第22話
プレヴラは王宮に向かって走っている。プレヴラの立っていた位置が俺たちよりも王宮に寄っていたからなのだが、このまま王宮に突き進んでどうするつもりなんだ。
官吏や禁衛師士とかち合ったら大騒ぎになるんだぞ。
「ベネット殿、どちらに行かれたのですか。べネット殿ぉ」
なんて考えているそばから、王宮から官吏らしき人間がやってきた。
向こうからやってきたのは、ピンク色の長い髪を伸ばした男だった。すらっと背が高くて、人事官のフィオスみたいないけ好かないイケメンで。
いや、あいつはフィオス本人だ。何してるんだ、この非常時に。
フィオスはプレヴラに憑依されたベネットさんの顔を見ると、
「おやベネット殿。やっと見つけましたよ。師団長から使いを仰せつかったので届けに参りました」
呑気なことを言った。しかしプレヴラに憑依されたベネットさんに不意打ちされて、慌てて斬撃を避けた。
「ベネット殿、いきなり何をするのです!? 私です。人事官のフィオスですぞ」
「けっ、ぐだぐだ言ってねえでそこをどきな」
フィオスは、プレヴラの雑な斬撃を器用にかわしながら制止を呼びかけている。どうでもいいけど、文官のくせに身のこなしが軽いな。
やがてプレヴラに追いついたシャロがフィオスに向かって、
「フィオス殿! ベネット殿はプレヴラに憑依されているのだ。そいつを早く捕まえてくれ!」
息も切れ切れに叫ぶと、フィオスが後ろに飛んで不敵な笑みを浮かべた。
「おや、そういうことでしたか。何やら素晴らしい状況に出くわしてしまったようですねえ」
こんな状況を心から楽しんでいないで早くプレヴラを捕まえてくれ。
あいつはやっぱり好きになれないな。泰然とかまえている態度が俺よりもはるかに様になってるし。
プレヴラは用心深く後ろに飛んで、フィオスと距離をとる。
「ち、油断してる隙に逃げようと思ってたのによ。あのくそ女、余計なことをしやがって」
「プレヴラ、観念して大人しく捕まりなさい。さもないと痛い目を見ることになりますよ」
「るせえ! あんな臭え場所に戻るのは嫌なんだよ。そうなるくれえだったら、てめえをぶっ殺して血路を斬り開いてやんぜ」
プレヴラが悪辣な笑みを浮かべて剣先を光らせる。
「それに牢屋で見てたときから、てめえとは一度殺り合ってみてえと思ってたんだよなあ」
「おやおや、いきなり何を言うのかと思えば。机仕事しかできない官吏を脅迫するのはやめていただきたいですね」
「けっ、猫被ってんじゃねえよ」
プレヴラは唾をぺっと吐いてフィオスの腰のあたりを指さす。
「じゃあその腰の剣はあんだよ。戦闘準備万端のくせに堂々と嘘こいてんじゃねえよ」
「これはただの護身用ですよ。他の官吏だって帯剣くらいしているでしょう?」
「けっ、その割にはずいぶんと変わってる剣じゃねえか。ひ弱な官吏が、そんな黒塗りの剣なんて普通持ってるわけねえだろうが、ああん!?」
プレヴラの怒声を受けてフィオスは不意に笑みを止めた。そしてあいつを包んでいる穏やかな空気が、急速に凍りついたような気がした。
フィオスは口もとを緩めて、左手の袖からひとつの小瓶をとり出した。
「プレヴラ、おぼえていますか? あなたの大好きな闇の封緘です」
「んなもんは知らねえな。見たこともねえ」
「白を切るつもりですか、それもまあよいでしょう。これはベネット殿を経由してシャーロット殿にわたす手筈だったのですが、その必要はなくなりました。あなたの封印は私が代行いたしましょう」
淡々と口を切ってから、フィオスは右手でゆっくりと剣を抜いた。
刀身は、プレヴラの言う通り真っ黒だった。暗黒騎士もびっくりするような闇の剣だ。
しかも形が俺やシャロの剣みたいに曲がっていない。真っ直ぐの西洋剣だ。
プレヴラが親指を突き出して、得意気に自分の身体を指す。
「てめえごときが俺様をたおせんのかよ。言っとくがこの身体はてめえの同僚の身体なんだぜ。その剣でぶすっとぶっ刺したら、大変なことになっちまうんだぜ、ああん!?」
「そうですか。それは困りましたねえ」
と言いながら、全然困っている感じじゃないぞ。あいつ、まさか……。
「おら死ねやぁァ!」
プレヴラが奇声を発して飛びかかる。フィオスが手を出せないと高を括っているから胴がすげえがら空きだ。
そこに――。
「うっ」
プレヴラの腰から黒い刃がぶすりと貫かれる。フィオスはプレヴラの腹に剣を突き刺して、なんのためらいもなく殺りやがった。
「フィオス、てめえ……」
虫の息のプレヴラから剣を引き抜いて、フィオスは手慣れた手つきで小瓶の蓋を開ける。
瓶の口から掃除機みたいに吸気が発生して、プレヴラの身体から「ぁあああ!」という汚い悲鳴が聞こえてきた。
ぐったり倒れるプレヴラの背中から本体の霊体があらわれて、瓶の口に吸い込まれていく。
胡椒の瓶くらいの大きさしかない瓶にプレヴラが入りきるとは到底思えないが、どういう原理か小瓶の中にすっぽり収まってしまった。
こうしてプレヴラの脱獄騒動はあっさりと幕を閉じたのだった。