第113話
「あの、オズワルド、さん」
「んん?」
オズワルドさんが、ものすごくきもい顔で振り返る。
「なにかしら?」
「その、どうして、こいつの正体がわかったんですか」
まずい。オズワルドさんの恐怖で呂律がまわらない。
オズワルドさんは、まるで宝くじの一等賞を当てた直後みたいな顔で、ぬめっと上体を動かして、
「どうしてわかったと思う?」
俺に急接近――ぐわっ! 寄るなっ!
「さ、さあ」
「そうねえ。あなたの放つオーラがあたしを呼び寄せたから、かしら。うふっ」
鼻先が触れ合いそうな距離でオズワルドさんがウインクする。気持ち悪くて、胃液が全部出てしまいそうだ。
「というのは嘘で、セラフィーナ様の行動を部下たちに監視させているのよ。あなたの行動は非常に目立つから」
それだったら、普通にそう言ってくださいよ。いらないパフォーマンスで俺を殺す気ですかっ。
「あなたのことなら、なんでも知ってるわ。刻印術のこと。化生術のこと。宮殿の暮らし。お母様が亡くなってしまったこと。食事の趣味に、イザードのことまでね」
イザードのことまで知っている!? ばかなっ。あれは国家間の大事な話だから、外部に情報が漏れないはずだぞ。
じゃあ、フィオスやセイリオスのことも、この人たちは知っているのでは――。
「あなたたちがクリスタロスへ向かっているのは、イザードやエレオノーラで起きた一連の騒動が関わっているからなんでしょう? 部下たちの目はごまかせても、あたしの目はごまかせないわよぅ」
この人はすべてお見通しなんだな。この人に対する俺の直感は間違っていなかったんだ。
しかし、この人についていくかどうかは、また別の話だ。シャロだったらきっと、この人についていかないのだろうから。
「俺たちを牢屋から出してくれた上に、いろんなことを包み隠さずに教えてくれて、ありがとうございます。条件も悪くはないと思いますが、これは国家間の問題を孕む、重大な話です。よって、あなた方の力を借りることはできません」
俺はセラフィの手をとった。
「きゃっ」
「というわけですので、俺たちはこれで失礼します」
部屋の扉の横にロギスさんがたたずんでいる。背筋をぴんと伸ばして、俺をまっすぐに見据えている。動く気配は感じられない。
強引に引き留められることくらいは覚悟していたけど、意外とすんなり出られそうか?
ロギスさんたちに対する若干の罪悪感が沸きながら、ドアノブへ手を伸ばす――。
「だれの保護もなくクリスタロスへ行けるのかしら」
オズワルドさんの冷笑する声が聞こえた。
「この街から速い師獣で飛ばしても、三日以上はかかるわよ。師獣を持たないあなたたちが、どうやったらクリスタロスへ行けるのかしら」
師獣!? そういえば、シトリを返してもらってないじゃんかっ。
「俺たちはシトリに乗ってきたんだっ。シトリを早く返してくれ!」
「いやあよ。そんなの知らないもん」
オズワルドさんが、クラスメイトを陰でいじめる中二の女みたいな顔でせせら笑う。
「師獣がなくたって、クリスタロスへ行く方法はたあくさんあるんだから、焦んなくてもだいじょうぶよぅ。飛行船のおっそい定期便を使うとかね」
なんだ。この世界にもバスや電車みたいな交通手段があるんじゃないか。無駄に脅かしやがって。
「でも、仮にクリスタロスへ行けたとして、どうやって生活するのかしら。言っとくけど、この国の物価は高いわよぅ」
オズワルドさんは俺たちの弱い部分を正確に突いてくる。きもいオカマでも、ずる賢い大人であることに変わりはないのか。
「クリスタロスの観光が目的じゃないんでしょう? それだったら、何か月も滞在できるように庇護を受けた方がいいわねえ。そういえば、あなたたち、旅券すらもってないんだったっけ」
オカマピエロの高笑いはこの上なくむかつくが、俺たちの旅が限界に達しているのは事実だ。
「旅券がないんだったら、別の街で、また捕まっちゃうかもしれないわねえ。でも、そうしたら、だあれも助けてくれないのよ」
反論が何も思い浮かばない。
目的がなんであれ、帝国の役人に助けてもらえるなら、願ったり叶ったりだ。でも、それでいいのか。
この人の誘いに乗るということは、帝国の深謀に利用されるということだ。国家間の大事な問題に関わっていいはずがない。
「アンドゥ」
セラフィが俺の手をにぎり返したから、一瞬だけど、どきっとした。
「この人たちについていこう。その方がいいよ」
お前はそれでいいのか。こんなことを勝手に決めたら、親父さんに後でいっぱい怒られるかもしれないんだぞ。
「しかし――」
「アンドゥは、あたしのために意地を張ってくれてるんだよね。だけど、もう無理だよ。この人たちに助けてもらおうよ」
お前は、今の厳しい状況も、あの人たちについていくリスクもすべて呑み込んだ上で、俺に反論してるんだな。
「決まりのようね」
椅子に座っていたオズワルドさんが立ち上がった。
「安心なさい。あたしたちは伝統あるクラティア帝国の誉れ高き国民。エレオノーラの王女殿下に危害はくわえないわ。もちろん、あなたにもね」
オズワルドさんがまた俺にウインクする。身の毛がぞわっとよだった。
「ちょおっとばかり、利用させてもらうかもしれないけれど、あなたたちが損することにはならないわよ。帝国とエレオノーラの、盛大なビジネスなのだから」
できれば利用してほしくないんですがね。
「そうと決まれば、ロギス。早く支度にかかりなさいっ」
「は! 仰せのままにっ」
決然と指示するオズワルドさんに、ロギスさんが慇懃に拝礼した。