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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
紅い剣と若年の刻印術師
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第102話

 若いカップルのような二人組だった。


 細身で長身の男と、背の低めな女。男はあちらの世界で標準的な身長の俺よりも高い。女もセラフィよりは背が高いな。それでも女子として背は低い方だ。


 ふたりとも黒っぽい外套で身体を隠している。頭からすっぽりと。


 フードの中の顔もマスクで鼻から下を隠している。アリス宮殿からほぼ着の身着のままで飛び出してきた俺たちと大違いだ。


「きみは」


 男の方がわずかに口を開く。声変わりをして間もない感じから察するに、年齢は俺と同じくらいだ。


「あいつら、まだ生きてるわっ」


 女が後ろの幻妖たちを指す。女の年齢もきっと俺と同じくらいだ。――いや、そんなことを考えている場合ではない。


 虎の幻妖たちが、地獄の番犬のような唸りを上げている。這いつくばるような姿勢で、口元を小刻みにふるわせながら。


 さっきの真空波で全身に無数の傷を負っているが、致命傷には至らなかったか。


 俺が剣をかまえると、後ろから剣を抜く音が聞こえた。三人で共闘すればこの窮地を脱することができそうだっ


 きたっ! 先頭の幻妖の突進を皮切りにあいつらが一斉に襲い掛かってきた。俺は剣を突き立てて、先頭の幻妖を串刺しにする。


「散開するんだっ!」

「そんなこと、言われなくたってっ」


 ふたりは軽やかな身のこなしでその場を離れる。俺の加勢なんて必要としない手練れだったのか?


 虎の幻妖と距離をとりつつ、ふたりの旅人をそれとなく観察する。


「くっ、離れろ!」


 男の身のこなしは意外と頼りない。右手の剣を乱雑にふっているだけで、まともな攻撃になっていない。腰も高いし。


 だが、得物がこちらで珍しい両刃の直刀だ。スパダよりも長い。


 対する女は、その得物を見た瞬間に胸がつぶされそうになった。


「死ね、死ねっ!」


 女の持つ剣の刃が、血みたいに紅い。おどろおどろしい真紅の刀だった。


 女は「死ねっ!」と奇声を発しながら真紅の刀をふっている。剣の腕はいいとは言えない。かまえも振り方もむちゃくちゃだ。


 だけど、あの剣がよほど切れるのか、剣先に触れただけで幻妖を切り刻んでいく。


 シャロの持つエクレシアみたいな切れ味だ。エクレシアも凄まじい切れ味だったけど、あの紅い剣も遜色がない。


 いや、鞘にしまう必要がない分、あの紅い剣の方が性能は高いか?


