第13話
大理石でできた柱や壁にはわき目もふらずに、セラフィは廊下のど真ん中を歩いている。小学校の運動会で行進しているみたいに、絨毯の上を我が物顔で。
行き先を告げてくれないのは昨日と同じだが、今日はどこに連れていくつもりだ? ゲテモノ料理が出てくる店とかは、マジで勘弁してほしいぞ。
廊下ですれ違う官吏の人たちが、セラフィの顔を見るとすぐに道を開けて拝礼する。
問題児といっても、こいつはやっぱり王女なんだ。一般の役人とは身分が違うらしい。
それなのに、こいつは官吏のおっさんに手をふって、「おはよー」と気軽に挨拶している。王女なのに、ずいぶん軽いな。
相手が女の人やメイドさんだと、わざわざ足を止めて、「この前ねえ」と、おしゃべりしてるし。全然偉そうじゃないな。
身分とか階級とか、気にしてないんだろうな。実際の王族や貴族って、もっとえばり腐っているものだと思ってたけど、こいつみたいに気さくな王族もいるんだな。
「いちいち挨拶とかおしゃべりするんだな」
「だって、その方が楽しいじゃん!」
何も疑わずに返されちまったよ。楽しければなんでもいいのか。
ロビーの階段を何気なく降りていると、腐れビッチのシャーロットとばったり出くわしてしまった。書物を小脇に抱えて、さっそく真面目ぶってやがる。
昨日の今日なので、すかさず因縁をつけてやろうかと思ったが、やつは俺を全無視して、
「セラフィーナ様、今日は下僕を連れてどちらへ?」
「ちょっとそこまで」
待て。今なんて言った。
なんでもない風を装っているけど、お前も殺り合う気満々だな。
だが、やられているまま引き下がる俺ではない。シャーロットが頭を下げたので、すれ違い様にその頭を優しくなでて、
「お疲れー」
と労ってやると、やつはすかさず顔を上げて鬼ババみたいな顔をした。ざまあ見ろ。
「ねえ、アンドゥはどうしてシャロと仲悪いの?」
シャーロットと離れてからセラフィが聞いてきたが、それを俺に聞かれても困るのだが。
そもそも、あいつが俺を毛嫌いしてるんだから、理由があるならあいつに聞いてくれ。
「さあな」
「シャロは真面目すぎるのが珠に傷だけど、すっごく優しいんだよ。頭だっていいし、剣術の腕だってエレオノーラで一番なんだよ?」
「へえ、ここって剣術のレベル低いんだなあ」
「もう! アンドゥの意地っ張り!」
怒られてしまった。
「なら、セラフィの方からあいつを説得してくれ。三年B組の安藤悠真に、清き一票をよろしくってな」
「一票って何? それで幻妖でも召喚するの!?」
セラフィは、さっきまでの会話がなかったかのように、表情を一変させる。
あちらの世界にしかないフレーズを言うと、すかさず反応するな。どれだけ新しいものに飢えてるんだよ。
しかし日本の選挙制度を説明するのは面倒だ。セラフィを適当にあしらって先を急かした。
外に出ると、庭園の林を抜けて崖に向かう。また雲海をながめに行くのだろうか。
崖に着くと、今度は地面をきょろきょろと見回し始めた。ダウジングで地中に眠る埋蔵金でも探すみたいに、その辺をふらふらと移動しながら。
そして、草の生えていない地面を見つけて、二、三回踏みしめて、
「ここでいいかな」
満足げにセラフィは言った。
「さっきから何してるんだ?」
「化生の元になる土を選んでるんだよ」
化粧? そこの汚い土で顔パックでもするつもりなのか?
