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4、ファーストミッション

 翌日。時刻は十八時五分。瑠季るきはテーブルやカウンターの空きグラス・お皿を回収している。里桜りおは伝票を片手に、レジを操作していた。柚海ゆずみはいない。

里桜りおは手を止めて言った。

「お疲れ、ナナちゃん。初日はどうだった? 緊張したんじゃない?」

「ふーっ、あっという間に終わっちゃった気がします」

里桜りおはカウンター席に、お冷のコップを一つ置いた。

「ナナちゃん、ちょっと休憩しよう。座りなよ」

「えっ? でも…」

「五分くらい大丈夫だよ。初めての立ち仕事だったんじゃない? 疲れたでしょう? 一息ついてよ。この後、お皿洗いやらお店の掃除やらしてもらうんだからさ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

瑠季るきはカウンターに座ると、水を一口飲んだ後に言った。

「このお仕事って、『動線』が大事なんですね」

「そうだね。お店の奥へ行く道・戻る道を決めておいて、移動中に他のお客さんのテーブルの状態を確認する。これを決めておくだけで、だいぶ仕事がはかどるからね。でも、最初の内は、そんなに意識しないでいいから。目の前の事だけ頑張っていればいいよ」

「はい、了解ですぅ」

「でもナナちゃんてさ、ずっとユズミンを見ていたよね?」

瑠季るきは体を少しピクリとさせた。

「えっ?」

「私さ、心配だからなるべくナナちゃんの様子を見るようにしていたの。

そしたらずっとユズミンを見ているから、ちょっとビックリした」

「えっ、あのっ、その---」

「お手本にしていたんでしょう?」

「えっ?」

「仕事のお手本だよ。ユズミンの動きを見て、動線とか、グラスやお皿の置き方や、回収の仕方を覚えようとしていたんだね」

「そっ、そうです! そうなんですよ!」

「私には仕事内容を習って、ユズミンには仕事の実技を見習う。効率いいよね」

「はい! まさに『見習って』いました。参考になりましたよ。

ところで、その穂紫ほしさんなんですけど、まだ帰ってきませんね」

「明日の買い出しに行っているからね。だいたい一時間くらいはかかるかな?

ほとんど近所の商店街で買っているんだけどさ」

「近くにある、長ーい商店街ですか?」

「そうだよ。皆さん良い人達ばかりでさ、自然と仲良くなったの。そしたら格安で食材とか売ってくれるようになって。だから、コーヒー一杯三百九十円とかできるんだよ」

「安いですよね。トーストとかケーキとかも安いです」

「でも、こだわりは捨ててないんだ。コーヒーは店内で焙煎しているし、トーストも添加物無しのを使っているんだよ。ペーパーフィルターのような備品や、コーヒー豆・ケーキ・野菜なんかの食品系も、全部商店街のお店から仕入れているんだよ。原価に近い値段にしてくれる店もあって、助かってるの」

