第12話
紆余曲折を経て、近侍という役職をコーネリアス国王陛下から拝領した。
近侍というのは主君の側に仕えて奉仕する役職のようで、現代風に言い替えると社長秘書みたいな存在であるらしい。
秘書というと、三角眼鏡をかけて、「そんなことでは○×商事に勝てないざます」と言っていそうなイメージだけど、国家戦略的な諫言は当然ながら行わない。
俺がすべき仕事は三つ。セラフィの護衛と監視。そして遊び相手だ。
といっても護衛は有事の際に行うだけ。メインはシャーロットがやってくれる。
監視というのも少し大げさで、どこかの国のスパイのようなことはしない。セラフィが暴走しないように、それとなく注意を配っているだけでいいらしい。
なので、あいつの遊び相手が俺にあたえられた重大な任務ということになる。
セラフィは初対面で幻妖を召喚しようとしたり、超危険な術法書を持ち出してくるようなやつだからな。うっかりして死なないように注意しないといけない。
話は変わるが、セラフィはああ見えて、実はかなりすごい逸材であるらしい。
なんでも、刻印術にかけて右に出るものがいないと言われるほどの天才らしく、百年にひとりの逸材との呼び声も高いようなのだ。
けれどかなりの変わり者で、数々の問題行動を起こしては陛下やシャーロットたちに迷惑をかけているらしい。
バカと天才は紙一重ということなのか。
陛下としてはセラフィに慎ましやかな女性になってほしいみたいで、王族の作法や教育をたくさん施しているらしい。だが、結果は推して知るべしだな。
シャーロットがセラフィの教育係を兼任しているのも、そういった内部事情が含まれているらしい。あの生真面目で一片の融通も利かない女に、セラフィの教育係が務まるとは思えないが。
けどシャーロットは嫌な顔をしないで、セラフィの教育係を快諾したらしい。陛下の話によると二つ返事で了承したらしいけど、なんでだろうか。
あいつにも色々と思うところがあるのだろう、と陛下が嬉しそうに漏らしていた。
それでも、セラフィの遊び相手にはなれないみたいだから、そっち方面の担当は全面的に俺に割りふられるらしい。
遊び相手といっても、具体的に何をするのか知らないけど、まあなんとかなるか。
そういうわけで、今日から王宮のとある一室を借りて寝泊りすることになった。部屋は一泊数十万円はしそうな、海外のセレブ御用達の超高級スイートルームだ。
広さは、俺の部屋の何倍あるんだ? 学校の教室よりも広いかもしれない。
床には青い絨毯が敷かれて、天井にはさも当たり前のようにシャンデリアがぶら下がっている。
この金色のウェディングケーキみたいな物体を目撃するのは、これで何回目になるんだろうな。
窓の方に置かれている、英国風の天蓋のついたベッドで優雅な一夜をすごして、俺は人生初のトレビアンな朝を迎えた。
白のベルベットカーテンから朝日の眩しい光が差し込んで、豪奢な部屋が明るく照らされている。光の当たる角度なんかも、きっと計算に計算をかさねて建てられているんだろうな。
王宮のお部屋ってやっぱりすごいな。俺の四畳半くらいの狭くて小汚い部屋とは大違いだ。
「もうしばらく、横になっていてもいいかな」
右腕で目もとを覆い隠して、悩ましげに朝日をさえぎってみる。イケメン官吏のフィオスがやっていそうなポースで、しばらく優雅な気分を味わっていると、
「アンドゥ起きて! 朝だよっ!」
突然の下腹部の衝撃とともに、セラフィの金切り声が耳を劈いた。
セラフィは俺の腹に乗りかかって、両手で胸倉をつかんで前後に揺らしてくる。日曜日の朝のお父さんに乗りかかる長男かお前は。
「アンドゥが起きるまでずっと待ってたんだよ? 一時間以上も待たされて、もう待ちくたびれてるんだからあ」
そんなこと言われても、俺は起きたばかりなんだが。
俺の正当性を主張しようと思って、壁にかかっている時計に目を向けてみる。あちらと同じ十二進法の時計だ。
