第108話
三人の門番のおっさんたちにつれられて、城壁の裏にある詰所へ行かされてしまった。
手荷物とシトリまで取り上げられて、完全に容疑者の扱いだよ。俺たちはスパイなんかじゃないっていうのに。
門番のおっさんたちが使う詰所は、一言でいうと交番のような場所であった。ひと部屋分の広さしかない一室の端に、ふたつの机が置かれている。
空いているスペースに椅子が並べられている。安い宿屋のロビーにありそうな、木製の、今にも足が取れてしまいそうな椅子だ。
「そこに座れっ」
門番のおっさんの手首圧迫攻撃からやっと解放される。セラフィと並んで椅子に座らされた。手荷物を返してもらえないまま。
セラフィが横から俺を覗き込んでいる。「あたしたち、なんでこんなところにいるの?」と言いたげだ。俺だって、声を大にして聞きたい。
「さて、お前たちに聞きたいことがある」
入口のそばに隣接している机から椅子を引っ張り出して、おっさんが座る。問答無用の手首圧迫攻撃を俺に食らわせたおっさんだ。
「我が国を偵察するお前たちの目的はなんだ」
開口一番の質問がそれかよ。俺たちはスパイじゃねえっつうの。
「俺たちはスパイじゃねえっすよ」
「嘘をつけ!」
門番のおっさんが、どん! と机を叩いた。「ひっ」とセラフィが悲鳴を上げて俺の腕にしがみつく。
「アゴラや他の街から、お前たちの目撃情報を受けているのだ。シトリに乗った怪しい二人組がいると」
マジかよ。それって、もろに俺たちのことじゃねえか。
「エレオノーラ国民の井出達で、各地で我が国を嗅ぎまわっているという。エレオノーラの密偵である可能性が高いから、見つけ次第連行しろというお達しだ」
くっ、今までうまく行き過ぎていたから、どこかに落とし穴があるんじゃないかと思っていたけど、ゴールの一歩手前で捕まってしまうなんて。
おっさんたちの言い分は、それほどおかしくないと思った。俺たちは断じてスパイじゃないけど、エレオノーラの国民で、帝国の各地で帝国のことを聞きまわっていたのは事実だ。
さらに帝国の入国できっと旅券が必要なのだろうから、それを持っていないのが止めの一撃になっちまったな。
だけど、スパイであることを認めてしまったら、俺たちは牢屋へ連れていかれてしまう。それだけはなんとしても回避しないと。
「あんたたちの言い分はわかりました。しかし、俺たちはエレオノーラのスパイじゃないです」
「それを証明するものはあるのか?」
おっさんが待っていましたとばかりに聞き返す。そんなもの、あるわけねえだろっ。
「逆に聞きたいんですけど、スパイを証明するものってあるんですかね」
いらついたので開き直ると、おっさんたちも愕然と顔を見比べ出した。部屋の奥にいるおっさんや、入り口で俺たちの逃走を見張っているおっさんたちも返答に困っている。
やがて、俺たちをメインで尋問しているおっさんが、いかった顔で、
「そんなものは知らん。口からでまかせを言うな!」
まるでシャロが言いそうな言葉を吐いた。机をいちいち叩くなよ。ここの備品なんだろ?