「もしかして、それって里桜りおさん効果で安く?」

「アハハ、そういう事。店主がおじさんやお爺さんだと、さらに負けてくれたりするの。

でも、今日はトーストも買わないといけなかったから、ユズミンが行っているんだよ」

「え? トーストだと、なにかあるんですか?」

「手作りパン屋さんの店員のお姉さんがさ、すごいユズミンを気に入っているんだよ。

食パンを安く卸してもらえないかユズミンが頼んだら、マスターに掛け合ってくれてさ」

瑠季るきは『女性店員がユズミンを気に入っている』と聞いて、気の抜けた返事をした。

「へー…」

「まあ、パン屋さんだけじゃないけど。他のお店にもいっぱいいるよ、ユズミンのファンって。まあ、あのビジュアルだし、愛想も良いし。お店としては助かってるよ」

「へー…」

「あれ? ねぇ、ナナちゃん」

「へー…じゃなくて! なんでしょう?」

「なんか右目の横あたりがピクピクしているように見えるけど、大丈夫?」

「えっ、なんでもありませんよ! 大丈夫です!」

「ふーん、ならいいけど。まあルックスが原因で、

ちょっとした『事件』も起こしたりもするけど」

「事件?」

「そう、通称『穂紫ほしくんホスト事件』って言ってさ、商店街では語り草だよ。

まあ、ユズミンは完全に被害者なんだけど」

「ちょっと怖そう…。何があったんですか?」

「ユズミンがウチで働き始めて二~三日ぐらいの頃、商店街のオバサンが冗談を言ったんだ。『新しくシオンに入ったウエイターさん、カッコイイね! ホストみたいっ!』って。

それが少しづつ噂になって、気が付いたら、『シオンに、本物のホストがいるぞ! 夜はホストクラブでバイトしてるんだ』っていう話になっちゃってたんだよね。

それを聞いた時、私もユズミンも笑ってたんだけどさ」

「噂話のパワーって恐ろしいですね」

「お店の窓越しにユズミンを一目見ようとする人だかりが出来たり、お客さんもユズミン目当てで、一時的だけど大幅に増えた。まあ、そこまでなら笑い話で済んだんだけど」

「違うんですか?」

「噂話が行き過ぎて、『あの喫茶店は、ホストを使ってボッタクリをしている!』って話に変わっていってさ。さすがにマズイから、ユズミンが商店街のお店を一軒一軒、全部に釈明に行ったんだよ」

「あの長い商店街を全部? ひぇ~!」

「私も『一緒に行く』って言ったんだけど、『一人で行かせてください』って聞かなくてね。『僕はホストではありません。お店は、普通の喫茶店です』って、言って回ってくれたの。結局、ユズミンの誠実さが伝わって、ますます彼は人気がでたけどね。お店も常連さんがグッと増えた。『雨降ってなんとやら…』だね」

「それは良かったです」

「まあそんな感じで、ウチは商店街の皆さんのおかげで助かっているよ。で、ウチのお店は、商店街の人やお客さん達の憩いの場になってる。持ちつ持たれつって感じ」

ここで、瑠季るきは思っていた。

『上手い具合にお店の話ができた。

この調子なら、自然な流れで柚海ゆずみの話が聞き出せそうだ』と。

「ところで、穂紫ほしさんなんですけど」

「ん?」

「あの人、どの辺りに住んでいるんですかね?」

「えっ…とね、言っていいのかな? まあユズミンの性格からして、隠しそうもないからいいか。ナナちゃん、『簡易宿泊所』って知ってる?」

「エヘヘ…。なんですか、それ?」

「プッ、お嬢様だなぁ、ナナちゃんって。格安の宿泊施設の事だよ。安く日本を旅行しようとする外国人観光客とか、ホームレスの人とかが、よく利用するやつ。アパート借りるのがキツイらしくてさ、そこで寝泊まりしているんだって」

「それって、いくらぐらいなんですか?」

「えっと…、一日、千五百円くらいかな?」

「じゃあ、三十日で四万五千円か。それくらいだったら、

あと少し出したらアパート借りれないですかね?」

「それが違うんだよ。簡易宿泊所に泊まるのは、二日に一回くらい」

「じゃあ、もう一日は?」

「二十四時間営業のファーストフードでコーヒー一杯頼んで、朝まで座ったまま寝るんだ。で、銭湯でお風呂入ってウチに出勤してくるわけ。たぶん、全部で六百円くらいだと思うから、月間で計算すると、全然違ってくるよね」

「なんか、そんな風に感じませんね。清潔感あるし」

「そこは、気付かっているんだろうね。飲食店だから。で、私聞いたんだよね。『借金でもあるの?』って。そしたら『はい』だって。利子を抑える為に早く返し終えたいらしくて、無茶な返済プランを組んでるんだろうね。住居費を極限まで削るぐらいだから」

