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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
紅い剣と若年の刻印術師
105/119

第105話

 はてしなく広がる雲の海の真ん中に、ひとつの巨大な島が漂っている。


「アンドゥ見て見て!」

「ああ」


 セラフィが俺の肩をゆすりながら眼下の島を指す。


 空に浮く島に広がる、中世ヨーロッパ然とした町並み。三階建てくらいの石造りの家屋に、鮮やかな赤や黄色の屋根。


 広場っぽいところを中心に軒がつらなり、中規模の街が形成されている。道も放射線状に街のはずれまで伸びていた。


 ここがアゴラだ。間違いない。


 街のはずれには草原や森が広がっている。草原のあちこちには風車っぽい建物まであるな。


 かなり上空から見下ろしているから、人の姿はよく確認できない。けれど、今まで見てきた無人島や、ラハコの村では比べものにならないほどの活気に満ちている。そう思った。


「ここがアゴラなんだな。やっと着いたぜ」

「ねえねえ。早く降りようよっ」

「おう。ちょっと待ってろっ」


 街の広場へ派手に降りたいが、そんなことをしたら街の人たちに思い切り警戒されてしまう。


 街のはずれに降りて、少しずつ様子を見る方がいいな。


 シトリを慎重に下降させる。島へ近づくと街はかなり大きい。ヨーロッパのどこかの市くらいはあるか?