部屋の奥にいるおっさんが見かねて、いかるおっさんを制止する。五十代くらいの頭の禿げたおっさんだ。
この落ち着いた感じから察するに、机を無駄に叩いてるおっさんの上司なんだろうな。机を叩いたおっさんの年齢はきっと三十代だ。
「では質問を変えよう。きみたちはなぜ我が国の情報を、いや。まずは身元から確認させていただこうか。きみたちはエレオノーラ国民で間違いないかね?」
厳密に言うと俺は日本国民なのだが、異世界から来たなんて言えない。素直にうなずく。
「きみたちの出身は?」
「えっと、アリス、です」
「アリスはエレオノーラの首都だね。きみたちは学生なのかな?」
「はい。そうです」
セラフィはエレオノーラの王女であり、俺はこいつに仕える者だ。だから学生じゃないけど、白を切るしかない。
五十代のおっさんが「ふむ」と腕組みする。どうやって尋問しようか迷っているようだ。他のおっさんと顔をまた見比べたりして、尋問が再び止まる。
この人は、俺たちがスパイじゃないと思っているのかもしれない。
「正直に言うがね。きみたちは、密偵をするにしては若すぎるんだ。密偵を捕まえたと報告を受けたときは、きみたちが密偵であることを信じて疑わなかったのだが――」
「所長!」
三十代の机叩き男がまた、どん! と机を叩いた。
「何を言ってるんですかっ。そいつらは絶対にエレオノーラの密偵です。騙されてはいけません!」
「いや、しかし――」
「若いやつらに密偵をやらせたという事例だってあるじゃないですか。所長のお子さんと同じくらいの年齢だからといって、油断してはいけませんよ!」
この人、子どもなんていたんだな。年齢の感じからしたら当然だけど。
それにしても、あの机叩き男の思い込みの強さはなんとかならないのだろうか。
「じゃあ、どうすれば密偵じゃないと信じてもらえるんですか」
我慢できなくなったので俺から聞き返してやる。こんなところで捕まってたまるか。
「なんだとっ」
「あんたは俺たちを密偵だと信じ込んでるみたいだけど、密偵って帝国にそんなに来てるんですか? そいつらの中に俺たちみたいな――」
「密偵の分際で減らず口を叩くなと言っただろう!」
机叩き男がまた机を叩きだしたので、所長がやつを下がらせた。
「残念だが、帝国へ放たれる密偵は年間で何百人もいるのだよ。この数字は、あくまで統計的な情報から導き出されたものでしかないが」
密偵ってそんなにいるのか。リアルな数字に愕然とする。
「それでもきみたちのように若い密偵は滅多にいないがね。しかし、そういう隙を突かれた事例というのは、過去に何件かあったのだ」
それは、たしかにありそうだ。でも俺たちは密偵なんかじゃないんだ。
「でも俺たちは密偵じゃないんです。どうか信じてください」
「信じてあげたいのはやまやまなのだが、証拠がなければ上の者が納得してくれないんだよ。どうしたものかね」
この所長も所詮は中間管理職だということか。この人はいい人っぽいけど、がんばって説得しても密偵の汚名は返上できないんだろうな。
「聞きそびれていたんだが、きみたちはどうして帝国へ来たんだね?」
「それは」
セイリオスの脅威をあなたたちへ伝えるために来た、とは言えない。
「アリスからこの街へ来るのは時間がかかるし、路銀だってかなり必要だろう。それなのに、お小遣いを切り崩してこの街まで来たのかね?」
「そう、なりますね」
俺は近侍としてバイト代、じゃなくて給料か。給料が一応支給されている。セラフィも金目のものを持っていたから、それらを売って路銀の替わりとしていた。
俺の給料はともかく、セラフィが身に着けている貴金属はエレオノーラの最高級の品だ。ひとつ売っただけで莫大な路銀が手に入る。
それでも長期間の旅を意識して、金は節約してきたんだが。
「さっき聞かれてしまったと思うが、私にはきみたちくらいの子どもがいる。きみたちは密偵に見えないから、すぐに解放してあげたいのだが、旅券のこともあるし、きみたちの身の潔白が証明できないから、どうすることもできないんだよ」
おっさんの苦し気な表情を見ると、俺も反論できなくなってしまう。密偵じゃないから絶対に捕まりたくないけど、この場を切り抜ける方法はないのか。
詰所に別のおっさんがやってきて、所長のおっさんと部屋の奥へ消えた。ものすごく嫌な報告が交わされていそうだが。
五分くらい経って戻ってきた所長の表情は、さらに苦々しくなっていた。
「すまないんだが、きみたちの身の潔白が証明されるまで、地下の独房へ入ってもらえるかね」
「はい」
地下の独房って、要は牢屋だろ。俺たちを帰さない気で満々じゃないか。
俺たちはこの国の治安を維持するために、エレオノーラから遠路はるばるとやってきたのに、犯罪者と間違われてしまうなんて。
自分の迂闊な言動の数々に落胆せずにいられなかった。