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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
紅い剣と若年の刻印術師
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第106話

 雑貨屋で帝国の地図を探して、陽が沈むまで市場を見てまわった。


 エレオノーラの首都ほどじゃないけど、アゴラはそれなりに物流が盛んなようだ。ラハコでお世話になったじいさんばあさんの言った通りだった。


 帝国の西の拠点というべき場所らしいから、エレオノーラや諸外国との緊張が高まると帝国の兵士が街にあらわれるみたいだ。


 だけど今はエレオノーラと戦争していないし、イザードなどのディオなんとか連合とも比較的に仲良くしているみたいだから、街は平和そのものだった。


「おっ宿ー。今日は街のおっ宿ー」


 夜。セラフィが出所が不明な歌を口ずさんでいる。部屋にひとつしかないベッドを陣取りながら。


 予算の都合で部屋はひとつしか借りれなかった。俺があいつを襲うことは万にひとつもあり得ないが、部屋はなるべく分けるべきだった。


 だけど、帝国までの駄賃を考えると路銀は少しでも節約しなければならない。もしあれだったら、俺は廊下で寝よう。


「セラフィ悪いな。部屋、ひとつしか借りれなくて」

「別にー。野宿だっていっしょだったんだし」


 セラフィはうつ伏せになりながら微笑んでいる。お前も俺のことを信じてるんだな。


 旅の初日に野外で添い寝してるんだから、今さら心配することでもないか。


「言われてみればそうだな」

「お金、あんまり使わない方がいいんでしょ。あたしのことは気にしなくていいからね」


 お前って、本当に変わった王女だよな。王女らしい一面を発見したと思ったら、一変して庶民っぽいことを言い出したりするし。


 ほんと、わけわかんねえ王女だ。その方が助かるんだけどよ。


「お前は安上がりな王女だから助かるよ」

「安上がりって?」

「金がかからないってこと。誉め言葉なんだぜ」

「そうなんだあ。よくわかんないけど、なんか嬉しいかもっ!」


 そう言ってセラフィがベッドを飛び降り、床に地図を広げている俺にまとわりついてくる。


 俺は一応男なんだから、気安く抱き付いてくんなよな。


「アンドゥ、さっきからなにしてるの?」


 セラフィが床の地図に気づいた。


「次の目的地を探してるんだよ」

「次の目的地?」

「俺たちは帝国の首都へ向かってるんだからな。そこへ行くまで、どんな空路を取ればいいか、考えないといけないだろ」


 帝国の首都へ着いても何をすればいいか、わかんないんだけど。それは着いたら考えればいいか。


「そうなんだあ。あたしはてっきり、ここで何日か遊ぶんだと思ってたけど」


 何日か遊ぶって。観光しに来たんじゃないだろ。


「お前なあ。俺たちは観光しに来たんじゃないぞ」

「えっ、でも、アンドゥさっき言ってたじゃん。帝国へ観光しに来たって」


 ファストフード店の主へ言ったことを鵜呑みにしてるのか。こいつは変なところでばか正直なんだよな。


「ファストフード店のおっさんに言ったのは嘘だ。セイリオスを探しにアリス宮殿から来たとは言えないだろ」

「あ、そっか」

「嘘をつくのは嫌だけど、それは店主もわかってたっぽいからな。訳ありな旅人なんて、この世界にはたくさんいるんだろ」


 詳しくはわからないが、そういうことにしておこう。


「アンドゥって、頭いいんだねえ」


 セラフィが手を離して気の抜けたことを言う。素直に感心されると照れくさい。


 俺は頬を掻いた。


「これは、あれだ。シャロの受け売りだっ」

「シャロの?」

「ああ。初対面の人間には疑ってかかれってな。危険を冒して国外に出てるんだから、そのくらいの用心はしろと、あいつなら言うだろ」

「そうだねえ。そういうのが、なんかシャロっぽいし」


 あの性格ブスのことは忘れて地図に目を落とす。地図は四枚でひとつの構成になっている。一枚目の地図が帝国の全体の地図だ。


 こちらの世界の国は、たくさんの浮遊大陸をまとめて形成されるものだから、地図であらわされる国の形はあちらの世界と異なっている。


 帝国の領土は、ひとつの国というより、オセアニアにありそうな諸島のようだ。


