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第115話

「お遊びはこの辺で終わりにして、そろそろ、あなたたちの本音を聞かせてもらえないかしら」


 オズワルドさんが俺の肩から手を離す。気持ち悪い薄ら笑いを止めて俺たちを正視する。


「セラフィーナ王女とその従者が、なぜお忍びでクリスタロスへ向かっているのかしら。その仔細を教えてくださらない?」


 穏やかだった船内の空気が一変する。冷たい風に吹かれたように場が凍り付く。


 俺たちの後ろで静かにしているロギスさんから、殺気じみたものが発せられている。そんな気がする。蒼い髪の人から感じるプレッシャーも相当なものだっ。


「あたしね、セラフィーナ様のことなら、なあんでもお見通しだって言ったでしょ。でもね、あたしの知っていることは上辺だけなの。わかるでしょ?」


 しゃべるたびに身体をくねらせなくてもいいと思うんですけど。あと、俺の腿をさり気なくさすらないでください。


「帝国情報機関なんて、かっこいい名前がついてるけど、所詮は部外者でしかないから、あなたたちの気持ちまで知ることはできないのよ。悔しいわ」


 この人がどうして悔しがっているのか、その気持ちは正直よくわからないけど、諜報員としてのプライドがあるのだろうか。


「だ、か、ら」オズワルドさんが、人差し指で俺の唇を触――ぐわっ。やめろ!


「あなたたちの言葉で、あたしに教えてくださらない?」


 オズワルドさんを引き離して考える。この人たちにどこまでしゃべっていいものか。


 この人たちの保護を甘んじて受けているのだから、俺たちだって情報を提供しなければならない。


 セラフィへそっと目くばせする。セラフィが俺の視線に気づいて、じっと見つめ返してきた。


 薄く化粧されたセラフィは、思わず引き込まれそうになるほどきれいだ。恥ずかしい気持ちがなければ、このままずっと眺めていたいと思ってしまう。


 いや、違うっ。そうじゃなくて、オズワルドさんたちに俺たちの真意を話すかどうかを考えるんだろ。


「オズワルドさんは、どこまで知ってるんですか」


 どうすればいいかわからないから反問してみる。この人の返答に応じて話を切り出してみよう。


 オズワルドさんが「うふふ」と気持ち悪い笑みを浮かべる。


「そうねえ。エレオノーラに賊が忍び込んでたっていう話は聞いてるわよぅ」


 賊というのはフィオスのことだな。セイリオスのことまでは知らないのか。


「そうですか。では、イザードの騒動は――」

「ねえ」


 オズワルドさんの表情が急に険しくなった。


「あたし、そういうの嫌いなの。肝心なところだけをさくっと言ってくださらない?」


 もっと器の大きい人だと思っていたけど、意外と気が短いんですね。ちょっとがっかりした。


「俺たちはエレオノーラやイザードを襲った賊を追っているんです」

「それが、例のセイリオスというテロリストなのかしら」

「はい。彼らは奈落を拠点とする集団で、エレオノーラや帝国のような天上の世界を憎んでるんです。だからエレオノーラやイザードを襲撃したと彼らは言っていました」


 椅子の後ろから「ばかな」と疑う声が聞こえた。


「あいつらのせいで、エレオノーラとイザードはものすごい被害を受けました。罪のない多くの人たちが死んで、生き残った人たちにも深い傷を残しました。こんなことを何度も引き起こしたくないんです」


