二桁の足し算が出来ない私の妹が私と同じ学院に通うらしい
姉妹格差ものに挑戦。
ぱん!と破裂音が耳に響き続いて頬がじんじんと痛みだした。
同時に顔を歪めて妹がわあんと泣き出す。
一分と経たないうちに両親とか言う人間たちが駆けつけてきた。
さあ、今日は私に何をされたと言うのかしら。
冷めた目で妹と妹に寄り添う両親とかいう人間を眺めた。
案の定妹は私から『姉と同じ学院に通える訳がない』とバカにされた上、殴られたと嘘をつく。
頬が赤く腫れた私でなく、嘘泣きをする妹を私の母親だとかいう存在は抱き締め『可哀想に』と涙ぐんだ。
私の父親らしき物体は『おまえの分際で妹を泣かせるとは!反省するまで小屋から出ることを許さん!勿論食事は抜きだ!』と唾を飛ばしながら叫び私の腕を捻り上げた。
「大丈夫ですか、ライラ様」
自宅に戻った私の頬を冷たい水に浸したタオルで冷やしながらメイドのマリが気遣ってくれる。
「平気よ」
「腕を痛めてないか医者に診て貰いましょう」
心配そうな執事のオネストにそこまでの痛みはないと言い、
「今日は一体なにが原因でしたの?」
ガヴァネスのミリエラ先生に聞かれ答えた。
「あのこ、明後日から私と同じ学院に通うと言うから入学試験をどうやって通過したのか聞いたらこれよ」
「は?あの娘がライラ様と同じ学院に?」
「通える訳ないと思いますが……脅されて誰かが推薦を?」
「推薦したところで入学出来ると思います?十三歳にもなって二桁の足し算も間違うとガヴァネス仲間の茶会でも有名なあの娘が」
三人が有り得ない!と言うが私も有り得ないと思う。
私の通う学院は金さえあれば誰でも通える箔付け花嫁学校や貴族であれば皆入学出来る貴族学院とは違い、魔法のエキスパートを養成する為の国立の専門機関付属学院。入学する為には実技座学共に高い水準を満たさねば補欠合格も許されない狭き門だ。
その分入学当初から得意な魔法を活かした魔道具開発をして特許料でお金を稼いだり、魔法を扱う機関で見習いとして働き給金を得たり、卒業後を見据えて割の良い職への就職活動をする事も出来るから、魔法の才はあるけど実家が裕福でない者や、実家であまり良く扱われてない者には天国みたいな学院でもある。
─私みたいに、ね。
十三歳の就学年齢になった時、授業料免除制度のある学校の入学試験をいくつか受け(私に最低限の金以外使いたくない両親とかいう人間は授業料免除のある学校にしか入学させないと言っていたから)、そのなかで特待生として返済義務のない奨学金を出してくれるこの学院に通うようになり生徒本人にしか使うことが出来ない奨学金と特許料で懐が温かくなるまでの私は、貴族令嬢としても一人の人間としても悲惨としか言い表しようがなかったと思う。
私ことライラ・サクセン、サクセン伯爵家長女の食事は使用人の中でも一番地位の低い下働きの少女より少なく、着るものはお祖母様のお古を一番針仕事の下手なメイドが直したもので、住む場所は庭の片隅にある隙間風の吹き込む使用人小屋だったのだもの。
世話をする者はいないから自分で冷たい水で髪と身体を冬でも洗っていたから髪も肌もバサバサのガサガサ。冬に使っていい薪は一日五本までだった。
因みに『何故ライラの扱いが悪いのか』と親戚が聞いたところ両親とかいう設定のひとたちは『自分達にキツく当たった前サクセン伯爵である祖母に容姿がそっくりだから、傲慢だった祖母のようにならない為に相応しい扱いをしている』のだと平然と告げたらしいわ。
そんなだから私が学院に入学してからの我が家は長女を虐げていると非難されているけど、両親とか言う人間はそれは私が妹を虐待してるから躾として行なっているのだと反論している。
だけど少し考えなくてもわかるでしょ?
