第24話
プレヴラの脱獄騒動から一晩が明けた。
意識不明の重態だったベネットさんは昨日の夜に意識をとり戻して、今は王宮で治療を受けている。剣で腹を刺されたけど命に別状はなかったらしい。
幻妖によって壊されてしまった建物の復旧作業も、昨日からさっそく行われている。官吏たちの指揮の下、街の人たちがワイワイと騒ぎながら材木や石を運んで、屋根の上や壁にトンカチを打ちつけている。
街のにぎやかな感じは、まるで祭りの準備をしてるような感じだ。昨日はあんなに騒ぎになっていたのに、こちらの人たちは全体的に呑気だ。マイペースというか、のんびりというか。
日本人みたいにきりきりと立ち回っているのはシャロだけだな。
街や王宮にそれほど大きな変化はなく、こちらの世界は今日も通常営業だ。
そして一番気になるプレヴラの内通者の件だが、あの日の午後から早速シャロやフィオスらによるプレヴラの尋問が開始されたらしい。
俺も立ち合いたかったが、シャロの「貴様のような半端者はいらん」の一声で、俺はあっさりと門前払いをくらってしまった。
しかしプレヴラは結局口を割らなかったらしい。内通者の存在を否定しなかったものの、「顔は暗くてよく見えなかったから、俺は知らないねー」とすっとぼけた回答を繰り返して、シャロの眉間の血管を大いに刺激していたようだ。
そして、
「なあ幻妖の兄ちゃん。俺をこっから出してくれよお」
俺の部屋のアンティークなテーブルの上に、闇の封緘という胃薬のガラス瓶みたいな容器が置かれている。その中から猫なで声が聞こえてくるのは決して空耳ではない。
押し付けられたのだ、プレヴラを。
正確には尋問できない時間帯、つまり朝と夜だけ俺がこいつを管理せねばならなくなってしまったのだが、その理由が理不尽きわまりなかったのだ。
「幻妖に間違えられた貴様なら、プレヴラを監視することなど容易であろう?」
とか言いやがったんだぞ、あのパリジェンヌ。今晩のおかずにマダライモムシの数匹でも盛ってやろうか。
冗談はさておき、内通者の正体がわからない以上、プレヴラを牢屋に入れておくのは再犯の可能性が高くて危険である。そのため、信頼できる人間に監視させるべきだと官吏たちは考えているようなのだ。
だが内通者は王宮の中にいる可能性が高いので、見知らぬ官吏にわたすのも危険だ。
反面、脱獄騒動のときに外に出ていたシャロと俺は状況からして内通者であるはずがなく、プレヴラを監視するのに最適である。
という話し合いの結果、俺はこうしてプレヴラと向き合っているのだ。
ちなみに、新参者が脱獄者の身柄を見張るべきではない、という俺の貴重な意見はことごとく却下された。それとセラフィは王女なので、身分的に候補者には入れられないようだ。
「なあ兄ちゃん、そんなにじろじろ見てるんだったら俺をこっから出してくれよ」
プレヴラは身体の真ん中の一つ目を俺に向けて、出せ出せとしつこく要求してくる。だれがお前なんか出すか。
しかし改めて見ると、サイズとか質量の問題など突っ込みどころが満載だな。そもそも、まず本当に幽霊なのかどうかがすごく疑問なのだが。
幽霊って、普通は霊感のある人しか見れないはずだもんな。それなのに、なんでこんなにはっきりと視認できるのだろうか。
「お前は本当に幽霊なのかよ」
一応聞いてみると、プレヴラは一つ目を上に向けて、
「さあ? 兄ちゃんがそう思うなら幽霊なんじゃねえの?」
面倒くさそうに言葉をはぐらかす。
「真面目に答えるつもりはさらさらなしか」
「だって、正直に答えたって出してはくれねえんだろ。こっから出してくれるって約束してくれるんなら、まあ考えてやってもいいけどぉ?」
「出したところで真面目に答えるつもりなんてないんだろ。見えすいた嘘をつくな」
するとプレヴラは、ガラスの壁に目を押し付けて嬉々と笑った。
「んなこたぁねえよ。俺を脱獄させたやつの名前くらいは教えてやんよ。兄ちゃんだって知りたいんだろお? だれが内通者なのかをよお」
くっ、交渉するのは向こうの方が一枚上手か。こんな見えすいた誘惑にだまされるな。
しかし内通者はだれなのか、すごく気になる。
「兄ちゃんよお、まだだれも内通者の正体を特定できてねえんだから、兄ちゃんが一番に探し出せたら大手柄だぜぇ? あのシャーロットを見返してやりてえとか思わねえのかよ、ああん?」
シャロを見返すのは良案だな。いやだめだ、悪魔の誘いに乗るな。
「それに兄ちゃんにだけは好みでこっそり教えてやっけどよお、実は俺、そいつの顔と名前ばっちりおぼえてるんだよぉ。今なら出血大サービスで教えてやんぜえ」
プレヴラがガラスごしに、くっくっくとマンガ笑いしてやがる。だめだ、舌戦ではこいつに到底勝てっこない。
「あーあ。早くしねえとあいつがまた動き出しちまうかもしんねえぞ。次は何やんだろうなあ。姫さんの暗殺かな。それとも天穹印の破壊かぁ? くくーっ、楽しみだぜえ」
俺は「手に負えなくなったときに使え」とシャロからわたされた黒いハンカチをポケットからとり出して、プレヴラを瓶ごとその中にくるんだ。このハンカチは声を遮断する術法器具なのだそうだ。