 見渡すかぎりの草原が広がる、牧場のような場所だ。こういう街っていいなあ。のどかで心が癒されるぜ。


「のどかな街だね。あっ、見て見て。あそこに牛さんがいるよ!」

「えっ、マジか!?」


 この世界にも牛がいるのか。そういえば王宮で牛肉のステーキっぽいものを食べた気がするな。


 セラフィが喜々と指した向こうにいたのは、赤茶色の体毛に覆われた生物だった。


 あちらの牛みたいに白と黒の身体じゃないけど、あれはなんですかと聞かれたら、いの一番で「牛です」と答えられそうだ。


 角もバッファローみたいに長いし。戦ったらけっこう強そうだ。


「こっちの世界の牛って、ちょっと変わってるんだなあ」

「えっ、そうなの? あれが普通だと思うけど」


 セラフィが怪訝そうに首をかしげる。あちらの常識なんて知らないもんな。


「俺のいた世界じゃさ。牛の身体って白と黒のまだら模様なんだぜ」

「ええっ、そうなの? なんか気持ち悪い」

「気持ち悪くはないだろ。もーって鳴いて、見方によってはそれなりに可愛いんだぜ」

「アンドゥの世界の牛って、もーって鳴くの? 変なのっ!」


 そう言ってセラフィがすかさず「もーっ」と牛の鳴き真似をはじめた。人に見られたら恥ずかしいからやめろよな。


「ほらっ、アンドゥも、早くっ!」

「やるかっ」


 通行人に微妙に避けられつつ街の中心へと歩いていく。昼下がりだからか人の姿は多い。


 屋台や果物が店頭にならぶ市場っぽい場所になった。テレビ番組の海外ロケなんかでよく見る光景が広がっている。


 果物の名称も種類もよくわからないが、見た感じはあちらのそれとあまり変わらない。橙色や黄緑色のみずみずしい果物が放つ芳醇な香りは食欲を過分にくすぐる。


「これおいしそうっ」

「あ、ばか。取るな!」


 セラフィが果物に手を伸ばしたので、俺は慌ててセラフィの手首をつかんだ。


「えっ、食べちゃだめなの?」


 セラフィが「なんで止めるの?」という顔をする。王女様の付き人っていうのは気苦労が多いぜ。


「当たり前だろ。これは売り物だぞ」

「売り物? 買わなきゃだめってこと?」

「そう。ここは宮殿の中じゃないんだから、お腹が空いても無償で食べ物なんか支給されないんだぞ。わかったか?」

「ええっ。いいじゃん一個くらい。アンドゥのけちっ」


 セラフィがふんとそっぽを向く。


 諸外国で真面目に外交するようなやつだけど、所詮は世間を知らないお嬢様だよな。こういうところは王女様っぽくていいかも。


 いや、よくないか。旅の疲れがもう出はじめたのかな。


「いらっしゃい。あんたら、旅人かい?」


 白と水色のパラソルのならぶ屋台で、店の主人らしき男に声を掛けられた。堀の深い外人みたいな顔のナイスガイだ。背もすっごく高い。


「あ、はい」

「そんなでかい師獣を連れてるなんて、すげえな。初めて見たぜ」


 そう言ってナイスガイがカウンターから出て握手してきた。馴れ馴れしいのは苦手だが、握手を拒んだら気まずくなるな。


 背は百八十センチくらいはあるかな。角張った顎に髭を生やした、かっこいい人だ。ハリウッド映画のスターみたいな井出達だ。


「腹、減ってないかい? うちでなんか食うかい?」

「はい。でもお金を持ってないんで、遠慮しておきます」


 飯を買う金なんて当然ながら持っているが、あえて警戒してみる。ナイスガイの主人は俺の気持ちを知ってか知らでか、「ははは」と快活に笑って、


「一食くらいだったら奢ってやるって。面白い話を聞いてみたいだけだから、警戒すんなって」


 カウンターの奥へと戻っていった。


「アンドゥ、どうするの?」

「うーん。どうすっかなあ」


 初対面で歓迎されるのは苦手だけど、この程度の出会いでいちいち警戒してたら旅なんてできないし。


「捕まりそうだったら、ダッシュで逃げればだいじょうぶだよっ」

「そうだけど、普通、王女はそういう台詞を吐かないだろ」

「そう? シャロに見つかったときは、いつもダッシュで逃げてたけど」


 あいつに見つかったらダッシュで逃げたくなるな。


 ということは、こいつの王女らしからぬ発言をさせている一因はシャロの無駄に厳しい言動にあるわけだ。ざまあ見やがれ。


 シトリを店の前に待たせて、店内へ入る。店内と言ってもカウンター席が七つほどしかないカフェだけど。


 ナイスガイの店主は水とハンバーガーのような食べ物を用意してくれた。生地の薄いパンで野菜と炒めた牛肉を挟んだファストフードだ。


 こちらの世界では、パン正式名称はラタだった気がする。気を付けないとパンと呼んでしまいそうだ。


「うちじゃ簡単なものしか出せないけど、口に合うかな?」

「いただきます」


 ハンバーガーを両手でつかんで、一口に頬張る。パンと柔らかい肉が前歯であっさり切れて、旨味が口いっぱいに広がる。


 街の屋台で出される料理だから、王宮の超高級料理とは比べ物にならない。だけど、あちらのファストフードみたいな味が空きっ腹に染み渡るぜ。


 セラフィも俺を真似してハンバーガーをかじる。


「おいしい!」

「はは、そうかい。そりゃよかった」


 店主がセラフィのとなりの席に座って、抑揚のない声で笑った。


 店主は頬杖をついて俺やセラフィを眺めている。その人の良さそうな顔に悪意は感じられない。


「あんたらはエレオノーラから来たのかい?」

「はい。なんでわかるんですか?」

「なんとなくさ。エレオノーラの連中はしゃれてるからな」


 エレオノーラ人って、この世界でしゃれてる民族だったのか。


「帝国もそんなに変わらないんじゃないですか?」

「そうかな。帝国は軍事色が強いから、物々しい恰好をしたやつが多いんだよ」


 帝国は軍事に力を入れてるんだな。エレオノーラの内政は商業と外交が中心だって、シャロが前に言ってたから、国で特色があるんだな。


「なんで帝国へ来たんだい?」

「大した理由じゃないです。こいつが帝国に行きたいっていうから、行ってみようと思っただけです」


 セラフィの頭を撫でてみる。セラフィの表情が、嬉しさと嫌らしさを混ぜたような、微妙な感じになった。


「エレオノーラから帝国にねえ。エレオノーラと帝国って、そんなに仲良くないのに、よく行く気になったねえ」


 そうなのか? 迂闊な発言に思わず冷や汗が流れる。


「仲良くないって言っても、実際に仲が良くないのは上の連中だけで、俺たちみたいな下々の連中には関係ねえ話だけどな」

「え、ええ。そうですね」


 よかった。この人は俺たちを嫌っていないようだ。


 エレオノーラと帝国の仲が良くないというのは、初めて知ったな。これからは気を付けて発言しよう。


「帝国とエレオノーラが戦争してたのは、俺が生まれる前の話だから、あんたらに嫌がらせをするやつらはいないだろう。で、帝国のどの辺を観光するんだい?」

「どの辺がいいかなあ。どうせなら帝国の首都とかに行ってみたいけど」

「クリスタロスに行くのか。ここからだとけっこう遠いぜ」


 帝国の首都はクリスタロスというのか。心のメモ帳に書き残しておこう。


「クリスタロスに名所ってありますか?」

「名所? さあなあ。俺もそんなに行ったことはないからなあ。大聖堂とか時計台なんかがあるんじゃねえかな」

「大聖堂と時計台ですか」


 名所がなんだかヨーロッパっぽいな。この情報は興味がないけど、一応覚えておこう。


「帝国だったら闘技場が一番有名だけど、お嬢ちゃんには刺激が強いからなあ」

「そうですね」


 俺と店主に挟まれているセラフィが、ハンバーガーを持ちながら目を瞬く。


 店主のおっさんと他愛のない雑談を挟みつつ、帝国の首都の位置や行き方を聞き出すことができた。首都のクリスタロスはまだまだ遠いらしい。


 店を出るときに俺はふたり分の食事代を店主へ払った。店主は何度も辞退したが、いろんな情報もくれたのだから、食事代だけでは少ないくらいだ。


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