肌も髪もガサガサでガリガリに痩せて骨董品みたいなサイズの合わないブカブカのドレスを着て馬車を使わず歩いて学院に通っている私と、私に虐待されてるはずの妹が丁寧に世話されたツヤツヤピカピカの髪と肌と健康的な容姿で、最新の流行りのドレスを身に纏い四頭立ての立派な馬車を使って両親らしき物体と観劇や買い物にでかけその先で周囲に傍若無人に振る舞うのを見て誰がそれを信じると言うの。
私への態度について児童福祉局から私や使用人たちや学院や親族に極秘で聴き取りがされた結果両親は『長子ライラの不当な扱いおよび祖母であり前サクセン伯爵からライラに遺された遺産の使い込み』と『次子妹に対する必要最低限の教養も身に着けさせない教育虐待』で近く労役につくことになってる、罰金だと何も改善されないから労役なんでしょうね。二人はまだ知らないけど。
それくらいで?と思うひともいるかもだけど、数十年前兄弟の扱いの差から第二王子が第一王女を刺殺した事件が王家であって周辺国も巻き込み大変な騒ぎになってから、我が国では親が子ども達に度を過ぎた格差を与えることは禁忌とされてる(そのおかげで両親らしき物体にも疎んでいる娘とは言え就学年齢に達した子どもを学校に通わせないのはマズいと考える頭はあったらしい)。
ならばなぜもっと早く私が救済されなかったかと言えば、学院に入学するまで私が愚直にも両親の言うことが正しいと思い込んでいたから。
家の外に出ることが全くなく物心ついてから親族と会ったこともなかったし、妹ばかり可愛いがられるのがおかしいことだなんて一度も考えなかった。
両親っぽい存在と妹の言うことは全て正しくて、私は頭と性格が悪いからそれを直すために三人は私を叩いたり怒鳴ったりしてくれてるんだと思っていた。
だってあの家では誰も私は悪くないなんて、教えてくれなかったんだもの。
でも学院に通うようになって、一つずつおかしいことがわかった。
私の髪がバサバサで肌がカサカサで下働きよりも少ない食事しか与えられずいつもお腹を空かせてガリガリに痩せてて、学院まで普通なら馬車で通う距離を毎日歩いてるのも、お祖母様のお古のドレスを着てるのも、隙間風や雨漏りのする黴臭い小屋で暑さや寒さに体力を削られながら暮らしてるのも、授業に使う道具や素材を買ってもらえないのも、いつも妹ばかり可愛いがられて私があの三人から暴力や暴言ばかり受けてるのも、気に入らないことがあるとそれを全て私のせいにする妹も全部全部おかしいことなのかもしれないって考えるようになって。
ある時ランチを一緒にしていた同級生に聞いてみたの『もしかして私の家族はおかしいの?』って。
そうしたら溜息を吐いてその子は言ったわ。
『やっとわかった?』って。
そのままその子に手を繋がれて教員室に連れて行かれて、家族が私にしてきたことを二時間ほど聴き取りされた。
私が家族にどんなふうに扱われているか気づいてた学院の先生方は、用意していた各種書類を翌日には児童福祉局に提出してくれた。
そのおかげで今私は学院から紹介された一軒家兼研究施設に住み、自分で開発した魔道具の特許料を両親らしき物体に知られることなく全額受け取り、稼いだお金で執事兼ボディガードとガヴァネス兼共同研究者とメイドを雇い暮らすことが出来てる。
因みに私が開発した魔道具の中で一番のヒット作は『認識阻害魔法』を常時展開出来るネックレス─王家からもお褒めの言葉を頂いた一品で特許料は目玉が飛び出るくらい高額だった─を使って私は使用人小屋に住み、バサバサガサガサの髪と肌でお祖母様の服を着て、下働きよりも少ない食事をし学院まで歩いて通っているとサクセン家の人間に思い込ませてる。
でも定期的に魔力を補充しないと魔法が解けてしまうからたまにサクセンの屋敷に帰って使用人小屋に置いてあるネックレスに魔力を注いでいたのだけど今日はたまたま妹と庭でかち合ってしまったのよね。
そこで妹が『明日から自分もおまえと同じ学院に通うから弁えた態度を取れ』と言ってきたものだからつい聞いてしまった。
『両手の指を使っても二桁の計算が出来ないのに、どうやって試験に通ったの?』
私の話を聞きながらぬるくなってきたタオルを水に浸し絞りながらマリは首を傾げた。
「学院て裏口入学とか……出来ませんよね」
「絶対出来ないわ」
自身も学院卒業生であるミリエラ先生が応える。
「まさか……試験を受けただけで入学出来る花嫁学校と勘違いしているのでは」
オネストの言葉に私は手を打った。
「きっとそうよ」
「ライラのくせに私より遅く登校するなんてほんとおまえは駄目な人間ね!」
学院の正門を潜ったところで待ち構えていたであろう妹がそう言い放ち
「さっさと荷物を持ちなさいよ!」
側に立っていたメイドから荷物を取り上げると勢い良く私に投げつけて来た。
ここサクセンの屋敷じゃないのよ?!