 紅い剣の凄まじい威力に見惚れてしま――。


「アンドゥ!」

「危ないっ!」


 セラフィと男の旅人の声ではっとする。幻妖の一匹が牙の生えた口を大きく開けて、正面から俺を――。


「うおっ!?」


 まずい。この距離では避けられないっ。そう思った直後、水のレーザーが真横から放たれて、幻妖の側頭部を貫いた。


 これもすごい威力だ。水を勢いよく放つと、身体を貫通させることができるのか。


「だいじょうぶかい?」


 男の旅人が俺に声をかけてくれた。あなたは刻印術の使い手だったのですね。


「ありがとうございます。間一髪のところで助かりました」

「いや、お礼を言わねばならないのは僕たちの方さ」


 男の旅人の目が微笑んでいる。黄水晶のような珍しい瞳だ。この人、すげえいい人そう。


「だけど安心するのはまだ早いですよっ」


 俺は剣を持ち直して女に加勢した。


 女は攻撃を受けながらも幻妖の何匹かを撃退させていた。「死ね! 死ね!」って斬るたびに絶叫してるのが怖いけど、ドン引きしている場合じゃない。


 女の背後にまわって幻妖を撃退する。男の旅人も岩石の刻印術で応戦すると、幻妖たちは恐れをなして逃げていった。


「なんとかなりましたね」


 剣を地面に差して座り込む。男の旅人も俺のそばで片膝をついた。


 フードを取ったそのお顔は、腐女子の好きそうな美男子そのものだ。肌はインドア派のように白くて、スポーツ刈りの髪は水色だ。


 金色の瞳といい、漫画やアニメに登場しそうな人だ。


「どこのだれだか存じ上げないが、助かりました。この通りお礼申し上げます」

「いやいや、そんな」


 丁寧にお礼をされると緊張するのでやめてください。心中ではドヤ顔で大笑いしてるけどな。


「加勢なんていらなかったのに」


 女の方は真紅の刃をしまって泰然としている。いい人と違ってお前は筋金入りのひねくれ者なんだな。フードも取ってくれないし。


「サリファ。恩人に向かって、なんていう態度だ」

「ちょっと! 気安く名前を言わないでよっ」


 サリファと呼ばれた女が慌てふためく。お前はサリファというのか。


「名前くらいだったら、言ってもいいんじゃないですかね。ここで会ったのも何かの縁ですし」


 幻妖の死体の転がっている場所から移動する。セラフィと落ち合って森の小道を歩く。


「アンドゥ殿とセラフィ殿ですね。僕はアリシダと申します」


 アリシダさんが深々と頭を下げる。この人はすることがいちいち礼儀正しい。


「ありがとうございます。ですけど、俺の名前はユウマですので、間違えないでください」

「ユウマ殿とお呼びした方がいいのですか? でもセラフィ殿は、先ほどからアンドゥとお呼びしておりますが」


 俺の傍らで歩くセラフィがにこりと微笑む。


「アンドゥの名前はアンドゥだよ。だからアリシダもアンドゥって呼んでねっ」

「はあ」


 アンドゥ、アンドゥって何度も言うな。その呼び名はかっこ悪いからやめろと何回も言ってるだろ。あとアリシダさんを呼び捨てにするな。


 ほれ見ろ。アリシダさんがさっそく呆れてるじゃないか。スマートな第一印象を植え付けようとしてたのに、俺の計画は台無しだ。


「では、アンドゥ殿とお呼びしましょう」

「それはやめてください」


 あなたもセラフィの妄言を鵜呑みにしないでください。


 アリシダさんの斜め後ろで、サリファさんが「ふん」と舌打ちした。


 森を抜けて雲海の眺められる崖に到着した。見晴らしがいいから、ここで休憩しよう。


 アリシダさんとサリファさんが、俺たちと少し距離をとった場所へ座る。


「ユウマ殿とセラフィ殿は、この島にお住まいの方なんですか?」

「いえ。違います。俺たちは――」


 エレオノーラのアリス宮殿から来たって、迂闊にしゃべっていいのか。


 このふたりは怪しい人たちではなさそうだけど、赤の他人に自分たちのことをべらべらとしゃべらない方がいいだろう。


「俺たちは国に縛られず、自由気ままに旅してるんです。この世界のいろんな景色を見てみたいので」

「そうですか」


 こんな朝の早い時間に無人島を旅するやつらはいないだろうと、アリシダさんは思ったんだろうな。けど、それはお互い様だ。


 このふたりにも深い事情がありそうだから、俺たちのことは詮索してこない。


「おふたりはご兄妹なのですか?」


 アリシダさんが空気を読んだ質問をする。


「いえ。違いますよ。友達みたいなもんですかね」


 セラフィと顔を見合わせると、なんだか照れくさい。セラフィも嬉しさと悲しさを混ぜ合わせたような顔をしてるし。


「アリシダさんとサリファさんは付き合ってるんですか?」


 見た目も精神年齢も子どもな俺たちと、このふたりは違う。恋人同士だと言われてもなんの違和感もない。


 だけど、ふたりは同時に動いて、


「ちっ、違いますってっ!」

「こんなやつと、恋人なもんですかっ」


 全身の力を振り絞って否定してるし。そんなに否定しなくてもいいと思うのですが。


 セラフィが俺の腕をつかんでにんまりする。


「ええっ。そんなに否定されると、なんか怪しいなあ」

「だから、違うって言ってるでしょ!」

「お似合いだと思うけどなあ」


 セラフィが伸ばした足をばたばたさせた。


 サリファさんがそっぽを向いて、


「あたしは、こんなへっぴり腰といっしょになるのは絶対に嫌だからね。お金を積まれたって遠慮するわよ」

「ぼっ、僕だって、お前なんかとけ、結婚なんてしないっ!」


 どこかのシャロみたいなツンデレ発言をしたものだから、アリシダさんが向きになってしまった。


 いやいや、結婚って。付き合ってもいないのに結婚なんてできませんって。


 ふたりのやりとりを観察して、とりあえず力関係だけは理解したな。こっちの世界でも男って女に頭が上がらないんだなあ。


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