第17話
シャロが手配した師獣に乗って街へと繰り出した。
師獣は師士たちが移動するときにつかう生き物だ。中世でいうところの馬に相当するものらしい。
こちらの乗り物は翼の生えた鳥のタイプが主で、シャロに言わせると、
「馬? なんだそれは」
と眉間に皺を寄せるほどの存在であるらしい。
シャロは灰色のラウルみたいな鳥にまたがって、俺をいつものごとく存外にあつかっている。やつの前にはセラフィが座って、俺の顔をにこにこしながら見ている。
この師獣の名前はシトリっていうんだっけ。どこかの家具メーカーみたいな名前だ。
「えっ、だから四本脚の、パカラっ、パカラって走る乗り物用の生物だよ。あっちの世界じゃ馬に乗るのが普通なんだよ」
「そんなものは知らん」
まったくもって聞く耳持たずか。いつものことだ。気にするな。
一方で奇人じゃなくて貴人のセラフィは、
「なにそれなにそれ!?」
きゃんきゃんと声を上げて、シャロの制止も聞かずに身を乗り出している。どうやら内蔵している奇人レーダーが、俺の話から何かを感知したようだ。
「走る師獣だから、ムルムルみたいな感じの乗り物なの?」
「ムルムルって、それも師獣なのか?」
「うん。ムルムルはね、二本脚で走る師獣なんだよ。翼はもってるけど飛べないの」
ということは駝鳥みたいな鳥なのか。駝鳥に乗ってみたいとはあまり思わないけど。
師獣についてもっと聞いてみたかったけど、シャロが露骨に不機嫌オーラを放っているので、他には何も聞き出せなかった。
王宮でしきりに聞く師士というのは、剣を持つ官吏のことを指すらしい。
武官が師士で、文官は官吏。そう呼び分けてるっぽいけど、シャロの存外な説明によると、厳密な使い分けはされていないらしいんだよな。
イリスは本当によくわからない世界だ。テレビゲームやオンラインゲームはそれなりにプレイしてきているけど、どのゲームとも微妙に異なっているから、違和感が消えないんだよなあ。
シトリに乗って優雅な空中遊泳を楽しんだ後、俺たちはアリスの街に到着した。アリスの街はエレオノーラの首都にあたるらしい。
街並みはヨーロッパの街に似ている。ヨーロッパのどこかの街からそっくりそのまま持ってきたみたいだ。
壁は白い石かコンクリートでできていて、屋根がきれいに赤一色で統一されている。
地面は淡黄色のタイルで舗装されていて、道の向こうには馬車のような車が走っている。タイルはよく見ると表面に花の絵柄が彫刻されている。
家の前に並んでいる屋台のテントは色とりどりで、道と家の隙間には草花がしずかに色を添えている。ゴミはひとつも落ちていなかった。
西洋――じゃないけど、外国の街並みって、なんでこんなにきれいなんだろうか。日本の無彩色でつまらない家屋とは大違いだ。
海外旅行なんて一度もしたことないから、これ以上は街の批評なんて偉そうにできない。けれど、初めての街に来るとなぜかテンションがあがってくるんだよなあ。
「何をしている。さっさとついてこい」
シャロが俺の気持ちを無視して道をずかずかと歩いていく。気づくとシトリの手綱が街灯に結ばれていた。
一方でセラフィは、
「街に降りるとテンションあがるよね! あたしもわくわくしてきちゃった」
初めてヨーロッパに来た日本人みたいに目を輝かせている。初めての日本人は俺のことか。
「お前はもう何回も来てるんだろ」
「えー、だって楽しいじゃん! お忍びで来るのって」
全然お忍びじゃないと思うけどな。
しかし、無感情かつ事務的に振る舞うシャロとセラフィは反応の仕方がまるで正反対だから、見てると少し面白いかもしれない。
街のメインストリートを歩いていくと、街の人と思わしき人々の姿がちらほら見える。
服装はオンラインゲームの町人みたいだけど、それよりも気になるのは髪の色だ。街の人たちも王宮の官吏と同じく髪の色がカラフルだ。
街の人たちは俺たちを見て、「こんにちはぁ」と手をふってくる。それに対してセラフィも「どうもー」と、律儀に挨拶している。王宮で官吏たちにしてきたように。
そして、数分も立たないうちに近所の子どもたちがわんさか集まってきてるし。うわ、べたべた触るなっ。