家での態度と変わらなすぎて思わず固まってしまった私(と妹のお付きのメイド)が気に食わなかったのだろう妹は、イライラしながら近付きいつものように平手打ちしようと手を振り上げる。
「何をやっている!その手を下ろせ!」
丁度出勤してきた先生が妹に向かって怒鳴ると妹は私に、にやりと笑いかけわあんといつものように泣き真似を始めた。
「ライラがひどいのお!!」
そうね。
いつもだったらここで両親らしき物体が駆けつけて母親とかいうバカが、貴女をよしよししてくれるわよね。
ついでに貴女より力の強い父親とかいうクソ(失礼)が私に暴力を振るうのを笑いながら見れるわね。
でもここはサクセンじゃない。
「我が校の生徒に暴力を振るった犯罪者だ!捕らえろ!」
「…………は?」
わらわらと集まる警備と周囲から突き刺さる軽蔑の視線に妹は目を白黒させている。
「大丈夫?ライラ」
「これがあの妹?」
「聞きしに勝るね」
「サクセン、今の場面証拠に納めたぞ」
クラスメイトや先生達が私に親しげに話しかけ、心配をしているのを見て妹は声を張り上げる。
「なによ!そいつは頭も性格も悪いからちゃんと叩いて躾なくちゃいけないのよ!!お父様もお母様もそう言うから私も叩いて躾てるのよ!だからライラに優しくするんじゃないわよ!」
心から皆が賛同してくれると信じて。
「……貴女何言ってるの?」
「なにもしてない彼女にいきなり荷物を投げ付けた君のほうが悪いだろ」
「そもそもおまえは当校の生徒でない不法侵入者だ。警備室へ連行しろ」
「え?私、今日からこの学校に」
「我が校の入学式は昨日だ」
「じゃあ私はライラに嘘つかれたんだわ!入学式が今日だって!」
私を指差して妹は、そう言い張る。周囲のしらっとした空気に気付かずに。
……今まで自分のミスは全て私に押し付ければよかったものね。
両親とかいう存在は愛玩動物としてこのこを扱ってたんだ、としみじみ理解した。
「呆れた言い訳ね」
「人のせいにするなよ」
「自分の失態を他者に押し付けるような者が我が校に入学出来るわけがないだろう!不審者を警備室へ連れて行け!入学詐称の疑いもある!法務局にも連絡しろ!!」
先生の怒鳴り声に妹は肩を跳ねさせ自分を庇ってくれる人を探すように周囲をキョロキョロ見回していたけど勿論そんなひとはいない。
代わりに妹の両腕を摑んだ警備員はいたけど。
焦りが顔に出だした妹とぱちりと目が合う。
「ら、ライラ!助けなさいよ!アンタわたしの姉でしょう!私はアンタの妹なんだから助けるのが当たり前でしょう!!」
「…………」
「ちょっと!早く助けなさいよ!グズ!ノロマ!」
しらっとした空気の中妹の罵声が響く。
「……サクセン」
「なんでしょう、先生」
こめかみを指で叩きながら先生が私に妹を指さし
「これは君の血縁らしいが本当か?」
そう問うてきた。
「ええ」
妹がニヤリと笑って叫ぶ。
「そうよ!私はそこのバカライラの妹よ!さっさと腕を離しなさい!」
「でも先生」
「なんだね」
「私、このひとの名前知らないんです」
一瞬間をおいて
「はあ!?私の名前知らない?嘘言うんじゃないわよ!」
妹は噛みつかんばかりに大声をだし地団駄を踏む。
「嘘じゃないわよ。
一回でも私があなたの名前呼んだことあった?」
「…………え、あ、ライラ、アンタ本当に私の名前」
みるみる顔色が悪くなる妹を一瞥して私は先生に向きなおる。
「名前の知らないひとは例え血縁でも身元の保証は出来ませんよね?」
先生は深く頷く。
「フルネームさえわからないのならば、君はこの者の身元保証人としての最低限の基準を満たせてないからな。警邏隊にも連絡しろ!」
先生の合図に警備が妹を警備室へと連れて行く。
「ライラ!ライラ!あんた私の姉でしょう!」
妹が嘘泣きじゃない泣き声で私の名を呼んでる。
でも私本当にあなたの名前知らないのよ。
両親らしき物体があなたの名前を教えてくれなかったから。
泣き叫ぶ妹の声を聞きながら、とてもスッキリした気分で私は呟いた。
「恨むなら私でなくあの二人を恨むといいわよ」