 オズワルドさんは顎に手をあてて、真剣な眼差しで話を聞いてくれる。仕事のオンとオフを瞬時に切り替えられるこの人は、やはり一流なのだと思った。


 俺はまたセラフィを見た。セラフィも真剣な顔でこくりとうなずいた。


「情報は不確かですが、セイリオスが帝国を狙っているという話を聞きました。帝国はセイリオスの脅威にまだ晒されていませんから、俺たちが伝えないとだめだと思いました。

 だからクリスタロスへ行って、国の偉い人たちに会いたいと思いました。それがクリスタロスへ向かう理由です」


 ちゃんと言えるか不安だったけど、意外ときれいに説明することができた。


 船内に気まずい沈黙がふたたび流れる。オズワルドさんは顎に手をあてたまま、瞬きもせずに俺を凝視している。


 ロギスさんや蒼い髪の人たちも険しい顔つきで腕組みしている。だれでもいいから、何か言ってくれ。


「彼らは奈落を拠点にして、今度は我が国を狙っている」


 オズワルドさんが指を動かしながらしゃべりはじめる。


「俄かに信じられない話ね。人間の住めない奈落を拠点にするって、どういうことなのかしら」

「くわしい話は俺も知りませんけど、奈落に国があるみたいですよ。フィオスはそこの王子だと言ってました」

「フィオス?」

「エレオノーラを襲った賊です。ピンク色の長い髪を生やした男で、黒い長剣を持ってるんです。そいつがやつらのリーダーなんです」


 グレンフェルのおっさんの怖い顔が瞬時に過ぎった。あの人の方がフィオスより年上だから、あの人がセイリオスのリーダーかもしれないけど、そこは重要ではないか。


「フィオス。ピンク色の髪と黒い剣を持った男ね」


 オズワルドさんは俺の言葉を忘れないように確認するが、


「ユウマ殿。お言葉ですが、そのような話は信用しかねます」


 ロギスさんが真面目に言葉を挟んできた。


 蒼い髪の人も無言でうなずいている。この人の名前はなんていうのだろう。


「ロギス」

「オズワルド様。奈落に人が住んでいるなどという荒唐無稽な話を信用なさるのですか。帝国の諜報員として世界の各国を渡り歩いてきましたが、そのような話は聞いたことがありません」


 ロギスさんの考えは、この世界の常識に合うものだ。反論されるのは当然だと思う。


 俺だって、グレンフェルのおっさんに言われて、そんなの嘘だろって思ったもんな。


「どうかしらね。奈落に陸があれば、人は住めるかもしれないけど」

「何をおっしゃられるのですか! 奈落は凶悪な幻妖の棲む暗黒の世界ですぞっ。そのような場所で人間が生活できるはずがありません!」


 オズワルドさんが「ふふ」と笑う。


「帝国の諜報員たるもの、この程度のことで動揺してはだめよ」

「は。申し訳ございません」


 ロギスさんがおずおずと引き下がる。


「フィオの仲間が帝国にいるみたいなんだけど、それは知ってるの?」


 セラフィの言葉にオズワルドさんが「ええ」とうなずく。


「もちろん聞いてるわよぅ。黒い服の集団を目撃したって、いろんなところから。あと、あなたたちの国の討伐隊もね」


 エレオノーラの討伐隊も帝国に入国してたのか。


「その黒いやつらが、あなたたちの探している人たちなのかはわからないけど、因果関係はありそうじゃない?」

「うん。そうだよ。間違いない」


 その集団をセイリオスの一団だと断定するのは早計な気がするけど、状況はイザードへ渡航したときと似ているな。かなり。


 あのときもこんな感じでセイリオスの討伐隊と合流して、イザードの貴賓館で急襲されたんだ。セラフィの直感は無視できない。


「でもまあ、大したことないわよ。所詮はただのテロリストなんでしょう?」


 オズワルドさんがセラフィを嘲るように言った。


「エレオノーラとイザードは、油断してたところを偶然襲われちゃっただけ。うちは強い国だから、テロリストなんかじゃ歯が立たないわよ」


 エレオノーラより強いと暗に示したいのか? 嫌なやつだな。


「あいつらは神出鬼没ですから、油断はできませんよ。もっと用心した方がいいですよ」

「おっほっほっほ。あなたは男なのに心配性なのねえ。そんなんじゃお姫様の護衛は務まらないわよ」

「なんだって――」


 いらっとする俺の唇にオズワルドさんが指をあてた。にやりと、気持ち悪い顔でほほえんで、


「ま、怒った顔の方が好みだけどっ」


 俺の全身の毛がぞわっとよだった。


 オズワルドさんは、俺のさぞ引きつっているであろう顔を満足そうに眺めて、高笑いしながら操縦席へと去っていった。


 あの人、やっぱり苦手だ。いっしょにいたら何をされるか、わかったもんじゃないぞ。


 所在なげにあたりを見回す。ロギスさんと蒼い髪の人は持ち場に戻ったのか、近くにいなかった。


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