3、招かれざる瑠季
四人用のテーブルに、里桜・柚海が隣り合って座り、瑠季が里桜の前に座っていた。
里桜は瑠季にアイスティーを勧めた。
「來々乃さん、それ遠慮しないで飲んでね」
瑠季は満面の笑みで答えた。
「はーい、いただきまーす」
ストローでアイスティーを飲む瑠季を見て、里桜は言った。
「可愛い! 可愛すぎる!
こんな逸材がウチで働いてくれたら、絶対に客足が伸びるよ!」
瑠季は右手で口を軽くおおいながら言った。
「アハハ! 逸材だなんて、言い過ぎですよぉ~」
「いや、マジだって! ユズミンもそう思うよね?」
「そ、そうですかね?」
「あれ? どうしたの? 硬くなって。可愛い女子高生の前で緊張してるの?」
瑠季は笑顔で言った。
「えーっ、そうなんですか? 光栄だなぁ」
柚海は心中で思った。
「(白々しい…。何を考えているんだ?)」
一つ、柚海が気になる事があった。里桜が『ユズミン』と言った瞬間、瑠季の肩がピクリと動いた気がする。気のせいだろうかと思った。
それはともかく、柚海は里桜に聞いた。
「あの、西臣さん。アルバイトの面接でしょう? 俺、要りますかね?」
「要るでしょう? ユズミンは唯一の従業員だし、採用したら後輩になる訳だからさ」
「…はあ」
里桜は面接を進めた。
「じゃあ來々乃さん、履歴書を見せてくれるかな?」
瑠季は両手で、里桜に履歴書を手渡した。
「はい」
里桜は受け取った履歴書を見始めたが、柚海は虚ろな目で正面の空席を見つめていた。
「え~っと、期間は来年の三月末までだね。高校卒業までって事でいいのかな?」
「はい、そうです」
里桜はさらに履歴書を見る。少し驚いた感じで言った。
「やっぱり! 制服を見た時から、そうじゃないかと思ってたんだ。この街にある秀優高校だね。海東大学合格者を、一番排出している高校。勉強できるんだー」
「エヘッ、ありがとうございます」
里桜中退した大学だが、あえて言わなかった。
里桜は履歴書をじっくり見て言った。
「あれ? 秀優高校には、今年の五月に編入してきたんだ。
その前の、大笠府の高校も進学校なのかな?」
「いいえ、そっちは偏差値で言ったら『中の下』ですかね」
「そこから秀優高校に編入できたって事は、めちゃくちゃ勉強したんだね。
じゃあ、家族でこの辺りに引っ越してきたの?」
「いえ、親に部屋を借りてもらって一人暮らしです」
「そうなんだ。なんかすごいね、來々乃さんって。すごい努力家だ」
「うーん、どうなんでしょうね? 『目標』の為なら、気合入っちゃうんですよねー、気合が。『何でもやってやる!』って気になります」
瑠季の言葉を聞いて、少し柚海に緊張が走った。
「(目標…? 何でもやる…?)」
もちろん、里桜は分かっていない。
「そうだよね、海東に入る為なら気合が入るよね。で、勤務時間の事なんだけどさ、平日の十五~十九時くらい勤務してほしいんだ。十八時まで普通に仕事してもらって、十八~十九時は閉店業務をお願いしたいんだよね」
「分かりました」
「土日って、どうなのかな?」
「フルタイムで大丈夫ですよ」
「えっ? 良いの? もちろん、試験前は考慮するから安心してね」
「関係無いですよ、出れますよ」
「いや…こっちは有難いけど、來々乃さんの成績に響くでしょ?」
「大丈夫ですよ。試験前にわざわざ勉強してるようじゃあ、最初からダメです。エヘッ」
「おおーっ、余裕の発言! ビジュアルが最高で神経も強い!
