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第114話

 食料品の買い出しなどでビルゴスの街に二日間滞在した。


 クリスタロスへ向けて出発したのは、オズワルドさんと会った日から、三日後の昼下がりだった。


 移動手段はシトリじゃない。イザードへ渡航したときと同じく飛行船だ。しかも軍事用の小型船だ。


 飛行船の船内は、あちらの飛行機のそれと似ている。軍事用だからか客室などはなく、デッキにダークブラウンの椅子がいくつか取り付けられているだけだ。


 広さなんて、イザードを渡航したときに乗った飛行船の五十分の一くらいしかない。だけど、ガラスの窓の向こうを流れる風景の速度がすごくて、否が応でもテンションがあがっちまうじゃんかっ。


「めっちゃ速えな、この船」


 新幹線とまではいかないか。高速道路を走る自動車くらいの速度はあるぞ。


「ええっ。そうかなあ。ラウルの方が速いと思うけど」


 セラフィは俺のとなりで足をばたばたさせている。


「セラフィーナ王女殿下には、もっと素晴らしいドレスを着てもらわなくちゃ」というオズワルドさんの一言で、シルクっぽいドレスに着替えさせられている。


 紫色のめっちゃ高そうなドレスに、ベージュのケープを肩にかけている。首や手首にルビーや真珠のような装飾品を巻いて、後ろ髪を優雅に束ねた姿は直視できないほど、可愛い。


 薄い紫色の髪は毛先の色が濃いから、髪をアップにするとかなり映える。それを瞬時に見抜いたオズワルドさんの美的センスは、一流なのかもしれない。オカマだけど。


「アンドゥだって、そう思うでしょ」


 セラフィが俺の気持ちを知らずに近寄ってくる。薄い色の口紅にどきりと心を奪われそうになる。


「あ、ああ。そうだな」

「ほんとにそう思ってる?」

「ああ。思ってるよ」


 今の俺はそれどころじゃないというのに、自分の魅力を理解していないだろ、お前は。


「いかがですか。我が国のデモラの乗り心地は」


 ロギスさんが優雅な足取りで歩いてきた。


「この船はデモラっていうんですか?」

「はい。我が国の最速の船でございます」


 帝国の最速の飛行船だったのか。どうりで速いわけだ。


「すげえ速いっすね」

「ありがとうございます」

「移動するときは、いつもこの船に乗ってるんですか?」

「いいえ。オズワルド様と同船するときにしか乗れません。この船は我が国でも数隻しか所持しておりませんから」


 つまりVIP用の飛行船なんですね。オズワルドさんの偉大さを思い知らされる。


「この船、全然速くないよ。もっと速く飛べないの?」


 セラフィの言葉が予期しないものだったのだろう。ロギスさんが呆気にとられている。


「もっと速く、ですか?」

「うん。もっと、ずばーって」

「ずばーっ、ですか」


 ロギスさんは真面目なんだな。こいつは変人ですから、話なんてちゃんと聞かなくていいですよ。


「あいにくですが、セラフィーナ様。これ以上速くすると快適性が失われてしまいます」

「ふーん。だから、ラウルより遅いんだ」

「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが、ラウルというのはエレオノーラの最新の飛行船でしょうか」