「そうですか…」

「スマホも持っていないらしいよ。費用が惜しいらしくてね。

どうやって生活してんだろうと思うけど」

「うーん、それはかなり深刻ですね。」

「まあ、借りている先は闇金とかじゃななくって、普通の金融機関だから問題ないらしいけど。見かねてさ、『ウチの店のソファで寝たら?』って言っているんだけど、聞かないんだよ。『一人暮らしの女性の住居になんて泊まれません!』とか言ってさ。

『二階に行くドアは鍵がかかるから大丈夫』って言っているのに。すんごいカタブツ」

「アハハッ」

「すごい真面目だよね。借金の話をする時も、普通に話すんだよね。辛そうな顔をしないの。そういうトコロがさ---」

「キュンとくると?」

「えっ? 違う! 違う!」

「あら、当たってました?」

「ええいっ! 高校生が大人をからかうな!」

「すんませーん。でも里桜りおさん、何故ですか?」

「なにが?」

「何故、その話を私にしたのですか?」

「いや、そっちが聞いたクセに!」

穂紫ほしさんが住んでる所を聞いたんですよ。でもほとんどが穂紫ほしさんのお人柄のお話でした。しかも嬉しそうだったし」

「もうそれはイイっての!」

「アハハッ」

「なんでだろう? ナナちゃんって話しやすいんだよ。ついつい余計に喋ってしまう。なんか親近感を感じるんだ」

「フフッ、それは嬉しいですよ。どんなトコロがですか?」

「そうだね…。例えば、趣味が同じだったりしたら、話しやすかったりするじゃない?

私とナナちゃんって、共通項があるのかな? なにか同じ物が好きとか?」

「さっ、さあどうでしょう?」

そうこう話をしていると、お店のドアにつけてあるベルがカランカランと鳴った。

柚海ゆずみが帰ってきた。

「ただいま戻りましたー」

里桜りお柚海ゆずみを見て言った。

「噂をすればなんとやらだね、お帰り」

「噂って何ですか?」

「何でもないよ、ねぇナナちゃん」

「えっ? えっと、はい」

柚海ゆずみは怪訝そうに瑠季るきをチラリと見たが、瑠季るきは視線を逸らした。

柚海ゆずみは両手に持っていた買い物袋を、カウンターの中にある机にドンっと置いた。

「さてと…」

柚海ゆずみは食材を冷蔵庫に入れようとしていたら、里桜りおが言った。

「ねぇ、ユズミン。ちょっとこっち向いてみて」

「えっ?」

里桜りおは背伸びをして、柚海ゆずみに顔を近づけた。そして顔をジーッと見ている。

「うーん…」

「なっ、なんですか?」

「コンシーラーが落ちてるね」

不思議に思った瑠季るきが、里桜りおに聞いた。

「コンシーラーって?」

「ユズミンってさ、二日に一回くらいは、目の下にクマができちゃうんだよね。寝不足が原因なんだろうけど。今日もあったから、今朝、私が塗ったんだよ。お客さんの印象を良くしたくてね」

「へぇ…」

里桜りお柚海ゆずみに言った。

「よし、塗りなおしてあげるよ。こっちおいで」

柚海ゆずみの右手をつかんで引っ張り、カウンターを出た。

そしてテーブル席に柚海ゆずみを座らせた。

「西臣さん、もういいですよ。お店は終わりだし、俺はもう帰るだけですから」

「あのね、ユズミン。そんな不健康そうな顔して外を歩かれたら、私が困るんだよ。

君はお店の宣伝マンも兼ねているんだから。帰りにスーパーに寄ったりするでしょう?」

「はぁ」

里桜りおはカウンターの下にある棚から化粧ポーチを取ってくると、柚海ゆずみの前に立った。

そしてポーチの中から、小さなパレットを取り出した。

「ユズミン、ちょっと上向いてね」

里桜りおは筆とパレットを持ち、中腰で柚海ゆずみの目の下にコンシーラーを塗りだした。

二人の顔の距離は、かなり近い。里桜りおは平然とコンシーラーを塗っているが、柚海ゆずみは恥ずかしそうにして、斜め上を見ていた。

筆であらかた塗り終えると、里桜りおは右手の薬指で、目の下に塗ったコンシーラーを馴染ませ始めた。気が付けば、里桜りおの左手は柚海ゆずみの右肩をつかんでいた。

里桜りおの顔は、さらに接近していく。すると…


バキッ!


