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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
破天荒王女と天穹の刻印
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第18話

「さあ、どんどん食べてー! たーんと召し上がれえ」


 切り株みたいなテーブルにどんどん運ばれてくる料理をながめて、セラフィが嬉しそうに両手を広げる。対する俺とシャロは、テーブルの上の猛者もさたちと相見あいまみえて、言葉を失った。


 最初に運ばれてきたのは、まだら模様のグミを集めてフライパンで炒めたような、イモムシの炒め物だった。パセリも葉物も添えずに、それだけが皿にまんべんなく乗せられている。


 次に運ばれてきたのが、店に入る前に見かけた、黒くて肢のたくさん生えた虫の料理だ。


 真ん中の胴体からぶら下がっている腹部がぷくりとふくらんでいて、胴体から伸びている肢は八本で――蜘蛛くもだこれ。


 色が真っ黒なのは、元々そういう色だったのではなくて、焦げたのだ。調理の過程で。


 ちょっと待てっ。黒は悪の象徴なんじゃなかったのか。


「こっちがねえ、エリノールマダライモムシのソテーで、そっちの黒いのがアリスアシナガグモの丸焼き! どっちもすっごくおいしいんだよお」


 セラフィが王女なのに、現地の人みたいに解説してくれる。それに対してシャロは「そ、そうですか」と片言かたことで返答している。涙目になってるぞ。


 シャロなんかに気をまわしている場合ではない。俺もマダライモムシのソテーとやらを見下ろして、ごくりと生唾を呑み込んだ。


 これは、一体なんの罰ゲームなんだ? 腹のあたりがぴくぴくと動いているような気がするが、それはきっと目の錯覚なんだよな。


 セラフィはスプーンを持って、アリスなんとかグモの数匹を掬ってぱくり。


「おーいひーい」


 煎餅せんべいを食べているときみたいに、ばりばりと噛んでいやがる。


「どうしたの? ふたりとも食べないの?」


 今度はマダライモムシをむしゃむしゃと食べながらセラフィが首をかしげる。


 やはり食わないとだめなのか?


 立場的には食わないとだめなんだろうな。俺とシャロはセラフィの側近なんだし。身分的にも食わないとまずいだろう。


 しかし、しかしぃ。食うのか、食うのか!?


 だってマダライモムシだぞ。まだ生存している方が、数名いらっしゃるのかもしれないんだぞ?


 わかったっ。では、こうしよう。シャロが食べたら俺も食べよう。


 そう決心してシャロの動きをそれとなく観察しはじめたが、どうやらシャロも同じことを考えているようで、さっきから俺の方をちらちらと見てくる。


 へっ、奇遇じゃねえか。今だったらいい戦友ともになれるかもしれないな。


「ねえシャロ食べないの?」


 セラフィの標的がシャロにセットされる。シャロは「あのっ」とか「きょ、今日は、お腹の調子がっ」と、か細い声で抵抗するが、


「じゃあ、あたしが食べさせてあげる」


 セラフィにマダライモムシの数匹をひょいと掬われて、シャロの顔がいよいよ蒼白になった。あばよシャロ。


「じゃあ俺はトイレに」


 マダライモムシを食わされたシャロを尻目に、席を立とうとした俺の裾をだれかがつかんだ。


「アンドゥにはこれっ」


 セラフィが新しい皿を持って、可愛らしく微笑んでいた。


 皿の上にたっぷり盛られているのは、イクラみたいな小さい卵だ。それだけ聞くとおいしそうだが、色は水色だぞ。しかも、中に黒い幼虫みたいな物体がうっすらと見えちゃってるんだぞ。


