第10話
空の上なのに今日はやけに暑いな。
セラフィが食い気味で凝視してくるから、ものすごく緊張する。例でいうと、部活のマネージャーに試合を間近で見られてるような感じだ。
かっこよく紙切れを投げておいて、それがそのまま落ちてきたらかなり間抜けだ。しかも女の子の見てる前で。
ああっ、もうどうにでもなれっ!
ぶっつけ本番の初トライなんだ。いきなりうまくいくはずはないんだ。だったらもう、ごちゃごちゃ言ってねえでやってやろうじゃないか!
もう自棄になって、刻印の描かれた紙くずを放り投げた。
投げたら次に、神使とやらにお願いするんだったな。神社でお参りするときみたいに両手を合わせて、三つの炎が旋回する姿をイメージしてみた。
神使というのは本当に来てくれるんだろうな? 来なかったら体育館裏に連れて行って泣かすぞ。
でも、時間にして一秒も経っていなかったのだろうか。セラフィが、
「ああっ!」
と目覚まし時計みたいな声をあげた。
なんだなんだ!? その「ああっ!」は、どっちのああだ。
上を見るのは怖かったけど、ホラー映画を見るときみたいに、恐る恐る空を見上げてみた。
炎は、みごとに召喚されていた。しかもイメージ通りに、三つの炎が空中で鮮やかに輪舞している。
すげえ。これ、本当に俺が召喚したのか?
炎はトンビみたいに、空に輪を描いている。数が多い分、セラフィが召喚した炎よりも少し小さいが。でも、これはこれですごい。
「って! これ、どうしたらいいんだ!?」
「あ、アンドゥ、前! 前!」
セラフィがしきりに前を指したので、言われるままに人差し指を前に向けた。
三つの炎は、一瞬ぴたりと静止。そして、数メートル先の木の葉にターゲットをしぼって、轟然と飛び出した。
木の葉は一瞬のうちに炎に呑まれて、さらに木の葉の一点で交わった炎がドカンと爆発――SFの時限爆弾みたいに派手に爆破して、無数の火球を八方に飛び散らせる。
圧倒的な威力だった。
さっきの、セラフィが召喚したときもものすごかったけど、今回もミサイル並みの破壊力をむざむざと見せつけてくれた。
被弾した木の葉は、当然ながら見る影もない。
音も爆竹の十倍くらいの爆音だったんじゃないだろうか。何ギガヘルツだったのかはわからないけど。
「すごい! アンドゥすごいよ!」
戦争の軍事兵器並みの破壊力を見せつけられたのに、セラフィは純真無垢な五歳児みたいにはしゃいでいる。
「幻妖でも刻印術使えたんだ!」
「いや待てお前、なんだそれ」
幻妖でもってなんだ。俺は人間だって何度も口を酸っぱく言っているだろ。
「ていうか、それが狙いだったのかよ」
「えー、だって本当にできるのか、試してみたかったんだもん」
セラフィは口をアヒルみたいに尖らせて、聞き分けの悪いくそガキみたいな顔をする。そんなくだらない野望のために、こんな末恐ろしい魔道書を持ってくるなよ。
「だから俺は、幻妖じゃねえって言ってるだろ? あちらの世界から来た、れっきとした人間なんだよ」
「もう、そんなの別にどっちだっていいじゃん! アンドゥだって、刻印術が使えて楽しかったでしょ?」
どっちでもよくないのだが。
俺の憂鬱を他所に、セラフィは諸手をあげてその辺を飛び跳ねている。「ああもう最高!」とのたまいながら。
こいつはアホだ。真性の。
ここまで重症だと、もう呆れて返す言葉が思いつかないな。
でも生で魔法が使えたのは、おもしろかった。予想以上の破壊力に度肝を抜かれたけど。
もっと目と心にやさしい術があるんだろうから、それから習得していけばいいか。
そうすれば、いずれはウォーロックに、いや、ソーサラーがいいか? いやいや、剣も使えるルーンナイトの方がかっこいいな。刻印つながりだしな。
剣と魔法をきわめた最強のジョブか。中二病はとっくに卒業したはずだが、なんの因果か異世界に召喚されてしまったんだし、最強のルーンナイトになるのも悪くはないかな。
「セラフィーナ様!」
はげしく聞きおぼえのある声が聞こえたので、後ろをふり返ってみると、禁衛師士のシャーロットとおっさんたちが林の前にずらりと並んでいた。
さっきの爆発音を聞きつけてきたんだろうな。ものすごい爆発音だったからな。
シャーロットは肩で息をしながら、額の汗を拭うのも忘れている。
「セラフィーナ様。その幻妖は危険です。どうかお戯れはここまでにして、こちらにいらしてください」
「どうして? アンドゥは悪い幻妖じゃないんだよ。それなのにどうして、シャロは危険だって決めつけるの?」
「それはっ」
シャーロットが言い淀んで俺に視線を向けてくる。
腹を壊したから今すぐトイレに行きたいが、諸事情があるから我慢してるんだぞ、と言いたげな顔してるな。俺に空気を読めと言いたいのだろうが、そんな無理ぶりをされても困る。
何度も言うが、俺は人間であって幻妖ではない。それなのに一方的に危険分子と決め付けられても、俺はどう反応したらいいのかわからないのだが。
それにしても、この妙な誤解はいつになったら解けるんだ?
口をへの字に曲げたまま押し黙っているシャーロットに堪えかねて、セラフィが一歩を踏み出す。シャーロットとおっさんたちは、反射的に後退した。
「セ、セラフィーナ様、どうか――」
「わかった。あたしがお父様を説得すれば、シャロは納得してくれるんでしょ? お父様はどこにいるの? 部屋?」
「そ、それだけはいけません! セラフィーナ様、どうか、どうか、お気を静めてくださいっ」
セラフィ、すげえ。
お父様のところにすっ飛んでいこうとするセラフィの身体を、シャーロットと禁衛師士のおっさんたちが総出で抑えている。
ものすごく強烈な行動力と影響力だ。王国のお姫様って、こんなに力のある存在だったのか?
もっとこう、王様のとなりの玉座に座っていて、大人しくて、「城内でゆっくりしていってください」的なことしか言わないものだと思ってたけど。
俺の考えが浅いのか。それともこいつが異常なのか?
シャーロットがついに根をあげて、
「わかりました。陛下に彼のことを話して参りますので、どうかお気を静めて、お部屋にお戻りください」
「お父様に変な告げ口したらお仕置きだからねっ」
「はっ」
シャーロットたちが、完封負けを喫した野球少年たちみたいにすごすごと退散していく。お陰で俺は助けられたのだが、ちょっとかわいそうだな。あの姿は。
その様子を、セラフィは偉そうに腰に手をあてて見張っていたが、そのうちに俺の方を向いて、にっこりと笑った。
「アンドゥよかったね! シャロがお父様に話をつけてくれるって」
こいつには絶対に逆らわないようにしよう。