何かが折れる音が聞こえた。

里桜りおは中腰を止めて背を伸ばし、音の原因を探す為に辺りを見渡した。

柚海ゆずみも辺りを見渡した。

しかし、瑠季るきだけは動きが無い。

里桜りおは店内を見ながら、柚海ゆずみに聞いた。

「ねぇ今、何かが折れた音しなかった?」

柚海ゆずみも店内を見ながら答えた。

「しましたね、何だろう?」

里桜りお瑠季るきにも聞いた。

「ねぇ、ナナちゃんも聞いたよね?」

「えっ? したかなぁ。分かんないでーす」

その後、閉店作業が終わり、柚海ゆずみ瑠季るきは帰った。

里桜りおは自宅である二階に上がろうとした時、店のスミに異物を発見した。

拾い上げると、真っ二つに折れたボールペンだった。


「なにこれ?」


里桜りおは頭をひねったが、答えは見つからなかった。




瑠季るきの日記☆


 今日は初日だった。緊張するかなと思ったけど、それどころじゃない。

失敗ばかりで、とても大変だった。

里桜りおさんは、とにかく優しい。すごい丁寧に教えてくれるし、失敗しても怒らない。

むしろ褒めてくれる。そしてフォローしてくれる。いい人だな。

柚海ゆずみさんは、すごい仕事ができる。『背中に目があるの?』 ってぐらい、いつもお店全体を見ているし、動きも完璧。何より愛想が良い。私達だけの時は普通だけど、お客さんが入ってきた瞬間にスイッチが入る。すごいな。私も笑顔で接客しているつもりだけど、柚海ゆずみさん程はできていない気がする。見習おう。

柚海ゆずみさんの笑顔はいいよね。昔は、私にそうやって笑ってくれていたな…。


予想通り、柚海ゆずみさんは借金があった。柚海ゆずみさんのお父さんが、借金をしていたっていう

噂は本当だったんだ。お姉さんが結婚して子供が産まれるって事を考えると、たぶん柚海ゆずみさんが一手に引き受けてるんじゃないかな? そうじゃないと、ホームレスに近い生活してまで、倹約しないだろうし。

柚海ゆずみさんがシオンで働いているまでは調べられたけど、住所まではたどり着けなかった。そっか、そういう事情だったんだ。

そんな睡眠をちゃんと取れない生活していたら、体壊しちゃうよ。

里桜りおさんが『お店で寝て良い』って言ってくれているんだから、そうすればいいのに。

でも…、それは嫌かな。


それにしても…それにしてもさ! あの二人なんなの?

ななななななっ…なんでコンシーラーなんか塗っちゃってるの?

あんなに顔を近づける必要なくない?

指で直接顔を触る必要なくない?

あんな事、しょっちゅうやってるの?

あーっ、もうムカつくっ!

ボールペン折っちゃったじゃない!


