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第119話

 泉を横手に夜の森をひた歩く。


 地面はぬかるんでるし、太い木の根にも行く手を阻まれるから、直進するのにえらく時間がかかる。


 次の足場を探しながら木の根を飛び越えていると、小学校の遠足で行ったアスレチックの思い出がよみがえってくる。


「意外と、あれだな。歩きづらいな、この辺」

「えーっ、そんなことないよぅ」


 セラフィが俺を追い抜いて、木の根の上を飛び越えていく。「よっ」と声を弾ませながら。


「お前、ほんと、こういうの得意だよな」

「そう? アンドゥが運動音痴なだけだと思うけど」


 お前はエレオノーラの王女なのに、なんでこんなに身のこなしが軽いんだよ。木登りとかさせたら、一瞬で上まで登っちまいそうだぜ。


「がきは、アスレチックとか得意だからな」

「なんか言った?」

「なんも言ってねえよ」


 いつも思うが、こいつの体力は底なしだな。散歩に誘うんじゃなかった。


 悪路の果てにあったのは、使われていなそうな小屋だった。客舎と同じ煉瓦造りの建物だ。


 扉は白い鏡のようにきれいで、俺の目線の高さに帝国の紋章が刻まれている。ドアノブは金色だ。


 窓の装飾も金色で、屋根にも細かい飾りがついている。


 なんというか、


「意外とちゃんとした小屋だな」

「そうだね」


 客舎もそうだけど、こんな森の中にあるのに、なんで造りが無駄に豪奢なんだ? 宮殿のそばにあるから、金を無駄にかけてるのかな。


 壁や窓の痛み具合から、かなり昔に建てられたことが想像できるけど、この頑強な造りなら地震が起きても倒れなそうだな。


 セラフィが小首をかしげる。


「この小屋って、宮殿の人が使ってるのかな」

「その可能性は否定できないな。だが、こんな場所に来る用事なんてあるのか?」

「うーん。あたしたちみたいに、泉を眺めに来たり、とか?」

「宮殿の近くなんだから、こんな小屋を建てなくてもいいだろ」


 宮殿の物置きにしては、不便な場所に建ってるよな。鶏でも飼ってたのか?


「ま、いいじゃん、別に。とりあえず中に入ってみようよ」

「そうだな」


 ガラスの窓の向こうはカーテンで遮られていない。暗くて部屋の中はよく見えない。


 小屋の前にあるのは、ふたつのベンチだな。あそこに座れば、泉と客舎を眺めることができる。


「ここにだれか住んでたりして」

「ええっ、そうなの? じゃあ、勝手に入らない方がいいんじゃない?」


 泉を迂回してここまで来たんだ。何もしないで引き上げられるか。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。だれもいやしねえって」

「アンドゥの言う『だいじょうぶ』って、あんまり信用できないんだよね」


 足音を立てずに扉へ近づいて、ドアノブへ手を回す。ドアノブから抵抗力は感じられない。


 力を少し込めると、扉は音もなく開いた。


「鍵は、かかってないみたいだな」

「そうだね」


 適当に言っておいてなんだが、凶悪な幻妖が出てきたりしないだろうな。


 セラフィが俺の背中にくっつく。俺は意味もなく息を呑んで、小屋の中へ足を踏み入れた。


 月明りに照らされている室内は、がらんとしていた。中央に置かれているのは、木製の四角いテーブル。その後ろには二段ベッドが佇んでいる。


 ベッドの近くには棚がある。本棚かな?


「だれもいないみたいだね」

「そうだな」


 だれかが住むことを目的として建てられているみたいだが、生活感があまりない。独房みたいだ。


 セラフィが俺からはなれて、奥のベッドへ近づく。俺は本棚を見てみよう。


 本棚に並べられているのは、帝国の資料かな? 一冊をぱらぱらとめくってみると、古文書のような文字が横一列になっていた。


「ここで寝泊まりできそうだね」

「でも、かなり埃くさくないか?」

「うん。何年もお掃除してない感じがする」


 本棚の板の上は埃で覆われている。壁や床も同じだった。


「前にだれかが住んでたけど、今は空き家になってるのかもな」

「ここに住んでた人は、この森がよっぽど好きだったんだね」

「そうだな。じゃなければ、こんな場所に住まないもんな」


 言いながら違和感をおぼえる。こんな森の奥で生活したい人って、いるのかな。


 ここは街から遠いし、まわりは森しかないから、生活するには不便すぎるが。


「ロギスだったら、何か知ってるんじゃない?」

「明日の朝食のときにも聞いてみるか」

「うんっ」


 セラフィの幼児のような声が小屋の闇にひびいた。



  * * *



「泉の向こうにある小屋ですか?」


 翌日の早朝――寝坊したから、朝食の時間はとっくにすぎていたが、客舎の一階にあるダイニングルームであの小屋のことを尋ねると、正面の椅子に座っているロギスさんが首をかしげた。


「はい。昨日、セラフィが気になったので、近くまで行ってみたのですが、なんの小屋だったのか、わからなかったので」

「なるほど。それで、セラフィーナ様と同じ質問をユウマ殿がされたのですか」

「えっ、あいつもあの小屋のことを聞いてたんすか?」

「ええ。朝食を摂られている際に、しきりに話されておりました。私は何も存じ上げないので、知りませんとしかお答えできませんでしたが」


 そうか。あいつは朝の弱い俺と違って、今日も寝坊しないで朝ごはんを食べたんだな。


 いや、そんなことはどうでもよくて、


「ロギスさんは、何も知らないんですか」

「ええ。まあ」


 切ない答えに、ロギスさんの表情のない顔をまじまじと見つめてしまった。


「私はクリスタロスの出身ではありませんから、この辺りの土地勘はありません。官府へは足を運びますが、諜報員という仕事柄から、ひとつの土地に定住することもできませんので」


 言われてみると、その通りだ。帝国の人だって、帝国のすべてを知り尽くしているわけではないのだから。


「ロギスさんなら何か知ってるかなって、安易に考えていました」

「おふたりのお力になれず、申し訳ありません」

「いえいえ、そんな、やめてください」


 ロギスさんに頭を深く下げられてしまった。こんな理由で頭を下げられてはいけない。


「そ、そうだ。今日は暇――じゃなかった。今後のためにクリスタロスを視察したいので、街に行ってもいいですか?」

「ええ、もちろん。ここに居続けるのは退屈でしょうから、ぜひご案内いたします。セラフィーナ様もお連れしますか?」

「はい。よろこびますよ、きっと」


 ロギスさんが表情を少し和らげた。


「承知しました。では準備が整いましたら、私をお呼びください」


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