じゃあさ、來々乃さんてスポーツするの? 何か部活入ってる?」
「私、運動は苦手なんですぅ。鉛筆より重い物持ったことなくて」
「おおーっ、ちゃんと苦手な事もある! それがまた可愛い!」
盛り上がっている二人を他所に、柚海は心中で不安を感じていた。
「(この喋り方…不気味だ)」
先程まで興奮気味な里桜だったが、一息つくと冷静に言った。
「じゃあ來々乃さん、ウチとしてはあなたを採用したいんだけど、どうかな?」
「うわぁ、ありがとうございます! 嬉しいです!」
柚海は慌てて里桜に言った。
「ちょっと待ってください!」
「えっ?、ユズミンどうしたの?」
「また日を改めて検討しませんか?」
「検討って…? 何かナナちゃんに不満でもあるの?」
瑠季は両手で口を覆い、笑いながら言った。
「アハハッ! 私、『ナナちゃん』になってる。嬉しいですぅ~」
里桜は瑠季に言った。
「あら、気に入ってくれた? 『なっぽん』でもいいよね? どっちにする?」
「なっ、なっぽん…。凄いネーミングセンス! じゃあ『ナナちゃん』でお願いしますぅ」
あだ名の事で瑠季と盛り上がっている里桜に、柚海は言った。
「他にも応募されている方いません? その面接を終わらせてからでも遅くないですよ」
「いないよ、ナナちゃんだけだよ。こんな場末の喫茶店に、ガンガン応募なんて無いよ」
「あっ、そうですか…」
「ルックスが最高・愛嬌がある・勉強ができる・たくさん出勤してくれる。性格もいい。これ以上の逸材はいないよ。絶対採用だよ!」
瑠季は右手で頭を撫でながら言った。
「いやぁ、そんなに褒められると照れちゃいますぅ」
柚海は内心で思った。
「(性格いい…か)」
里桜が柚海に言った。
「そんなに心配ならさ、ユズミンも質問すればいいじゃん」
「はーい、何でも聞いてくださいね」
柚海は瑠季を見た。この面接が始まって、初めて二人は視線を合わせた。
「えっと…、來々乃さんでしたっけ?」
「はい、來々乃瑠季です。ナナって呼んでくださいね。ルキでもオッケーですよ」
瑠季の言葉を無視して、柚海は言った。
「來々乃さん、あなた沢山出勤されるおつもりですよね?」
「はい! 頑張ります!」
「何故ですか?」
「何故って?」
「何か欲しい物でもあるのですか? 目的を聞いてみたいです」
「…」
今まで笑顔全開で話していた瑠季が、急に無表情になり視線を下げた。
「治療費が必要なんです」
態度が一変した瑠季を見て、驚いた里桜が心配そうに言った。
「どこか悪いの?」
「古傷が痛むんですよね。特に雨の降る日は湿気が強いせいか、普段よりキリキリと痛むんです。夜も眠れないくらいで。お金を貯めて、良いお医者さんにかかりたいんです」
柚海は思った。
「(今からここで、昔話を全てブチまけるつもりか?)」
ところが、瑠季は笑顔に戻って言った。
「実家の猫の事です。もうデブすぎて、足を痛めちゃって。
雨の日なんか、涙目でミャアミャア泣くんですよぉ~」
柚海は小さくため息をついてホッとした。
里桜は上機嫌で言った。
「アハハッ! ナナちゃんは冗談もいける! これで良いメンバーが揃ったね。私とユズミンでも客足は伸びてたけど、ここにナナちゃんが加われば、さらに繁盛するよ。ナナちゃん人気で、男性客は絶対に増える!」
「いや、それは西臣さんだけで十分じゃないですか? 俺がオーダーとったり、コーヒー持っていったりしたら、ガッカリしている男性客って多いですよ」
「それはユズミンもでしょう? この辺りの女性陣から大人気じゃん」
瑠季は言った。
「へぇ~、そうなんですね」
里桜が答える。
「そうなんだよ、ナナちゃん。ユズミンは女性客に人気あるんだ。スタイル良いし、礼儀正しいし、笑顔が評判いいし。その上、料理の腕はプロ級だし。ルックスはイケメン芸能人が百点としたら、ユズミンは九十点ぐらいはあるから」
「あのー、そういうの勘弁してほしいんですけど」
「アハハ、いいじゃん。現に人気あるんだからさ」
その時である。どこからともなく、かすかな声が聞こえた。
《九十八…》
里桜は瑠季の方を見て言った。
「あれ? 今何か聞こえなかった? ナナちゃん、何か言った?」
瑠季はキョトンとして、右手を振った。
「えっ? 私は何も言ってませんよ」
「そっか、気のせいか。まあいいや。じゃあ、さっそく明日からよろしくね」
「はい、店長さん」
「里桜でいいよ」
瑠季はニコリと笑って、里桜の目を見て言った。
「はい、里桜さん。明日からよろしくお願いします」
瑠季は次に、柚海を見た。
「えーっと、穂紫さんでしたっけ?」
「あっ…ああ」
「穂紫さん、明日からよろしくお願いします。エヘッ」
柚海にも瑠季は笑顔で挨拶した。
だが柚海には、その笑顔が不気味に感じて仕方なかった。
☆瑠季の日記☆
今日は喫茶店、『シオン』の面接に行ってきた。ひどい雨だった。私はテーブル席に座り、ずっとガラス窓を眺めた。外の雨を見ていた訳じゃない。柚海さん…、ガラス窓に写る柚海さんを見ていた。何年振りだろう? 二年以上は経っているよね。元気そうに見えたけど、少し痩せたかな。今も苦労しているのかな。私の横に立ったけど、なかなか振り向けなかったよ。涙が目いっぱいに溢れてたからさ。
久しぶりに見た柚海さんの目。私に対する視線は厳しかったな。仕方ないんだけど。
柚海さんの右手が私の頬に触れた時には、すっごいドキドキしたな。
それにしても…それにしてもさ! あの里桜さんって何なの?
ななななななっ…なんで柚海さんをアダ名で呼んじゃってるの?
「ユズミン」だって!
あーっ、もうムカつくっ!
あの二人、この二年間、ずっと今まで二人っきりで仕事してたのかぁ?
まさか付き合ってないよね?
あと、柚海さんのルックスの点数。九十? いやいや、九十八…いや、百点だよっ!
里桜さんとは上手くやっていけそうかな? 良い人そうだから、私も好きになれそう。
ただ、恐るべきはネーミングセンス!
私のアダ名が危うく『なっぽん』になるトコロだった。
今日はこんなトコかな。まだ作戦名『YRP(ワイアールピ―)』は始まったばかりなんだ。あまり考え過ぎないようにしよう。
まずは、柚海さんの健康状態だ。
前よりも痩せているし、顔色も良くない気がする。その原因を突き止めなくっちゃね。
今日はもう寝よう。
おやすみ、柚海さん。
また明日会えるの、嬉しいな…。