ふーっ、もういいや。まだまだ『Y・R・P』(ワイアールピー)は序盤だ。冷静に行こう。

とにかく、柚海ゆずみさんの不健康そうな理由は分かった。住居が問題なんだね。

そこを解決しよう。さて、どうしたものか。

今日はもう寝よう。おやすみ、柚海ゆずみさん。また明日…。

 それから三日後。時刻は十六時を過ぎた。

外は強めの雨。ティータイムが過ぎた上に雨も加わり、客足は途絶えた。

里桜りおは出かけており、店内は瑠季るき柚海ゆずみの二人きり。会話も無くしずかだった。

柚海ゆずみがカウンターの中で洗い物をしていると、窓際に立っていた瑠季るきが言った。

「おい」

柚海ゆずみ瑠季るきの方を見た瞬間、何か小さい物が柚海ゆずみに飛んできた。

柚海ゆずみは何もできず、それがおでこに直撃した。床に飛んできた物が落ちた。

「いてて…、危ないじゃないか!」

瑠季るきは嫌味な口調で言った。

「たいした運動神経だこと」

柚海ゆずみは足元に落ちた物を、右手で拾い上げて見た。

「これは…鍵?」

「そうだよ、鍵だ。駅前に白いマンションがあるだろう? そこの一室の鍵だ」

「これをどうしろと?」

「その部屋は私の物置きだ。ビッチリとダンボールが積み上げてある」

「荷物置き専用にマンション借りるのかよ。相変わらずスゲェな、お前の家。…で?」

「お前、毎日そこに通って換気をしろ」

「なんだよそれ? どういう意味だ?」

「意味? 言ったままだよ。換気しないと、この暑さと湿度で荷物が痛むんだよ。

部屋の掃除もしておけよ」

「お前---」

瑠季るきは右手でポケットからスマーフォンを取り出した。そしてヒラヒラと左右に振った。

「何か言った?」

「いっ、いや、何でもない。分かったよ。換気すればいいんだな」

「いい返事だ。一日二回しろよ。時間は好きにしたらいいが、十時間は間隔を空けろ」

「一日二回ぃ?」

「一回じゃあ効果がないだろう? 二回で不服なら、三回にしてやってもいいぞ」

「…分かったよ。二回だな、二回やればいいんだろ」

「そうそう、素直でいいな。よろしく」

柚海ゆずみはガックリ肩を落とした。そんな柚海ゆずみを見て、瑠季るきは思った。

「(そうだよ、あなたは今日からそのマンションに通うんだ。

一日二回も通っていられないよね? 十時間後に、また来るなんて面倒だよね?

