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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
紅い剣と若年の刻印術師
103/119

第103話

 お互いの身分や出身地を隠しながらの会話だけど、それなりに打ち解けることができた。


 アリシダさんは刻印術の使い手で、サリファさんは剣の世界に生きている。


 性別や身長、性格なんかもかなり対照的だ。だからなのか、ふたりの息が妙に合っていると思ってしまう。


「では、セラフィ殿も刻印術を修学されておられるのですか?」

「うんっ!」

「どの刻印術が得意なのですか? 僕は四元素しげんそを扱うのが得意ですが」

「しげんそ?」


 セラフィが首をかしげる。


 四元素というのは、火、水、土、風のゲームでありきたりな属性のことだな。こっちの世界でも四大元素的な呼び方をするのか。


「四元素って火や水のことですよね」

「ええ。この国では四元素とお呼びしないのですかね」

「どうなんでしょう。俺にもよくわからないんですけど」


 こっちの世界に召喚されて、月日はそれなりに経っているけど、エレオノーラの細かい事情は把握できていないんだ。


 アリシダさんも他国の出身なのかもしれない。だからお互いの頭に疑問符を浮かべる状況になってしまった。


「刻印術は国によって呼び方や特徴が違うみたいですし」

「え、ええ。そうですね」


 この質問は深入りしない方がよさそうだ。アリシダさんも空気を読んでくれてるみたいだし。


「でも、先ほどはユウマ殿が刻印術を使っておられましたよね。ユウマ殿も精通しておられるのではないですか?」

「いや。俺は駆け出しだから全然だめですよ。さっきのだって、こいつが描いた刻印を借りただけですし」

「刻印を借す? そのようなことが可能なのですかっ?」


 アリシダさんが白目を剥くほど驚いている。セラフィから何度も刻印を借りてきたけど、これって珍しいことなの?