「エレオノーラの珍味。エリノールツノアリの卵! これすっごくおいしいんだよ。絶対おすすめ!」


 おすすめされちまったよ。王女殿下に。


 この試練から逃れることはできない。俺は席について、そのアリの卵たちと真剣に向き合ってみた。


 一般的にゲテモノ料理に属される彼らだが、じっと見つめているとなんだか宝石みたいできれいだ。わあ、アリの宝石箱やあ。


「ねえアンドゥ食べないの?」


 待ち焦がれたセラフィが、ご丁寧にアリの卵をスプーンで掬ってくれる。


 このお姫様はなんてお優しい方なんだ。俺みたいな下賤の民にも大層なお気遣いをしてくださる。


 あまりに嬉しすぎて涙が出てきたぜ。


 あは、あはは。あはは。プチプチいってる。プチプチいってるよ口の中で。ああうまい。うまいよこれ。


「ああ、おいしかった」


 セラフィとの最後の晩餐ばんさんを終えて、全身の力を抜かれたシャロと俺はなんとか生還した。ほんの三十分くらいの間で、一週間分のエネルギーを使い果たしちまったよ。


「ご飯も食べたし、次はどこに行こうかなー」


 ひとり元気なセラフィが、軽い足どりで道の真ん中を歩く。また人だかりができはじめているが、俺にセラフィをガードする気力は残されていない。


 どうやらシャロも同じようで、さっきはあんなに懸命にガードしてたのに、今は口に手をあてて気持ち悪そうにしている。


「あんなのの世話をさせられて、あんたもけっこう苦労してるんだな」

「そうなんだ。これがもう大変で――」


 シャロはため息まじりに相槌を打ったが、はっと顔を青くして俺の首を締めた。


「きき貴様は、何も聞いていない、何も聞いていないなっ!」

「いてて! やめっ、くるし……」


 意外と強い力でヘッドロックをかまされて、なんとかシロアリ――クロアリだったか? の卵を吐き出しそうになったじゃないか。


 それと、おっぱいがあたってるから! 顔の右側面に、シャロの意外と豊満なおっぱいがあたってるからっ。


 なんていうやりとりをしている俺の耳に、


「きゃあ!」


 という悲鳴がどこからともなく聞こえて、俺とシャロは我に返った。


「なんだ、さっきの悲鳴は」


 シャロが台本みたいな台詞を吐いて、俺から手を離す。


 王宮のある方向から、数人の人たちが血相を変えて走ってくる。地震が起きて緊急避難しているときみたいに。


 なんだ? 一体何があったんだ。


 セラフィとまわりの人たちも悲鳴に気づいたのか、わいわいと騒ぐのを止めて悲鳴のした方向を見ている。


 白いねじり鉢巻きをつけたおっさんが、息も切れ切れにやってきて、


「幻妖だあ!」


 と叫んだのを皮切りに、一気に騒然となった。


 幻妖はきっと、モンスターや化け物のことを指すんだよな。そんなのが街に出没したのか!?


 まわりの連中が我先にと逃げはじめる中で、シャロは幻妖だと叫んだ男の胸ぐらをつかんだ。


「どこに幻妖があらわれたのだ!?」


 ものすごい剣幕で叫ぶが、おっさんも非常時だからか、負けずに、


「あ、あっちの空に、ほ、ほら! あそこだよあそこ!」


 頭上の空を何度も指すので、その方向を見上げてみた。


 上空に浮かんでいるのは、鳥みたいに翼を生やした生物だった。


 四枚の巨大な翼を羽ばたかせているそいつらは、身体が蛇のように細長くて、しかも固いうろこで身体が覆われている。


 身体の色は黄色と黒の斑模様で、南米の毒蛙みたいに派手な色だ。そいつらが先端についている口を開けて、今か今かと俺たちの様子をうかがっている。


 羽根の生えた蛇だ。あれが幻妖なのか。それよりも、ちょっと待て! あいつら、だんだんこっちに近づいて――。


「くるぞ!」


 シャロと俺たちに向かって、羽根の生えた蛇たちが高速で急降下してきた。少し手前の地面に着地すると、ずがががと固いタイルの地面を腹で抉って、正面の家に派手に激突する。


 家の壁が、もののみごとに粉砕される。まるでタンクローリーに突っ込まれたみたいに、ぽっかりと大きな穴を開けて。


 他のやつらもどんどんと着陸してくる。その数、四体。こんな化け物どもをしかも四体も相手にできるわけねえよ。


「お、俺たちもっ、さっさと逃げようぜ!」


 まずい。声がふるえている。


 しかし、シャロは俺にふり向きもせずに言った。


「だめだ。こやつらをここに放置したら、街の被害が広がってしまう」

「じゃあここで食い止めろって言うのかよ!? そんなの無理だっ」


 壁に激突した蛇の一匹が、その長い首をゆるりと動かして俺たちを見やる。目はもう蛇そのものだ。


 黄色く濁った白目の真ん中に浮かんだ大きな瞳が、俺の身体を真っ直ぐに捕捉する。


 だめだ。こんなの、絶対に勝てっこねえよ。


 だがシャロは、少しも怖がらずに蛇の化け物と対峙する。腰の刀に手をあてた。


「貴様はセラフィーナ様をお連れして、この場からはなれろ。こやつらの相手はわたしがする」

「ひとりでか? そんなの無茶だっ」

「案ずるな。わたしにはこの剣がついている」


 シャロが顔だけを向けて、不敵な笑みを浮かべる。薄紫のシンプルな鞘に収めている刀をにぎりしめて。


「エクレシアに斬れないものはない」


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