第20話
「くーっくっくっくぅ。やっと見つけたぜえ、シャーロット」
西洋風の赤い屋根の上に、一つ目のわけのわからない物体がぷかぷかと浮いていた。
「てめえ、よくもこの俺をあんな汚え牢屋にぶち込んでくれたなあ、ああん!? この男女がっ。ぜってー許さねえぜ」
この子供の声を機械で出しているような、そして少しこもっている声は、王宮の地下牢で聞いたプレヴラの声だ。
生意気で無駄に挑発してくる言い回しも、あのときとまったく変わらない。
けど、見た目がっ。ええと、あれは一体なんという物体なんだ?
イメージとしては、怨霊の集合体なのだろうか。半透明の幽霊の頭みたいなものが身体のまわりにうじゃうじゃいて、そいつらの真ん中にプレヴラの核と思われる一つ目が大きく見開かれている。
どうでもいいけど、かなり充血してるな。
もうなんというか、変な生き物や現象に遭遇してばっかりだから、プレヴラの衝撃的な姿を目撃しても全然驚けないな。
こいつの正体は幽霊か? それとも妖怪なのか? 別にどっちでもいいか。どうせ幻妖なんだろ。
そんなことを考えている俺にプレヴラが視線をうつしてくる。
「おいおい幻妖の兄ちゃんよお、なにてめえ俺を裏切って、こいつらの下僕に成り下がってんだよ。俺と派手に暴れようぜって、この前に約束したばっかじゃねえかよ、ああん!?」
出し抜けにわけのわからないことを言うな。俺はお前なんかと約束したおぼえはないし、派手に暴れたいと言ったおぼえもない。
むしろ王宮の部屋に篭って、一日中だらだらしていたいくらいだ。
「お前が何を言っているのか、俺には全然理解できないが、俺は幻妖じゃないからな。お前みたいな気持ち悪いやつと一緒にするな」
プレヴラの主張をきっぱりと否定すると、あいつのまわりのうじゃうじゃした霊的物体が、扇風機の羽根みたいに急速旋回しだした。
「ああん!? この前俺様の言葉にびびりまくってたチキン野郎の分際で、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
うわあ、真ん中の目がすげえ血走ってるよ。
プレヴラはどうやらマジで怒っているみたいだ。人をだますわりには短気なんだな。
呆れている俺をシャロが右手を出して制する。
「やめろ。プレヴラをあまり刺激するな」
刺激するつもりではなかったんだけどな。
プレヴラもまたいくらか冷静さをとり戻して、
「おっと、そうだったぜ。俺の今の復讐のターゲットは幻妖の兄ちゃんなんかじゃねえ。そこのくそ女の方なんだよ」
そして真ん中の一つ目をくわっと気持ち悪く見開いた。
「てめえ、この間はよくも俺様を捕まえて見世物にしやがったな。てめえのエロい肢体に乗り移って、こんなことやあんなことしてやんぜ!」
「こんなことやあんなことっ!?」
なんだそれ!? シャロの肢体に乗り移って、具体的にどんなことをする気なんだっ。
思わず声を上げてしまったから、シャロに頭を引っ叩かれてしまった。
「ご託はいい。貴様の相手をしてやるから、さっさとかかってこい」
「じゃあ死ねやあ!」
シャロが腰を下げて身構えたのを皮切りに、プレヴラが上空から襲いかかってきた。
シャロは剣の柄に手をあてたまま、プレヴラの急降下を横に飛んでかわす。プレヴラが着地した瞬間、まわりのうじゃうじゃした幽霊たちが一気に放出されてあたり一面に飛び散った。
プレヴラは充血した目を大きく見開いて、シャロにしつこく体当たりを仕掛けてくる。
「おらおらどうしたあ! てめえの抜刀術はこの国で一番なんだろうが、ああん!? さっきからちょこちょこ逃げ回ってばっかじゃねえか」
「黙れっ」
プレヴラから放出される得体の知れない幽霊たちをシャロが剣で払うが、薄い刃は幽霊たちの半透明な身体を透き抜けてしまう。
幽霊たちの頭が正面に迫り、シャロは腰をひねってかろうじてかわした。
「くっくっく。無駄だぜえ。てめえのエクレシアはなんでも一瞬で斬れるっていうのが売りなんだろうが、それはあくまで物理世界での話。俺みたいなアストラル体は、鉄や鋼じゃ斬れねえんだよおぉぉ!」
プレヴラが絶叫しながら大きく跳躍して、身体を地面に叩きつける。まわりのうじゃうじゃした霊体があたり一面に飛び散って街の人たちに襲いかかる。うわっ、こっちにくるな!
「やばいっ。シャロが苦戦してるよ!」
セラフィが俺の裾を引っ張ってくる。けど、俺にどうしろって言うんだ。あんな実体のないモンスターをたおすことなんてできるのか?
待てよ。あいつを剣で斬り捨てることはできないけど、刻印術の炎ならたおせるんじゃないか?
幽霊系のモンスターといえば、ロールプレイングゲームの世界だと炎に弱いのが定説になっているし、実体のないものに対処できるのはやはり魔法の力だろう。
「セラフィ。炎の刻印はまだ残っているか?」
「炎の刻印?」
「ああ。刻印術の炎でプレヴラをたおすんだ」
セラフィが「ああ!」と目を丸くした。
「うん! ちょっと待ってっ」
セラフィがポーチみたいなバッグをごそごそとあさって、火の刻印が描かれたありったけの紙をとり出す。ぱっと見ただけで十枚くらいはありそうだ。
「アンドゥ、シャロを助けて!」
「まかせろっ」
本心ではプレヴラなんて相手にしたくはないが、あんな凶悪なやつを野放しにするわけにはいかないだろ。
「シャロ、はなれろ!」
二枚の刻印を放り投げて両手を合わせる。火の玉を連想して気を集中させると、上空の紙が巨大な火の玉に変化して高速で飛び出した。
「げげっ!」
油断していたプレヴラが目ん玉をひん剥いて驚く。俺の召喚した炎がプレヴラの身体をかすめて、まわりのうじゃうじゃした霊体がじゅっと音を立てて溶解した。
まだだ! 俺は畳み掛けるように炎を具現化してプレヴラを攻撃する。炎の矢を浴びせると、プレヴラは堪えきれずに上空へと逃げ出した。
「幻妖の兄ちゃんは刻印術の使い手だったのかよ。くそめんどくせえ野郎が、俺の邪魔すんじゃねえよ」
どうやらあいつは、俺を難敵と認知したらしい。戦局を有利にするために、ここはハッタリをかましておいた方がよさそうだ。
「悪いなプレヴラ。俺はセラフィの側近になっちまったから、立場上お前の悪事を見過ごすわけにはいかないんだ」
「ぐっ、てめえ」
「それと言い忘れていたけど、俺の家系は悪魔退治を専門にする有名なエクソシストだからな。覚悟した方がいいぜ」
「なな、なんだって!?」
プレヴラが一つ目をさらにひん剥いて身震いさせる。意外と素直でだまされやすいんだな。
「そういうことだから、聖なる炎で焼かれるか、それとも俺たちに屈服して降参するか、好きな方を選ぶんだな」
「こ、この雑魚野郎があっ」
プレヴラが俺の挑発に乗って激怒する。この前まんまとだまされたから、そのお返しだ。
あいつはあまりに悔しいのか、白目の色がみるみる変わっていった。