「そっか。化生術のことは、まだ話してなかったんだよね」
セラフィは前屈みになって、俺を下から見上げてくる。
物知りなお姉さんが色々と教えてあげるわよと言いたげだな。ロリのくせに背伸びするなと言いたいが、可愛いから許してやろう。
セラフィは左手に持っている化粧ポーチのようなバッグを開けて、中から白いビー玉みたいな物体をとり出す。
ビー玉はガラスみたいに透き通ったものではなくて、ゆで卵みたいな色をしていた。大きさは白玉団子一個分くらいだ。
その白玉みたいな物体をぽんと地面に置いて、
「それじゃあ始めるね」
セラフィはいつもの調子で言った。
今度は子供用の箸みたいな棒をとり出して、白玉のまわりに円や線を引きはじめた。
なんだなんだ? 十四歳にもなって地面にお絵かきかよ。
近所の子どもが落書きをしている風にしか見えないが。
いや、違う。これは刻印術だ。セラフィは地面に刻印を書いているんだ。
白玉を囲むように描かれているのは、ナスカの地上絵みたいな鳥の刻印だ。二枚の翼を横に広げて、上と下に嘴と尻尾が伸びている。
鳥の外側には、七角形の図形と、二重の円が描かれている。見た感じは魔法陣に似てるけど、やっぱりなんか原始的なんだよなあ。
刻印を描き終えると、セラフィは棒の先端で白玉を突いて、
「創出」
呪文らしき何かをつぶやいた。――瞬間、白玉からいきなり電流のような光が発せられた。
地面から空へとスパークする青白い光は、電気そのものだった。バチバチと音を出して火花を散らす姿は、置き型の花火に似ている。
しばらくすると、白い石がひとりでに浮きはじめた。場に発生した力に押し上げられるように、ふわふわと不安定に浮遊する。
地面に描かれている鳥が、外側の縁に沿って剥ぎとられていく。そして頭上の白い石に引き寄せられるかのようにふわりと浮き上がって、石をがばっと呑みこんだ。
土の塊となった巨大な球体が、中からエネルギーを放出しながら変形をはじめていく。オタマジャクシが蛙へと変貌していく様子に酷似している。
「すげえ」
土から生命体を創り上げるなんて、まさにファンタジーだ。日本で科学技術がいくら進歩しても、こんな超常現象を再現することはできないんだろうな。
土の塊から縦にまっすぐ首が伸びて、まん中の後ろあたりから、にょきっと細長い腕を伸ばす。わきの下から指先にかけて、うすい翼がばさっと生えて、色が一瞬でエメラルドグリーンに変わる。
生成されているのは、緑色の翼を生やした怪鳥なのか。
身体全体も緑に変色して、翼の先と尻尾だけが白に染まる。最後に足と黒い嘴が生えて、鷲のような化け物があらわれた。
「びっくりした?」
セラフィが小悪魔な笑顔を向けてくる。びっくりなんていうレベルじゃない。度肝をごそっと抜かれちまって、思わず腰がくだけそうだった。
「こいつがその、幻妖っていうやつなのか」
「ううん、違うよ。この子は化生。土と化生卵でつくる擬似生物なの」
首を伸ばす鷲、じゃなくて化生というのか。その頭を、セラフィが優しくなでる。鷲の方もよくなついている。
「この子はね、ラウルっていうの。普通の鳥より全然速いんだよ!」
セラフィは呆然としているであろう俺を無視して、ラウルの背中に飛び乗ると、
「アンドゥも早く!」
乗馬、じゃなくて乗鳥というのか? こういう場合は――を俺に薦めてきた。
どうやら今日のメインは、鷲に乗って空中散歩のようだ。高いところは基本的に好きじゃないんだが、これも陛下にあたえられた重大な任務だから、やるしかない。
ラウルが俺になつく保障はないので、警戒しながらそっと背後に回り込んでみる。警戒はされていないようだ。
けど身体を下げてくれないので、塀をよじ登るときみたいにラウルの尻にしがみつく。登った後もつかむ場所がなかったので、前に座っているセラフィの肩にしがみついた。
これは不可抗力だ。つかむ場所がないから、落ちたら困るから、仕方なくセラフィに抱きついているんだ。
だから、これは断じてセクハラではないぞ。けど、ああ。セラフィは今日もいい香りがするなあ。今日はさわやかなミントグリーンの香りだあ。
「ちゃんとつかまっててね。それじゃあ、いくよ!」
セラフィが俺に気にせず右手をぽんとたたく。ラウルが巨大な翼をばさりと広げて上昇をはじめた。