第28話
陽がだいぶ落ちてきたころに、セラフィと入れ違いでフィオスが俺の部屋にやってきた。
「ユウマ殿。入りますよ」
フィオスは部屋に入るなり、俺の顔を見て「ふふ」と微笑しやがった。
「俺の顔を見て笑うな」
「失礼しました。改めて拝見すると、ユウマ殿の顔立ちが意外と端正でしたので、思わず面食らってしまったんですよ」
意外は余計だ意外は。
「俺だってな、目と顎のラインをちょっとばかり整形すれば、アイドルみたいになれるかもしれないんだぞ」
「おっしゃっていることがよくわかりませんが、要はがんばっても三枚目止まりということですね?」
「うるさいっ」
バレンタインデーでもらった大量のチョコの処分方法にいつも困っていそうなやつが、さらりと要約するな。
俺の悪態をそよ風のように受け流して、フィオスが不敵な笑みを浮かべる。
「今日の尋問が終わりましたので、プレヴラを返しに参りました」
フィオスが闇の封印というありがたくない術法器具をテーブルに置く。名称は封印じゃなくて封殺だったっけ?
瓶の中にはピンポン玉くらいの大きさのプレヴラがいて、「ちっ」と悪態をついている。
「詐欺師がっ、無駄にすかしてんじゃねーよ。てめえみてえな性悪、だれが好むかってんだ。わざとらしくクールぶりやがって、バッカじゃねーの」
フィオスの温和な表情が一変して凍りついた。まるで電源を切って冷たくなった冬のコタツみたいに。
「なんですと?」
フィオスを包んでいる空気が硬直して、えも言われぬプレッシャーがあいつの身体から発せられる。
フィオスが冷徹な目でプレヴラを見下ろして、
「プレヴラ。あなたは頭がよくて機転も利きますが、口が軽いのはいけませんね。少し黙っていてもらいましょうか」
プレヴラの入った瓶をむんずとつかんだ。プレヴラが瓶の中で身体をふるわせる。
「お、俺を脅そうったって、そうはいかねえぞ。てめえの剣じゃ、俺は斬れねえんだからな。それに、蓋を開けたら、俺はてめえに憑依すっぞ。いいのか!? それでいいのか、ああん!?」
プレヴラは必死にフィオスを威圧しているが、声がふるえているからまったく怖くない。いつもの威勢はどこ行ったんだ。
フィオスは涼しい顔で威圧を受け流している。「ふふ」とせせら笑って、瓶を上からつまむようにして顔の近くまで持ち上げた。
「あなたはたしか炎が苦手でしたね」
「ィいっ!?」
プレヴラが真ん中の目ん玉をひん剥いて驚いている。その姿を見て、フィオスが凶悪な面であざ笑う。
「この闇の封緘は衝撃に強くつくられていますが、偶然にも熱に弱いつくりになっています。さて、熱く煮えたぎった釜にこれごと放り込んだら、あなたはどうなるのでしょうか」
「や、やめろ」
「それとも、あちらに居合わせているユウマ殿に炎を焚いていただいて、燃え盛る火焔にあなたを入れてみましょうか。そうすればきっと、あなたもきれいさっぱり浄化されることでしょう」
フィオスの声は淡々としているが、腹の底を確実に壊す力を秘めている。
プレヴラが「くそがっ」とつぶやいて、敗者の姿をさらしている。いつも調子に乗っている罰だ。
しかし、さすがに可哀そうになってきたので、
「その辺にしとけ」
俺は空気を読んで言った。
フィオスがプレヴラをテーブルに置いて、俺を一瞥する。椅子の背もたれを引いて、優雅に腰かけて、
「ユウマ殿。私と少し話でもしませんか」
なんの脈絡もない提案をしてきた。
「ここで内通者でも探すのか?」
驚きを隠しながら切り出すと、フィオスは口もとをゆがめて嘲笑した。
「そんなつまらないことはしませんよ。異世界からいらしたユウマ殿の話を、私も少し伺ってみたいのです」
つまらないって、お前。
「俺はかまわないけど、俺なんかと話しても何も面白くないと思うぞ」
「そんなことはありませんよ。私もセラフィーナ王女を見習って、新しいことを取り入れていきたいと思いましてね」
セラフィの変態性に毒された男が、こんなところにもいたんだな。
フィオスは颯爽と立ち上がって、俺を気遣うように向かいの椅子を引いた。
「立ち話もなんですから、そちらにお掛けください。お飲み物を希望されるのでしたら、用意させますよ」
* * *
「ユウマ殿がいた世界は、どのような世界なのですか?」
フィオスのそんな質問からはじまって、俺は日本やあちらの世界についてフィオスと話をした。
話をするときはフィオスが質問をして、俺がそれに答えるという形式だったので、話をするのが楽だった。悔しいが、フィオスは話をするのがすごくうまい。
聞かれたのは、日本はどういう国か、環境はいいのか、文明水準はどのくらいか、など俺の低脳では答えられないものが多かったが、俺の家や職業についても根掘り葉掘り聞かれた。
学校の成績や彼女の人数まで聞かれたときは、どうしようかと思った。
話をして改めて気づかされたが、フィオスは俺なんかよりずっと頭がいい。けれど、勉強ができるというのとは少し違う。
なんと言えばいいのか。人間としての経験値が俺よりはるかに高いのだ。
頭がいいと言えばシャロもそうだろうが、あいつは勉強ができる典型的な優等生タイプだ。機転が利くがどこか翳を持つフィオスとは、根本的な何かが違う。
話をすればするほど、フィオスという男の正体がわからなくなってくる。お前は本当に何者なんだ。
「あちらの世界の電化製品と、海の存在がとても気になりますね。しかも、大陸が浮いていないのは驚きです」
「電化製品と大陸が浮いていないのはわかるが、なんで海が気になるんだ? 海なんてこっちにだってあるだろ」
「こちらに海はありませんよ。陸が空に浮いているのに、どこに海が存在しえるというのですか」
言われてみれば、その通りだ。
「じゃあなんで、お前は海を知っているんだ? 空の上に住んでるんだったら、海を知っているのはおかしくないか」
フィオスが「ふふ」と、裏の顔たっぷりの表情で冷笑する。その顔は背筋が凍るから、やめてくれ。
「こちらの世界の人間は、海のことなんて知りませんよ。セラフィーナ王女もシャーロット殿も、存在はおろか、海の概念すら知らないはずです」
フィオスは俺の戦々恐々としているであろう顔を見て、そっと立ち上がった。