でもセラフィは子どもに囲まれて、「くすぐったいってばあ」と嬉しそうにふりまわされている。
こいつが気さくなのは、だれに対してもいっしょなんだな。一国の王女なのに、全然偉そうじゃないし。
唖然としている俺の間抜けな顔を見て、シャロが「ふふん」と鼻で笑った。
「どうだ、セラフィーナ様の偉大さがわかったか?」
いや、偉大なのか? これ。
セラフィはすごい人気者だった。街の人たちがどんどん集まってきて、有名バンドのゲリラライヴみたいな感じになってきてるし。
けれどセラフィは嫌な顔をしないで、律儀にみんなの相手をしている。いや、むしろ嬉しそうに街の人たちと握手したり、サインを書いたりしているな。いや、サインは書いていなかった。
セラフィって、王宮ではちょっとした問題児だけど、国民には愛されているんだな。見た目はただのがきなのに、すごいよなあ。
さすがに人が増えてきたので、シャロがガードマンみたいに身体を張ってセラフィを護りはじめた。
側近たる俺も負けてたまるかっ。ここらでポイントを稼いでおかなければ。
興奮する街の人たちが静まったところで、セラフィがそそくさと街を歩きはじめたので俺たちもついていく。
まずは飯を食うんだよな。どんな高級フレンチを食うのだろうか。キャビアか。フォアグラか? 意表を突いて燕の巣あたりか?
俺としては最高級の和牛ステーキか絶品のお寿司をぜひ推薦したいぞ。
しかしセラフィは発展途上国にありそうな、如何わしい屋台の前で足を止めて、
「今日はここ!」
勝ち誇ったボクサーみたいな顔で宣言した。ちょっと待てぇ!
なんだこの店。まわりはヨーロッパのカフェとかレストランなどエレガントな店が並んでいるのに、なんでこの一角だけ外装が貧相なんだ?
こんな壁も窓もない開けっ広げな店、日本でもなかなか見ないぞ。
世界の珍しい国に旅行する番組とかでときたま見かけるような、怪しいゲテモノ料理などが出てきそうな店構えだぞ。本気でここでお昼を食べるつもりなのか。
「こ、こちらで、ございますか」
屋根にかかっている奇妙な模様の看板を見て、シャロも口をひくひくさせている。
おいおい、マジでだいじょうぶなのかよ。お宅のお姫さんはよ。
俺たちのドン引きしている姿を見ると、セラフィは眉を三十度くらい吊り上げて怒りだした。
「あー! ふたりとも嫌な顔してるっ。ここのお店のお料理、すっごくおいしいのに、ふたりとも見た目だけで判断してるんでしょ」
見た目でまずは判断するだろ。
しかしシャロは立場上、はっきりと言い返せないのか、パワハラに遭ってる部下みたいな顔で困惑した。
「い、いえ、決してそのような、ことは――」
「じゃあここで決まりだね」
何がじゃあだ。ふざけんなっ。
そんなことは言えず、俺とシャロは田舎のオープンテラスみたいな店の前で、ぐったりするしかなかった。
鼻歌まじりに入店するセラフィと入れ違いで、店員らしき褐色肌の男が手に皿を乗せてこちらにやってくる。
一体どんな料理が運ばれてくるんだ? 俺とシャロは、皿に盛られている料理を食い入るように注視する。
皿の上には、黒い肢のたくさん生えた何かが山のように盛られている。ああいうの、意外と何度か観たことあるぞ。主にテレビで。
右手の皿に乗っかっているのは、白くて細長い、一見するとただのうどんのような物体だった。
そう思ったが、どういう原理かわからないが、動いてるぞ。先っちょのあたりが、ぴくぴくと。
母さん。この間は飯がまずいなどと暴言を吐いてしまって、すみませんでした。今はあなたの手料理が無性に恋しいです。
「マ、マジでここで食うのか?」
たまらなくなったので、シャロに詮議してみたが、やつはしばらく間を置いてからつくり笑いを浮かべて、
「あーあ! こういうところで食べるのも、たまには、い、いいかも、しれないなー」
棒読みで俺に告げてから入店しやがった。ロボットみたいに手足をかくかくさせんな。
どうやら他の店にするという選択肢はもうないらしい。これも側近たる者の宿命なのか。
俺もいい加減にあきらめて入店を決意するしかなかった。