第14話
俺はまず、能天気だった自分の思考回路について、本気で見直しをしたいと思った。
そしてセラフィの言う「普通の鳥より全然速い」を、鳩やスズメくらいの速さだと思い込んでいた自分の脳みそを、頭蓋骨から引っかきまわしてぐちゃぐちゃにしてやりたくなった。
ラウルに乗ったとき、こういうのもありかなと思った。高いところは得意じゃないけど、鳥に乗って空を飛べるなんてすごいじゃないか。あちらじゃ絶対に体験できない、超ミラクルでファンタジーなイベントだ。
空に浮かんだ素敵な世界で、下には白い海みたいな雲が彼方まで広がっている。しかも同乗する主はこの国の王女様。ああ俺は、なんて恵まれ――。
「ぁぁあああ! てか超速ええ!」
妄想時間、終了。
ラウルは、翼を広げると打ち上げ花火のように急上昇。取って返した刀で空中を高速で旋回し、今度は雲海に向かって急降下――の直後に発したのが、さっきの俺の悲鳴だ。
なんというか、アトラクションだ、これは。乗り物ではない。
雲海のすぐ真上まで降下すると、翼を水平に倒して高速で滑空する。その異常な速さは、ターボチャージャーのついたジェット機だ。いや、レールのないジェットコースターだ。
命綱がついてないとか、マジで洒落になってねえぞ!
「アンドゥちゃんとつかまって! じゃないと落ちちゃう!」
「んなこと言ったってえぇ!」
前から吹きつけてくる風が、力士の体当たりみたいだ。そんなものは生涯に一度も受けたことがないけど。
高速道路をかっ飛ばすスーパーカーよりも速いんじゃないかという速度で飛んでいるから、景色なんて見れたものじゃない。
とにかくふり落とされないように、セラフィに両手両足でしがみついて、俺は必死に生きることを選択した。
どのくらい飛んでいたのだろうか。ラウルが突然キキッと急ブレーキするように制止して、俺の儚く散りそうな意識が元に戻った。急に止まったから、ものすごいGが腹の上のあたりを突き上げる。
父さん、今すぐにでもおうちに帰りたいよ。
けれど、セラフィはけろりとした顔で、
「ここだよ、アンドゥ」
崖の表面を人さし指で差した。こいつ、絶叫系とか絶対に平気なタイプだ。
今の位置は島の下部にあたる場所で、逆さの円錐形になっている浮遊大陸の先端のあたりにいる。なだらかな崖の真ん中に、ぽっかりと大きな穴が開いている。
「ここはね、お父様も知らない、あたしだけが知ってる秘密の入口なの」
「秘密の入口? どこに対する入口なんだ?」
「行けばわかるからっ!」
無邪気に返されても嫌な予感しかしないのだが。
セラフィがラウルの首をたたくと、ラウルが俺の気持ちをスルーして、その秘密の入口とやらに入っていく。
入口の中は一本道の通路になっていた。白いレンガが敷き詰められた、王宮の人間によってつくられた通路だった。
しかし、つくられてからかなりの月日が経っているのか、床や壁のあちこちに罅が入っている。
明かりも少なくて室内はかなり暗いけど、通路として使う分にはまったく問題ない。王宮の非常用の出口としてつかわれているのだろうか。
そのまま直進すると、右側にわかれ道のあるT字路に差しかかった。そこでラウルが止まったので、セラフィと一緒に飛び降りる。
どうやらここが目的地のようだが、この先に一体何があるんだ? 明かりがないからお化け屋敷みたいに真っ暗だぞ。
もしかして、この暗がりを利用して、俺を怖がらせようっていう魂胆じゃないだろうな。
霊やアストラル体は得意じゃないから、脅かしたりするのは勘弁してほしいのだが。
そんなことを考えている俺の後ろで、
「熄滅」
セラフィがまた変な呪文をつぶやいた。
後ろが急に明るくなったので、驚いてふり返ってみると、ラウルが青白い光を放っていた。
なんだなんだ? 今度は何が起きるんだ?
ラウルは電気鰻みたいに電気を発しながら、身体をゆっくりと収縮させていた。長い首と尻尾が縮んで、胴体が少しずつ小さくなっていく。
やがて卵くらいの大きさまでに小さくなって、白玉団子の化生卵に変化した。
「役目を終えた化生はね、こうして力を解除して元の姿に戻してあげるの」
化生卵をひょいと拾いながらセラフィは言った。
「解除って、さっきの呪文のことか?」
「うーんと、そうかな。つくり出すときは創出で、解除するときは熄滅って言うのが化生術の決まりだから」
言っていることはよくわからないが、化生というのはおそらく、創造と破壊を繰り返して運用するものなんだろうな。
「いいから、早く行こっ」
セラフィが平然とした顔で先を急かしてくる。あんなに派手に電気が放出されていたのに、驚きもしないんだな。
T字路のわかれ道を進んでいくと、すぐに扉に突きあたった。古ぼけた鉄の扉だけど、頑丈そうに固く閉ざされている。
扉の中央には、セラフィのペンダントに埋め込まれたものと同じ紋章が描かれている。ヨーロッパの彫刻みたいなそれは左右対称の調和のとれた模様で、細部まで丁寧に刻印されている。
王家に先祖から代々伝わる部屋へとつながる扉なのか。
「どうやって開けるんだ?」
「この扉はねえ、このペンダントを使って開けるんだよ」
セラフィはにっこり微笑むと、ペンダントの下げ輪を右手で軽くつまんだ。
ペンダントでこの扉をどうやって開けるんだ? ペンダントトップが鍵の替わりになっているのだろうか。
しかし見たところ、ペンダントを差し込む鍵穴は見当たらないが。
「そのペンダントでどうやって開けるんだ?」
「うん、だからね。こうして」
言いながらセラフィが扉の前に立って、ペンダントを扉の紋章へ向ける。
ペンダントの青い宝石が白い光に包まれて、ひとりでに点滅しはじめる。扉の紋章がペンダントの光に共鳴して、淡い光を通路に放つ。
ペンダントと扉の紋章が共鳴音を発する。光がさらに強くなって光のない通路を眩く照らし出す。直視できないほどの強烈な光だ。
空間全体が光に包まれたときに、未来の世界の扉が開くような音が聞こえて、扉の紋章が上に移動した。ペンダントの光が収まっていき、頑丈な扉がぽっかりと大きな口を開けていた。
「ほらねっ」
こちらの世界に来てから、科学の力では証明できない不思議な現象や出来事に遭遇してばかりいるな。さっきの扉の解錠システムだって、充分に驚愕に値する現象だったし。
でも、不思議なものを立て続けに見ているせいなのか、俺の中でそれほど驚きがないのが少し悲しいな。
ヒトはどのような環境にも順応できるようにできているから、俺の身体もこちらの世界に順応しはじめているのだろうか。
しかし、ここで生物学的なことを思案していても意味はないので、部屋に入るセラフィの後に俺もつづいた。