で奈落を封じ込めているのです」


 フィオスはトレイを持って戸口へと移動していく。その様子を呆然とながめるしかなかった。


 扉の前でフィオスが足を止めて、俺に振り向いた。


「私の長話に付き合っていただきまして、ありがとうございました。ユウマ殿は、すごく話しやすい方ですね。セラフィーナ王女が好くのもわかる気がします」


 ドアノブに手をあてて、「おやすみなさい」と言ってフィオスは部屋を出ていった。


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