第109話
街の地下の独房とやらは、門番のおっさんたちが勤める詰所と異なる場所にあった。
所長のおっさんたちに連行されて、街のはずれにある牢獄っぽいところへ行かされた。外観は少ししゃれおつなヨーロッパの建物みたいな感じだ。
建物の中は空気がひんやりとしている。石造りのアンティークな佇まいは陰湿さが感じられ、牢屋特有の負のオーラが漂っている。
こちらの世界へ来たときにエレオノーラの地下牢へ入れられて、次にイザードの地下牢を拝見して、地下牢にお世話になるのはこれで三回目だよ。
回廊の一番奥の牢が開けられて、俺はセラフィとともに投獄されてしまった。
セラフィと同じ牢屋だったのはよかったけど、手荷物やシトリは取り上げられたままだ。剣も刻印術の紙もない。
「ここって、牢屋だよね」
セラフィが薄暗い部屋を見回して言う。
「そうだな」
「あたしたち、捕まっちゃったの?」
「そうなるな」
俺たちは断じて密偵なんかじゃない。だから投獄されるのはおかしい。
だけど何度弁解しても、門番のおっさんたちを納得させることはできなかった。
俺たちは、これからどうなってしまうのか。まさか冤罪のまま処刑、なんてことはないよな。
「あたしたち、どうなっちゃうのかな」
セラフィが部屋の端でちょこんと三角座りをする。
「やっぱり、お父様に何も言わないで出ていっちゃったから、だめだったのかな。悪いことをした罰が当たっちゃったのかな」
セラフィが膝に顔を埋める。自分のことをめちゃくちゃ責めてるんだな。
エレオノーラの王女として正式な手続きを取れば、帝国の入国で問題なんて起きなかったかもしれない。
だけど、正式な手続きなんて取れないだろ。こいつのまわりには、シャロとかいろんな取り巻きがいるんだから。
こいつが宮殿を無断で抜け出してきたのは、結局シャロとかの理解が得られないからなんだ。
シャロたちだって立場があるのだから、エレオノーラの王女であるこいつを気安く国外へ連れ出すことはできないわけで、あいつらだって何も悪くない。
だから、今のこの状況は、仕方のないことなんだ。旅券を用意しなかったのは、俺の明らかなる過失だけどな。
「落ち込むなって。こうなっちまったのは、仕方のねえことなんだからさ」
「うん」
セラフィがか細い声で返事した。
牢屋の冷たい床に寝転ぶ。仰向けになって天井を見つめる。
明かりが乏しいから天井の模様は判別できない。真夜中のような闇が広がっているだけだ。
手の届かない高さにひとつだけ窓があるから、窓から差し込む光だけが頼りだ。しかし、もう夜になってしまったから、微弱な月明りだけで牢屋を明るくすることはできない。
これから、どうしたらいいんだろうな。
拷問的なことはされていないものの、あるのは身柄だけ。金も荷物もない。
牢は厳重だし、脱獄する方法もわからない。脱獄できたとしても金がないから、帝国の首都へ行くことはできない。
まずい。完全に詰んだ。超八方塞がりだっ。
ゲームに例えると、レベルが低いのにラストダンジョンで迂闊にセーブして、前にも後にも動けない状態だ。
ラスボスは空気が読めない強さで倒せないし、街もゲームの理不尽な仕様のせいで戻れない。そんな状況とまったく同じじゃねえかよ。
どうしよう。どうすれば俺たちは帝国の首都へたどり着けるんだ。
* * *
牢屋は地下にあるせいか、意外と寒くない。床と壁は冷たいけど、慣れればどうということはない。
トイレは部屋が一応別になっているし、広さもあちらの世界のひと部屋くらいはある。
夜に出された飯はくさいし栄養価も低そうだったけど、数日だったら耐えられそうかな。
セラフィはかなり落ち込んでいたけど、俺が何度も励ましたら少しは元気を取り戻してくれた。
何もすることがないので、セラフィと取り留めのない会話を交わして、牢屋のくさい飯で飢えをなんとかしのぐ。
環境は決していいとは言えないけど、エレオノーラの宮殿を出てから、新しい土地への移動の繰り返しだったから、身体が休めるのはすごく助かる。骨休めにもなる。
そうだ。前向きに考えれば今の状況は決して悪くないんだ。
そもそも俺は超インドアで、外出するのなんて全然好きじゃない。家でごろごろしているのが好きな、ごく普通の学生なんだ。
だから、時間や人目を気にしないでだらだらできるのは、喜ばしいことなんだ! 俺は今、幸せなひとときを過ごしているんだ――。
「なかなか出してもらえねえな」
「うん」
牢屋の冷たい壁にもたれながらつぶやく。セラフィが栄養の抜けた声で返事した。
ここに連れてこられて三日が経った。俺たちの状況は一向に変化しない。
どうなっていやがるんだよっ! スパイじゃないのに冤罪で捕まって、死ぬまでずっとここで暮らすのかよっ!
そんなの絶対に嫌だっ。俺たちは悪くないのに、こんな虚しいところでくたばるのはご免だっ。
「おい! だれかいないのかっ。早く出してくれよっ!」
鉄柵を両手でつかんで揺らす。乱雑に、なるべく音が出るように。
喉の底から声を引っ張り出してみるけど、しんと静まる廊下に変化の兆しは見られない。
くっ、どうなっていやがるんだよ。こんなのひどすぎるじゃんか。
「俺たちをいつまで閉じ込めておくつもりだよっ。俺たちは早くクリスタロスに行かないといけないんだよっ!」
怒りと焦りにまかせて怒鳴る。でも、だれも来てくれないのかよ。
絶望的な状況に立つ気力が失われる。直視したくなかった現実に頭がくらくらする。
俺たちは、このまま閉じ込められ続けるのか。
俺たちを助けてくれる人がいなければ、ここから出ることはできないのかもしれない。
俺たちをかばってくれる人がいれば別かもしれないけど。シャロとかアビーさんみたいな人たちがこの国にいれば。
でもそれは期待できない。エレオノーラの宮殿から遠くはなれたこの街で、俺たちを助けてくれる人たちなんていねえんだよっ!
ここまでなのか。宮殿で一念発起してここまでやってきたのに、俺たちはこんなところで、志半ばでくたばるしかねえのかよ。
いつもうるさいセラフィも涙の枯れた顔でうつむいている。その姿をだまって見つめることしかできなかった。