「今はここだな」


 アゴラは帝国の西にある。対するクリスタロスは、帝国領のほぼど真ん中にある。


 ラハコの地名は地図に載っていないが、おおよその位置は特定できる。アゴラからクリスタロスまでの距離は、アゴラからラハコまでの距離のおよそ十倍だ。


「けっこう遠いの?」


 セラフィがとなりで地図を覗き込んでいる。


「遠いな。アゴラからラハコまでの距離の約十倍だからな」

「そんなにあるんだあ」

「アゴラからラハコまで半日以上もかかったから、シトリを飛ばし続けても五日はかかるな」


 クリスタロスがこんなに遠いとは思わなかった。帝国の首都なんて三日もあれば着くと思ってたのに、見積もりがだいぶ甘かったなあ。


「シトリをずっと飛ばすことはできないから、実際はもっとかかるっていうことだよね」

「そうだな。途中で休憩したり、宿も探さないといけないから、さらに二倍以上も時間がかかっちゃうかもしれないな」

「そんなにかかるんだあ」


 セラフィもやっと状況を把握したみたいだ。しょぼんと肩を落とす。


「でもまあ、確実に近づいてるんだから、気を落とすなって。初めての旅にしちゃ問題も起きてないしな」

「そう、だよね。あたしたち、目標に向かって進んでるんだよねっ」


 セラフィが両手をにぎりしめる。


「イーファのためにがんばるって決めたんだもんね。こんなところで落ち込んでたらだめだよね」

「その通りだ」


 帝国の首都へ行っても具体的に何をするか決めていない。帝国のお偉いさんにセイリオスのことを警告するか。それとも自力で連中を探し出すか。


「そういえば帝国領に入ったけど、セイリオスの噂は全然聞かないな」

「セイリオスの? 言われてみれば、たしかに」


 帝国にセイリオスが出没したって言うから、宮殿を無断で抜け出してきたのに、ここでもそんな話はまったく出てこないんだよな。


「街の人は知らないのかな」

「かもな。セイリオスの情報をつかんでいるのはエレオノーラの討伐隊だけで、帝国の連中は何も知らない可能性もあるし」

「そうなの? イザードであんなに大変な目に遭ったんだから、帝国の人も知っていそうだけど」

「そうとは限らないぜ。こっちの世界は情報を伝達する手段が発展しているわけじゃないし、イザードの連中だってあの事件は諸外国から隠蔽いんぺいしているはずだ。そうすると、帝国の連中が何も知らなくてもなんら不思議ではない」


 言いながら考える。俺たちの無計画な旅はそれほど意味のないものだと思っていたけど、そんなことはないかもしれない。


 何も知らない帝国の人たちへセイリオスの脅威を伝える。テレビもインターネットもないこの世界だからこそ、重大な情報を伝えることに大きな意味がある。


 エレオノーラの討伐隊から聞いた情報がガセだったら、赤っ恥どころじゃ済まされないだろうけども。


「俺たちは強引に宮殿から抜け出してきたけど、あれだな。セイリオスの脅威を帝国の人たちへ伝えることは、大きな意味を持つかもしれない。そう考えると、俄然やる気が出てくるな」


 セラフィはぽかんと口を開けて俺を見ていた。けど、やがて笑って、


「あたしたちのしてることが、帝国の多くの人たちのためになってくれるんだったら、いいね。何もできないのは、もう嫌だもんね」

「そうだな」


 静かに同意してくれるのが嬉しかった。


「そうと決まればっ」セラフィが急に立ち上がった。「早くお休みして早起きしなきゃ」


「もう寝るのか? さすがに早くねえか?」

「早くないっ。夜になったらお休みするのが、エレオノーラの決まりだもん」


 なんだそりゃ。そんな子どもじみた規則は初めて聞いたぞ。


「そんな決まりはねえって。寝たければお前だけ先に寝ろよ」

「だめだめ。アンドゥもいっしょに寝るのっ。アンドゥは夜更かししてばっかりなんだから」

「夜更かしなんてしてねえよ。お前の寝るのが早すぎるだけだろっ!」


 夜の八時に起きてて夜更かししてるって言われたら、ひと昔の俺はどうなるんだ。あちらにいた頃は日付が変わっても当たり前のようにネットゲームをやってたんだからな。


 結局、いつものごとくセラフィに押し切られて、夜の八時の就寝を余儀なくされた。


 明日は早朝からゲテモノ料理を探すみたいだが、そんな作業は手伝わないぞ。見つかっても食べないからな。


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