第112話
「あなたがエレオノーラのセラフィーナ王女殿下ね」
ピエロのおっさんが静かに歩み寄ってくる。優雅な物腰でセラフィに拝礼する。
「初めまして。あたしはオズワルド。こう見えても帝国情報機関のトップなのよ、おほほほほ」
オズワルドさんが扇子を取り出して高笑いをする。何が面白いのか、俺にはまったくわからない。
「あたしね、あなたがいるって聞いて、クリスタロスから超特急で来たのよ。あなたが牢屋で死んじゃうんじゃないかって思ったから。間に合ってよかったわあ」
ものすごい個性派だな。初対面でこんなに強烈なインパクトを与える人は他にいないぜ。
オカマみたいな口調でしゃべる上に、身体をいちいちくねらせるから、同じ空気を吸っているだけで吐きそうになる。
あと気持ち悪さとは関係ないけど、背がめっちゃ高いな。俺より顔がひとつ分くらい高いじゃねえか。
セラフィは変わり者が好きだから、このオカマピエロにも食指を伸ばすのか? いや、見るからにドン引きしてるな。おぞましさで顔が引きつっている。
「う、うん。ありがとう」
「あらあ、元気ないわね。牢屋で暴力でも振るわれたの? かわいそう」
オカマピエロが左手でセラフィの頬をさする。引いているセラフィにかまわずに、
「国宝級のお肌を傷つけたら、そいつはもう落刑に処さないとだめよね。うふふっ」
恨めしそうな顔で微笑む。――って、そいつに気安く触るなっ!
「エレオノーラの王女は花も恥じらう絶世の美女。そんな噂はただの作り話だと思っていたけど、想像以上の美しさだわ。毎日どのような化粧水を使ったら、こんな肌を保てるのか、あたしに教えてほしいわあ」
俺はたまらずにオカマピエロをセラフィから引き離した。
「やめてください。セラフィが嫌がってるじゃないですかっ」
オカマピエロはすかさず不快になると思っていたけど、違っていた。
「あらっ」
オカマピエロが身体をぴたりと止める。恍惚とした表情で見られているけど、な、なんだっ!?
初恋の人に出会ってしまった的な顔だけど、これは、一体。
オカマピエロが気持ち悪い顔で俺をまじまじと見つめていた。そして顔を音もなく近づけて、
「そこの可愛らしいあなたは、どこのどなた?」
かっ、可愛らしい!?
「あなた、お肌の手入れはまったくなっていないけど、磨けば光りそうだわ。あなた、あたしの下で働かない?」
オカマピエロが目を光らせながら俺に近寄ってく――顔が近い! 近すぎるからっ! っていうか鼻先がちょっと当たってるし!
オカマのおっさんなんかに、十六年間守り通してきた貞操を奪われてたまるかっ。
「どこのどなたか知らないけど、うちはお給料いっぱい出すわよぅ。なんなら皇帝陛下にお願いして、クリスタロスの一等地に別荘を建ててもらうから、いっしょに住みましょう」
高給と引き換えに、こんな濃ゆいおっさんと同棲しなきゃならないなんて、死んでもごめんだ。っていうか、微妙にかさついてる頬を押し付けないでくれえ!
俺が壁際に追いやられて逃げ場を失ったころに、
「そちらのお方はユウマ様です。セラフィーナ様の従者でございます」
ロギスさんがため息交じりに言うと、オカマピエロが俺の顎から手を離してくれた。
「あら、そう。それは残念だわ」
はあ。襲われるかと思った。
「セラフィーナ様の従者を勝手に引き抜いたら、最悪、国家間の問題に発展するわね」
俺の人生にも大きな傷跡が残ります。
「なんで、あたしたちのことを迎えてくれるの?」
俺たちに背中を向けるオズワルド――いやオカマピエロにセラフィが言った。
オズワルドさんが振り返り、扇子で口と鼻を隠す。
「知れたこと。あなたが国賓だからよ」
国賓か。はっきり言うなあ。
「オズワルド様っ」
ロギスさんがすかさず止めに入るが、オズワルドさんは目を細めて、
「これは我が国の未来に関わる重大なこと。あなたごときが口を挟んでいいことではなくてよ」
「は」
急にスイッチの入ったオズワルドさん、こええっ。
「単刀直入に言うわ。我が国はエレオノーラと友好を重ねたいの。経済的な理由からね。だけど、あなたも知っていると思うけれど、我が国とエレオノーラの関係は、あまりよいものではないわ」
帝国はエレオノーラと何十年か前まで戦争してたんだよな。だれかが言ってたな。
「戦後に大きく発展したエレオノーラと違い、帝国はジリ貧の毎日を過ごしているのよ。こおんな」
オズワルドさんが右手で部屋のカーテンを舞わせて、
「無駄なところにお金をつぎ込む余裕のないほどにね」
自嘲するように言う。あなたのお顔やファッションにも無駄なお金が出ていると思いますが。
「だから、あたしたちはあなたたちに助けてほしいのよ。もちろん、ただでとは言わないわ。我が国が長年をかけて培ってきた軍事機密を転売してもかまわないわ」
軍の情報って、よくわからないけど、めちゃくちゃ高いんだろ。そう思うと、うちの国にとっても悪くない条件だ。
「こんな感じでよろしいかしら? セラフィーナ王女」
「う、うん。たぶん」
セラフィが俺に目を向けてくる。俺に判断を求められても何もできないぞ。
オズワルドさんは、きもい見た目と裏腹に威風堂々としている。立派な体躯に見合う大物のオーラに、気持ちが大きくぐらついてしまう。
でも、この人の存在感や話を鵜呑みにしてはいけないんだ。
セラフィを守る近侍たる俺の取るべき行動は、なんだ。