第21話
「くそがあ!」
怒り狂ったプレヴラが無謀な突撃をしてくる。なんでもない攻撃だが、あいつに取り憑かれたりしたら大変なことになる。
俺はシャロの指示に従って後退して、同時に腰に差した剣を抜き放った。
プレヴラを剣で斬ることはできないが、剣と炎をミックスさせたらどうなるか。あいつの身体を焼き斬ることができるのではないか。
炎の刻印を剣の峰に擦り付けて念を送り込む。刻印が炎を呼び起こして紙を焼き焦がす。
紅蓮の炎が刃の周囲を旋回しながら燃え上がる。切っ先へと延びたそれは、俺の目の前に強靭な炎の柱を形成した。
「アンドゥ、すごい」
後ろでセラフィの呆然とした声が聞こえる。まさか俺も成功するとは思っていなかった。
「げげっ! マジかよ兄ちゃんっ」
プレヴラがまた大玉みたいな巨体を震わせてたじろぐ。この一瞬の隙を逃してなるものかっ。
「逝け、プレヴラ!」
赭の剣を引っ下げてプレヴラに反撃する。あの巨体に急接近して剣を大きく薙ぎ払う。
剣の炎がかするたびにプレヴラのまわりの霊体が焼かれて、紙を焦がしたようなきな臭いものが鼻を伝う。
俺に剣術の心得なんてないから、きっとシャロの目には俺の動きの無駄ばかりが映っていたのだろうが、怯えるプレヴラを追い詰めることに成功した。
「そこだ、プレヴラに早く止めを刺せ!」
シャロに指図されるまでもない。
だが、俺が炎の剣を構えなおしたときだった。
「くそ、こうなったら仕方ねえっ!」
プレヴラがロケット花火のように真上に突然跳躍した。そして上空で漆黒の身体を四散させて、空からも姿を消した。
打ち上げ花火のように消えちまったけど、あいつは観念して自殺したのか? そんな感じではなかったが。
「油断するなっ。やつは幻妖の中でも数少ないアストラル系の幻妖だ。身体を消失させて別の何かを狙っているのかもしれん」
炎の消えた剣を持って、シャロに背中をあずける。
プレヴラがどこかに隠れていて、一発逆転の奇襲を狙うとしたら、対象はきっと俺たちだ。
だから、シャロと背後の死角をなくせば、プレヴラは奇襲することができなくなるはず――。
だが、あいつの狙いは違っていた。
「ベネット殿!」
「う、うわあ!」
プレヴラが地面から姿をあらわしたのは、禁衛師士のベネットさんの背後だった。
プレヴラはまわりの霊体の頭を触手みたいに伸ばして、おっさんの身体を縛りつける。そしてプレヴラの本体らしきものが、おっさんのシャツの首もとからどんどん入り込んでくる。
あいつ、ベネットさんに憑依する気だ。
「ほんとはこんなくせえ野郎に憑依したくなかったが、背に腹は変えられねえ。てめえら、ここでまとめてぶっ殺してやんよっ!」
プレヴラの大きな目玉がベネットさんの背後からにょきっと伸びて、俺を恨めしく睨みつける。
プレヴラを追い払いたいが、炎で攻撃したらベネットさんまで巻き込んでしまう。どうすればいいんだ!?
俺とシャロが地団駄を踏んでいるうちに、プレヴラは淡々とベネットさんに憑依していく。数分も経たないうちに身体の全部がベネットさんの中に入ってしまった。
ベネットさんは肌が黒人みたいに黒く変色する。額の真ん中に一本の水平線が走って、それが上下にぱっくりと見開かれる。
あの邪眼みたいな目は、プレヴラの本体についていた目だ。
「くーっくっくっく。やったぜ憑依成功だ。これでてめえらをなぶり殺しにできんぜ」
ベネットさんに憑依したプレヴラが腰の剣を抜き放つ。にやにやと犯罪者みたいな顔でシャロに斬りかかった。
「おらおらァ! てめえの同僚をぶっ殺したければかかってこいや!」
「くっ! 卑怯な真似を……!」
シャロは剣を避けながら臍を噛む。仲間の身体を盾にとられたら、いくらシャロでも斬れるわけがない。
それは俺も同じだ。手にはまだ火の刻印が数枚あるが、爆弾みたいな破壊力を持つ炎で攻撃したら、ベネットさんの身体は木っ端微塵になってしまう。そんなことは絶対にできない。
プレヴラは俺に身体を向けて、右手の親指で自分の胸を指した。
「おらおら、幻妖の兄ちゃんもさっきの勢いはどうしたんだよ。さっきのかっこいい剣で俺を斬ってみろよ。そうすりゃ俺がくたばって、万事解決になるんだぜ」
「う、うるせえ」
「あ、てめえら人間からしたら万事の解決にはならねえか。だって、てめえらの同僚も一緒に逝っちまうんだもんなあ」
こいつはどこまでも性根が腐っていやがるんだ。こんな小憎たらしいやつ、ゲームの世界でもなかなかお目にかかれないぞ。
「お前、本当に最低なやつだな」
ぼそりとつぶやくと、プレヴラは額の目玉をくわっと見開いて俺をにらみつけてきた。
「ぁあ!? 最低だあ? それは、てめえら人間の物差しで測るから、そう見えるんだろうが。……俺は幻妖だ。てめえら人間とは、生まれた環境も感性も価値観も全く違う。それなのにてめえらの価値基準で裁量してんじゃねえよ。この豚どもがっ」
場の中央で、プレヴラがくっくっくと得意の高笑いをする。
悔しいが、俺もシャロも今のあいつには手が出せねえ。あんなに隙だらけなのに。くっ、どうすればいいんだ。
しかしプレヴラはぶっ殺すと宣言しておきながら、ベネットさんに憑依してからろくに反撃してこない。何がおかしいのか、さっきから、くっくっくと笑い転げてばかりいる。
俺とシャロを挑発して、反撃の機会をうかがっているのか。最初はそう思っていたけど、そうでもないようだ。
現にプレヴラは、俺とシャロが手を出せないことをいいことに完全に勝ち誇った顔をしている。うわっ、あの顔、すげえ腹立つ。
しばらくするとプレヴラは挨拶するように手を出して、
「じゃ、そういうわけだから、そろそろずらからせてもらうわ」
しれっと言い放ちやがった。
「ずらかるって、お前、さっきは俺たちを殺すって息巻いてたじゃんか。それなのに尻尾を巻いて逃げるのか?」
「いやあ、幻妖の兄ちゃんとかの心底悔しそうな顔を見てたら、なんだか満足しちゃってさ。復讐とかもうどうでもよくなっちまったんだよ」
かなりの気分屋だな。さっきまであんなに怒り狂ってたのに、怒りの感情はどこにいっちまったんだよ。
しかしプレヴラは本当にどうでもよくなってしまったのか、半歩下がって冷笑した。
「俺はてめえらに対して溜飲を下げられりゃ、それでいんだよ。それも終わっちまったら、こんなところにもう用はねえ」
「待てプレヴラ!」
背を向けて走り出すプレヴラをシャロが追う。俺もこうしてはいられない。
後ろでぽかんとしているセラフィを連れて、俺たちもプレヴラの後を追った。