 ロギスさんはラウルのことを知らないのか。ラウルは超速い鳥型の化生だけど、一般的ではないのか。


「違うよ。化生だよ」

「化生、ですか?」

「うん。化生術で生み出す子なの。こんな船より、もっともーっと速いんだから。ね、アンドゥ」


 ロギスさんと気まずくなるから俺に同意を求めるな。


「そういえばセラフィーナ様は、化生術の第一人者でしたね」

「第一人者って?」

「化生術でもっとも優れている方のことです。お若いのに、実に見事です」

「えっ。うん。ありがとう」


 ロギスさんはやっぱり油断ならない人だ。セラフィをあっさり手玉に取っていやがる。


「そんなに速い乗り物をお持ちでしたのに、どうしてお使いにならなかったのですか?」

「だって、アンドゥが嫌がるんだもん」

「すみませんが、その、アンドゥというのは?」


 セラフィが俺を人差し指で指す。勢い余って頬を突き刺すな。


「アンドゥというのは、ユウマ様の別名だったのですね」


 ロギスさんが感慨深げに言葉を漏らしたが、ふと顎に手をあてて、


「もしかして、アンドゥ様とお呼びした方がよいですか?」

「それはやめてください」


 どうでもいいことを真面目に問われたので、俺はすぐに拒否した。この質問、だれかにも聞かれた気がするぞ。


「ええっ、どうして? アンドゥの方が可愛いのに」

「可愛くねえ。っていうか、可愛い名前なんかで呼ぶな」

「可愛い方がいいと思うけどなあ」


 そんな会話をしたり、オズワルドさんに幾度となく絡まれることもあったが、空の旅は順調そのものだった。


 帝国の最速の船は空をかっ飛ばし、前を遮る雲を突き抜けて目的地へと進んでいく。


 止まるときがあるとすれば、中継地点で休息を取るときくらいだ。街で門番に捕まることがなければ、野外で幻妖に襲われることもない。


 食事や宿の心配もないから快適そのものだ。オズワルドさんの舞妓さんみたいな顔は気持ち悪いし、ロギスさんたちから放たれる軍事的な臭いが過分に気になるけれど、無料で船に乗せてもらっているのだから、文句なんて言えるわけがない。


「この調子なら、明日にでもクリスタロスへ着くわよぅ」


 次の日の昼下がり。飛行船の隅で座っている俺とセラフィの下へオズワルドさんがやってきた。


 相変わらずの白い顔に、目元に悪魔のようなアイシャドウを入れている。着ているのは赤と緑の派手なドレスだ。ロングスカートの裾がふりふりしている感じの。


「あらっ」


 セラフィもかなりいい服を着せているけど、あなたの着ている服やアクセサリの方が高そうだぞ。


 オズワルドさんがわざとらしく目を丸くする。やべえ。油断してたから今日も目が合っちまったよ。


「坊やってば、あたしのことがそんなに気になるのぉ?」


 オズワルドさんが攻める気で満々の恍惚とした顔で俺にすり寄ってきたよ。挨拶とばかりに肩に手を回される。


「あ、いや、別に」

「遠慮しなくていいのよぅ。欲しいものがあれば、なんでも言って頂戴」


 欲しいものはありませんから、息を気持ち悪く吹きかけないでくださいっ。


 このままだと俺はこのおっさんに食われてしまうっ! 脱出の糸口を見つけ出さなければっ。


 操縦席のそばでたたずむ軍服姿の人がいた。ロギスさんと同じ服を着ているその人は窓の外を眺めている。


 俺に背中を向けているから、顔や表情はよくわからない。細長い背中を隠す蒼く長い髪がすごく印象的だ。


「あ、あの人も、帝国情報機関の人ですかっ?」


 苦し紛れに蒼い髪の人を指してみる。オズワルドさんが顔を少し離して俺の指す方向を見た。


「さあ。見たことないから新入りなんじゃない?」


 自分の部下なのに見たことないんですか。


「でも、あの人。ロギスさんと同じ制服を着てますよっ」

「うちの制服を着たお尋ね者だったりしてねっ」


 うふふと呑気に笑ってる場合ですかっ。っていうか、顔をふたたび近づけるなっ!


 蒼い髪の人が俺たちに気づいた。アニメの隻眼キャラみたいな髪型で、肌はロギスさんみたいに黒いぞ。なかなかイケメンじゃないかっ。


「あの人、かっこいいから、オズワルドさんの好みなんじゃないですか!?」

「そお? あたしは可愛い方が好みだけど」


 言っときますけど俺は全然可愛くないですから! がさがさした頬ですりすりしないでくださいっ。


「それだったら、ロギスさんも可愛いじゃないですか。あの人の方が絶対にいいですって!」

「だめよ。あの子は小さいだけの超堅物だから、あたしの好みじゃないわ。肌の黒い子はそもそも好みじゃないし」


 あ、だからオズワルドさんは、京都の舞妓さんみたいに肌が白いんですね。ああ、納得――。


「あなたも、あたしみたいにお化粧してみる?」

「い、いえ。けっこうです」


 一連のやりとりをセラフィは顔を青くしながら眺めていた。


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