ただ今の時刻は九時半か。いつものごとく寝すぎだ俺。
「それじゃあアンドゥ、早く支度して」
セラフィが俺の上から飛び降りて、その辺を兎みたいにぴょんぴょんと飛び跳ねる。朝からテンション高いな。
「こんな朝っぱらからどこに行くんだ?」
「いいからいいから! 早く支度してっ」
問答無用かよ。それもいつものことだが。
「こ、こちらが、お洋服になります」
「あ、どうも」
召し使いの人もいたみたいなので、その人に差し出された服を受けとろうとしたが、その召し使いの人の衣装を見て目が飛び出しそうになった。
なんだ、この人の衣装。着ているのが黒のドレスと純白のエプロンだぞ。
膝上のハイソックスとスカートの間に垣間見えるのは、あ、あれはもしやっ、絶対領域という名の聖域ではないのか。
うわっ、すげえ。メイドだ。メイド喫茶の偽メイドじゃなくて、本物のメイドさんだ。
「あ、わたし、召し使いのアビーといいます。よ、よろしくお願い致します」
少し気弱そうなところが男心をくすぐるぜ。
年齢はきっと俺と同じくらいだ。赤茶色の髪を左右で括って、小犬みたいに愛くるしい笑顔を向けてくれる。
麗しのメイド姿で、頭には白のメイドカチューシャを――してないな。こちらのメイドは、メイドカチューシャをしないのかな?
それにしても、ああ。アビーさんかあ。
「あ、あの、わたしの顔に何かついてますか?」
アビーさんが顔を赤らめて恥ずかしそうにする。すみません、つい見とれてしまいました。
「アンドゥ! いいから早く!」
にやけて気持ち悪い顔をしている俺を見かねたのか、セラフィがしきりに手を引っ張ってくる。わかったから、お前は少し落ち着いてくれ。
アビーさんからわたされた長袖を羽織って、メルヘンチックな三角帽子を頭にかぶる。
「こちらも、腰にお差しください」
少しひかえめな感じでアビーさんから差し出されたのは、一振りの刀だった。
いや形状は日本刀にそっくりだが、この剣はスパダといって、エレオノーラで標準的に使用されている剣なのだそうだ。
アビーさんが鞘から剣を抜く仕草をして、
「エレオノーラでは、こうして剣を鞘に収めて、一瞬のうちに剣を抜いて斬る剣術が流行ってるんですよ」
人のよさそうな笑顔で教えてくれた。
「抜刀術ですね」
「抜刀術、というのですか? わたしはあの、剣術のことはよくわかりませんので」
おどおどしている仕草がたまらないぜ!
スパダを腰に差して、準備完了。後ろをふり向くと、戸口でセラフィが胸を張って待っていた。
よく見ると、首に変なペンダントをつけているな。
「そのペンダントはなんだ?」
するとセラフィの顔が途端に自慢げになって、
「これはねえ、お母様がくれたペンダントなの! 王家の証になる、すごくすごく貴重な宝石なんだよ」
ペンダントトップを指でつまんで、しきりに見せつけてきた。
ペンダントとチェーンは純金製なのか、輝くような黄金でつくられている。装飾もきめ細やかで、よくわからない様式の非常に凝ったデザインが施されているんだと思う。
ペンダントの真ん中に埋め込まれている宝石は、楕円形の大きなブルーサファイアだった。透き通った紺色は深海みたいな深い色で、宝石の知識が俺でも高価なものだとひと目でわかる。
宝石の中には、王家の紋章らしき銀の模様と小さな紫水晶まで埋め込まれている。
すげえ。この紋章はどうやって埋め込まれたんだろうか。表面に割られた形跡はないし、中にももちろん亀裂は入っていない。
日本でもこんな宝石をつくり出すことはできるのだろうか。宝石に見とれて、色々なことを考えてしまった。
「じゃあアビー、部屋のお掃除よろしくね」
「は、はいっ」
セラフィはすっかり機嫌をよくして、俺の手を強引に引っ張る。起きたばかりでまだ眠たいが、泣く泣く部屋とアビーさんを後にした。