だとすれば、そこに泊まるのが最善策だよね? 気付いてよね!)」

しばらくすると、柚海ゆずみの洗い物が終わった。

瑠季るきはカウンターの椅子に座り、柚海ゆずみと向かい合う形となった。

瑠季るきは言った。

「水」

柚海ゆずみは不満気にお冷をコップに注ぎ、瑠季るきの前に置いた。

「どーぞ」

「スマホを出せ」

「はっ?」

「スマートフォンを出せと言っている。今後は指示を出すのに必要だ。出せよ」

「…いやだ」

「はぁ? お前に選択肢なんて無いんだよ。さっさとしろ」

「無いんだよ」

「なんだって?」

「スマホ持ってないんだよ」

「本当は持っているんだろう? 嘘をつくな」

「嘘じゃない。お前に嘘ついてどうすんだよ」

「…理由は?」

「料金を払う余裕がないから」

瑠季るきはため息をついて呆れた。

「あのなぁ、大手のスマホだったら月額一万円なんてザラだが、格安メーカーだったら、千五百円程度だぞ。それぐらい知らないのか?」

「知ってるよ! 年間にしたら、一万八千円だぞ? 払えないんだよ!」

力いっぱいに言われて、瑠季るきは圧倒された。

「おっ、おう」

瑠季るきは腕を組んで言った。

「仕事が終わったら、駅前のケータイショップに行ってこいよ」

「なぜ?」

「スマホを契約するんだよ」

「誰が?」

「お前だよっ! 今日中に済ませてこいよ」

「契約してもいいけど、連絡をするのは三日ぐらい待ってほしい」

「どうしてだよ?」

「操作できるか自信が無い。勉強する時間をくれ」

「自信って…。何年ぐらいブランクがあるんだよ?」

「ブランクじゃない。スマホ初めてなんだ。

二年前にガラケー解約して以来、携帯は持っていない」

瑠季るきは右手で頭を抱え、カウンターのテーブルの上にふさぎ込んだ。

「まっ、マジか…」

 二人は駅前のケータイショップの店内にいた。待合のソファに二人並んで座っている。

周りに聞こえないように、小声でヒソヒソと話し始めた。

お互いに頭を寄せ合っているが、顔は合わせておらず、前を向いている。

柚海ゆずみ瑠季るきに聞いた。

「どうしてお前まで来るんだよ?」

「放っておいたら、どんな契約してくるか分かったもんじゃない。

ところで番号札は取った?」

「俺は子供かっ! しかし、どうしてだ?」

「何が?」

「なんでこのスマホ会社なんだよ? 格安スマホなら、他にもあるだろう?」

「どうでもいい質問。単に私が使っているスマホが、この会社なんだよ。それだけ」

柚海ゆずみは顔を瑠季るきに向け、ジーッと見た。

「何だよ、気持ち悪いな」

二人は再び、前を向いて話し始めた。

「お前、格安スマホなの?」

「悪いのかよ?」

「格安スマホは安いけど、大手に比べたら制限があるだろう? いいのか?」

「友達や親とメッセージが出来たら、それでいいんだよ。

他には地図を見たり、ネットで買い物するぐらいだから、大手なんて必要ない」

「高校生なのに、スマホに興味ないのか?」

「ないね。友達にも朝から晩まで触っている子いるけど、ああはなりたくないって思う。部屋の掃除でもしていたほうが、よっぽど有意義だっつーの」

「そうだ、お前ってそうだったよな。そういうトコロ、良いよな」

瑠季るきは驚いて、柚海ゆずみの方を見た。

柚海ゆずみの横顔を見ながら、瑠季るきは思った。


「(えっ…? 今、『良い』って言った?)」


次の瞬間、店員の言葉でカウンター席に呼ばれた。


「二十五番札をお持ちの方、こちらへど~ぞ~!」


柚海ゆずみはスマートフォンの契約を進めていった。細かなやり取りは瑠季るきが行い、重要な事項の返事・書類の記入は柚海ゆずみが行う。契約の話も終盤に差し掛かり、店員の女性が言った。

「…以上となります。これでお客様は、月額千四百八十円のプランを、今からお使い頂けます。ところで…」

店員は、瑠季るきを見て言った。

「こちらの女性は、お客様の恋人さんですか?」

瑠季るきは、上ずった声で言った。

「わ、わわわ、私が恋人? 私? それ、私の事ですか?」

「はぁ、違いました?」

大慌ての瑠季るきと違い、柚海ゆずみは冷静に店員に聞いた。

「どうしてですか?」

「はい、弊社のユーザーさん同士で連絡をする場合、通話料が無料になったり・パケットが減らないっていうプランがあるんです。登録して頂く必要があるのですが、お二人限定で適用されます。いかがされますか?」

柚海ゆずみは、チラリと瑠季るきを見た。それを見た瑠季るきは、少し緊張した声で店員に言った。

「はっ、はい。そのプランを申し込みます」

「かしこまりました」

店員は、二人の前に書類を出した。

「では、『LOVEラブ定額』にお申込みという事で。

お二人共、この書類にご記入ください」

「(らっ、ラブ定額~? なんてプラン名してんのよっ!)」

瑠季るきはラブ定額の書類を赤面しながら記入した。記入を終えると柚海ゆずみに手渡した。

柚海ゆずみも記入を終え、書類を店員に返した。

「はい、ではラブ定額のお申込み、ありがとうございます。

こちらはラブ定額の粗品でございます」

店員は、ストラップを柚海ゆずみに手渡した。

二人が去ろうとすると、店員は笑顔で手を振りながら言った。

「今後もラブ定額をご活用ください~」

瑠季るきは内心で思った。

「(何回『ラブ定額』を連呼すんのよっ!)」


二人は店を出て、駅の改札前に来た。時刻は二十一時近くで真っ暗だ。

柚海ゆずみは先程のストラップを紙袋から取り出し、瑠季るきに見せた。ストラップが二本入っており、それぞれに割れたハートが付いている。二つをくっつけて並べると、一つのハートになるという品だ。

