第26話
怒れるセラフィを三十分かけて説得した。
その甲斐あって、アビーさんへのセクハラ疑惑は解けたが、
「だったら、二人でこそこそしなくていいでしょ」
怒りを静めることはできなかった。
「いやだって、アビーさんを尋問しているところを他の人に見せたらまずいだろ?」
「それだったら、シャロにやってもらえばいいでしょ。なのに、なんでアンドゥがアビーを尋問する必要があるの?」
そう言われると返す言葉がないが。
「俺が聞いたっていいじゃんか。なんで、だめなんだよ」
「いいから! だめって言ったらだめなのっ!」
なんだよそれっ。そんなのありか!?
「今度、アビーを尋問したら、お父様に言うからね。わかった?」
ぐっ。お父様を出すなんて、卑怯だぞ。
ぷりぷりと怒りながら立ち去っていくセラフィの背中を眺めて、はあとため息をつく。
俺はアビーさんに嫌われちまったから、意味不明な禁止令を出されなくても、アビーさんに近づくことすら叶わないと思うけどな。
だから、もう妙な正義感や使命感を出して、アビーさんを尋問しなくていい。何も、気にしなくていいんだ。
ああ! しまったぁ! アビーさんに嫌われるなんて、俺は何をやってるんだっ!
アビーさんと、もっと仲良くなって、こんなことや、あんなことをしたかったのにっ。俺のばかぁ!
* * *
それから数日が経過したものの、内通者の足取りは依然としてつかめなかった。
昼間に師士がプレヴラをもっていくから、尋問はどこかでつづけられているのだろう。
だが、プレヴラの主張は相変わらず「俺をこっから出してくれたら教えてやんよ」の一点張りらしい。
俺の方も敗戦が濃厚だ。アビーさん尋問禁止令を発令される以前に、俺はやはりアビーさんに嫌われてしまったみたいで、あれからアビーさんと一言も会話できていない。
廊下ですれ違うと、アビーさんは「ひゃっ!」と小さく飛び上がって、そそくさとどこかに隠れてしまうのだ。
内通者の正体なんて、どうでもいい。アビーさんへの儚く散ってしまったこの思いをなんとか復旧したい。
毎朝味噌汁をつくってもらえなくても、普通に会話できるようになりたい。でも、ああ。一体どうすれば。
そういえばこの前、後宮で盗人に入られるという騒ぎがあった。しかも、入られたのはセラフィの部屋だ。
俺はそのときの様子を目撃していないが、当人のセラフィ曰く、「もう、しっちゃかめっちゃか状態」だったらしい。
テーブルの上や棚の中をめちゃくちゃに引っ掻き回されて、ベッドの布団まではがされていたみたいだ。
だが見た目に反して何も盗られておらず、また他のメイドさんの部屋には被害がなかったらしい。
不気味だが、実に珍妙な事件だ。盗みに入ったやつは何がしたかったのだろうか。
「プレヴラが、あたしの部屋を荒らしたんでしょ」
弱い朝雨から明けた日の昼下がり。
俺の部屋のまん中で、セラフィはテーブルの上に置かれたプレヴラとにらめっこをしている。なぜかメイド服を着て。
俺はメイド服も、メイド服を着ている女の子も好きだから、お前ががメイド服を着るのは大歓迎だが、お前は一応王女なんだよな。なんでメイド服を着用する必要があるんだ?
瓶の中から、プレヴラのくっくっくという陰湿な笑い声が聞こえてくる。
「おいおい姫さん、無茶言わねえでくれよ。俺はずっと、こん中に入れられてるんだぜ。なのに、どうやって姫さんの部屋に侵入すんだよ、ええ?」
「それは、ほら。幻妖の力でガラスをすり抜けるとか」
「それによ」
プレヴラはセラフィの言葉を無視して、いやらしい一つ目をガラスに押しつけた。
「俺様がもし姫さんの部屋に侵入したら、被害はあんなもんじゃ済まないぜえ。金目のもんでも姫さんの下着でも、なんでも盗ってやっからよお、ああん?」
変態を地で行くセラフィも、この鬼畜発言には顔面蒼白になっている。ゲテモノ好き王女も、アストラル系の幻妖には敵わなかったか。
「お前の部屋を荒らしたのは、プレヴラじゃないぜ」
ベッドに寝っ転がりながらフォローしてやると、セラフィがむっとした顔で俺の傍に寄ってきた。
よく見ると、怒った顔も可愛いな。メイド服もなにげに似合ってるし。
「じゃあ、だれがあたしの部屋を荒らしたの?」
「さあな」
それがわかったら苦労しないだろ。怪しいのはアビーさんだが、お前が発令した尋問禁止令のせいで事情聴取できないしな。
それにしても、こんな気味悪い状態がいつまでつづくんだよ。これじゃあ、おちおち寝られないじゃないか。
「なあ、プレヴラ。お前は内通者を知ってるんだろ。もったいぶってないで、教えてくれよ」
あれこれと駆け引きするのは面倒だ。思いのたけをプレヴラにぶつけてみたが、
「ぁあ? だから教えてほしかったら。先に俺をこっから出せって言ってんだろうが。この真性包茎野郎がっ」
俺のとなりでセラフィが「しんせい?」と首をかしげているが、それはスルーして、今度は俺がプレヴラの前に立った。それと、俺は断じて真性ではない。
俺はプレヴラの入った瓶をもって、蓋にそっと手をあててみる。プレヴラの顔が喜色満面でかなり気持ち悪い。
「お前を出したら、本当に教えてくれるんだな?」
「だ、だめだよっ!」
セラフィがわきからすっ飛んできて俺の手を抑えるが、そんなものは無視だ。こんな薄気味悪い状況がつづくのは、もう我慢できない。
プレヴラはガラスごしに、それはもう悪辣な笑みを浮かべて、
「ああ。教える。教えてやんよ。だから早く俺様をこっから出せよ」
まん中の一つ目をきらきらと輝かせていやがる。
お前、絶対に教える気なんてないだろ。嘘をついているのが手にとるようにわかったぜ。
「出すわけねえだろうがあ!」
プレヴラを瓶ごと壁に投げつけてやった。