「可能かって言われても、俺たちは今までそれでやってきたからなあ」


 セラフィと思わず顔を見合わせる。セラフィも不思議そうな顔をしていた。


「よくわからないですけど、こいつは刻印術でちょっと名の知れたやつなんです。だから、普通ではできないことができるのかもしれないですね」


 こんな身も蓋もない説明でアリシダさんが納得するとは思えない。けれど俺たちも原理がよくわからないのだから、説明なんてできないのだ。


「そうですか」


 アリシダさんの穏やかな空気が一変する。黄色い瞳でセラフィを見つめる。すごく真剣な表情だ。


 なんかやばそうな雰囲気だ。話題を早く変えなければっ。


「そういえば、サリファさんの剣、すごいですねっ」


 崖の向こうを眺めていたサリファさんの肩がびくりと反応する。


「そ、そう?」

「ええ。だって刃が紅くてかっこいいじゃないですかっ」


 本心では気味が悪いんだけど、そんなことは口が裂けても言えない。


 話の種になると思って剣を褒めてみたのに、白けるような空気は変わらない。


 やべえ、めっちゃはずした。


 アリシダさんも何かを言いたげにサリファさんをちらりと見やる。けどサリファさんがむすっと口を閉ざしてしまったから、気まずい雰囲気は変わらなかった。


「俺の剣なんて、名無しのなまくらですからね。はは。サリファさんが羨ましいなあ」


 へらへらしながら剣を抜いてみる。苦し紛れに刃を見せたりするけど、だれも食いついてこねえよ。


 いたたまれないから、この辺でお邪魔しよう。


 俺は剣をしまって立ち上がった。


「あんまり時間を取らせるのも悪いので、この辺で失礼します」

「ええ。先ほどはお助けいただいて、ありがとうございました」


 アリシダさんがまた深々と頭を下げる。この人はどれだけ礼儀正しいんだっ。


「そういえば、おふたりはどこへ向かわれているんですか? 差し支えがなければ教えてもらえませんか」


 このふたりはイリスの諸国を旅している人たちだ。帝国の行き方をもしかしたら知っているかもしれない。


 アリシダさんがサリファさんを見やる。サリファさんが露骨に嫌そうな顔をした。


「僕たちはクラティア帝国の首都を探しているんです」


 クラティア帝国だって!? 目的地が俺たちと同じじゃないかっ。


「うそっ」


 セラフィも呆気にとられるし。帝国の名前が出るとは思わないもんな。


「あの、何かおかしいことを言いましたか」

「いえ。俺たちも帝国を目指してるんです」

「なんですと!?」


 アリシダさんの後ろで帰り支度をしているサリファさんまで驚いて顔を向けた。


「おふたりも帝国へ向かわれているなんて、なんという偶然なんですかっ」

「そうですね」


 こんな無人島で同志に会えるなんて思わなかった。なんて幸運なんだっ。


「あの、アリシダさんは帝国の行き方をご存じですかっ?」


 逸る気持ちを抑えて聞いてみる。だけどアリシダさんが難色を示して、


「いいえ。僕たちはこの辺りに詳しくありませんので、帝国の行き方がわからないのです」


 その返答はかんばしくないものだった。


「旅に慣れたユウマ殿でしたら、帝国の行き方をご存じだと思っていたのですが」

「すみません。俺たちもよくわからないんです」


 幸運が連鎖するこの流れだったら、帝国の行き方までわかると思ったんだけどな。そううまくはいかないか。


 待てよ。四人とも帝国を目指しているんだったら、いっしょに探せばいいじゃないか。


 四人で探せば効率は二倍になる。いやセラフィは頭数に入らないだろうから、三人で三倍だっ。


 くうっ、今日の俺は冴えてるぜ。そうと決まれば、さっそくアリシダさんに提案だ。


「それなら、帝国へいっしょに行きませんか? 四人で探せば見つかりやすいと思うのですが」


 アリシダさんが金色の瞳を輝かせる。この人を難なくゲット!


「いいですね――」

「だめよ」


 サリファさんのテンションの低い一言が青空に響いた。


「サリファ。どうして」

「あんた、ちょっとこっちに来なさいよ」


 なんだなんだ。サリファさんが背の高いアリシダさんの首根っこをつかんで、向こうまで行っちゃったぞ。ふたりでこそこそ話をしているみたいだが。


「あの人。機嫌でも悪いの?」


 セラフィがふたりの様子を見て首をかしげる。純真なお前とあのサリファっていう女の人は正反対だよな。性格的に。


 やがてアリシダさんが水色に煌めく頭を抱えながら戻ってきた。


「ユウマ殿のせっかくのお申し出なのですが、あいつが絶対に嫌だと言って聞かないので、すみません」

「はあ」


 俺、あの人に嫌われてるのかな。嫌われるようなことはしてないと思うけど。


 セラフィも首を反対側へかしげて、


「あの人。お腹でも痛いの?」


 へんてこな質問をしたので、アリシダさんが頭を下げた。


「あいつはちょっとわけありでして、最近に大事な人を亡くしたばかりなので、人間不信になっているのです」


 大事な人を亡くしたのか。だから、さっき幻妖と戦っていたときも、あんな怖い言葉を発し続けていたのか。


 セラフィもはっと悲しい顔つきになって、口元を手で覆った。大事な人を亡くした悲しみは、俺たちにもわかる。


「そうですか。そんなこととはつゆ知らず、失礼しました」

「いえいえ。いいんです。おふたりが悪いわけではありませんから」


 崖の向こうからサリファさんの怒声が聞こえてくる。俺たちが話している間に、もうあんな遠くまで歩いていたのか。


「それでは、また」

「はい」

「じゃあねえ」


 アリシダさんと握手を交わして別れを告げる。偶然に居合わせただけだっただったけど、いい出会いだった。


「帝国でまた会いましょう!」


 サリファさんの元へ走っていくアリシダさんに俺は叫んだ。アリシダさんは人の良さそうな笑顔で手を振ってくれた。


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