「どうする? 要るか?」

瑠季るきは恥ずかしそうな顔で、顔を逸らした。

「いっ、要らない! そんな物!」

「だよな」

柚海ゆずみは、ストラップを紙袋の中にポトリと落として入れた。

それを見た瑠季るきは思った。

「(あっ…)」

瑠季るきはその紙袋を、物欲し気に見つめていた。

そんな事に気付かない柚海ゆずみは言った。

「じゃあ行こうか」

「何処へ?」

「お前のマンションだよ」

「はぁ? どうして? 何考えてんの?」

「何って、こんな夜更けだぞ? 送らないと危ないだろ?」

瑠季るきは体をピクリとさせた後、右手で柚海ゆずみを指差して言った。

「お前に心配される必要はないっ! さっさと帰れっ!」

瑠季るきは怒鳴り終えると、クルリと背を向けて歩いて行った。




瑠季るきの日記☆


 『マンションンの荷物番』という名目で、柚海ゆずみさんの住居は確保できた。ファーストフード店で座ったまま寝るなんて、させてられないよ。これで健康状態はマシになるよね。でも、食事が気になる。二年前に比べると、かなり痩せてるよ。

ちゃんと食べているのかな? 心配だ。


しかしまぁ、スマホを持っていないどころか、初めてというのは驚いたな。二年前にガラケーを解約したとか言ってたっけ? 二年前に解約って事は、会社を辞めた時に解約したのかな。それってつまり、私を『殴って』、街を出て行ったタイミングで…。

そういえばお店で、柚海ゆずみさんは『そういうトコロ、良いよな』って言ってくれた。

昔も、同じような事言われたな。中学生の頃だっけ?

「スマホに興味ないのか?」

…って聞かれて、

「無いよ~」

…って返事したら、褒められた記憶がある。

ある日、たまたま部屋で掃除機をかけていたら、その姿を見て

瑠季るきは有意義な時間の使い方をしているな」

…って褒められた。数年前の、他愛のない会話。覚えていてくれたのかな?

それ以来、何故か掃除していると楽しく感じるんだよね。


それにしても…それにしてもさ! あの店員何なの?

ななななななっ…なんで私に『彼女ですか?』なんて聞くの?

リアクションに困るんだよ! 嬉しがっているのバレたらどうしてくれるのよ!

『ラブ定額』なんていう恥ずかしいプラン名を、何回も言うなっ!

あの店員、絶対楽しんでたよ!

あーっ、もうムカつくっ!

…でも、でもさ。あのラブ定額の書類を二人で書いた時は、ちょっとドキドキしたな。

だって、男女二人で共同で書く書類って、婚姻届ぐらいしか思い浮かばないよ。

たった二~三分の事だったけど、嬉しかった。

あの瞬間だけ、私達はカップルだったよね。

あのストラップ、柚海ゆずみさんはどうするんだろ? 捨てちゃうのかな?

何か適当な事を言って、取り上げたらよかった。お揃いにできるストラップ…。


帰り際、まさか送っていくなんて言うとは思わなかった。今の私とはヒドイ関係なのに、送ろうとするんだね。柚海ゆずみさんらしいよ。

でも、それは嫌だった。柚海ゆずみさんと夜道を歩いたりしたら、思い出しちゃうからさ。

昔のイヤな思い出を…。


さて、明日からは忙しぞ。柚海ゆずみさんにスマホの使い方を教えないとね。スマホを買った事は、里桜りおさん内緒にしなくていいと言っておいた。

人前で使えないんじゃあ、私が困るからね。

スマホの支払いで月々の負担は増すけど、住居はタダになったんだから、大丈夫だよね?

それに食生活のチェック。絶対栄養が足りてないよ。どんな食生活をしているのかな?

それを調べて、対策を考えよう。

さっ、もう寝ようかな。おやすみ、柚海ゆずみさん。

明日は一緒に、スマホの勉強しようね。

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