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2/17

1、2年目のお祝い

  二〇一九年七月。あれから二年が経ち、穂紫ほし柚海ゆずみは二十八歳になっていた。

以前住んでいた大笠府おおかさふから、新幹線で三時間程度の距離にある福丘県に住んでいた。


ここは喫茶店『シオン』。商店街の近くにある、小さな店。カウンター席が六席と、四人用のテーブル席が二個。テーブル席の後ろはガラス張りで、外から中の様子がよく見える。


七月下旬のある日。時刻は十八時を過ぎようとしていた。

この店の周辺は、住宅地が多い。

その辺りの人々を相手に商売をしているので、十八時を過ぎると閉店する。

エプロン姿をした女性が言った。


「ユズミン、もう十八時過ぎたよ。シャッター閉めてきて」


声の主は「西臣にしおみ 里桜りお」二十六歳。この店の経営者だ。

身長百六十五センチの、細身の女性。髪型は、肩上で揃えたボブカット。明るめのブラウンでカラーリングしている。おしゃれ好きな彼女は、飲食店で働いているといっても遠慮はしない。メイクはチークやグロスまでバッチリしている。

服装は白いカッターシャツに黒色のパンツ。エプロンは、まぶしいくらいのピンク色だ。大手のチェーン系のカフェが緑や茶色のエプロンをしてるので、真逆の色にしたのだとか。里桜りおにシャッターを閉めるように言われた柚海ゆずみは、「はい」と返事をした。

柚海ゆずみの服装は、里桜りおの服装に準じている。特に指示はされていないが、自主的にそうしている。ただエプロンだけは、経営者である里桜りおからの支給品だ。同じくピンク色。


柚海ゆずみは玄関のシャッターを半分下ろして、店内に戻って来た。

その姿を見た里桜りおは言った。

「ユズミン、今日これから時間ある?」

「えっ? はい、大丈夫です」

「そう。じゃあ後片づけ終わったら、少し話をしようよ」

二人で店内の掃除・洗い物・売り上げの計算等を行い、閉店業務を終えた。二人ともつけていたエプロンを外した。柚海ゆずみはカウンター席に座り、里桜りおはカウンターの中に入った。

柚海ゆずみは聞いた。

「店長、お話というのは?」

「はい、どうぞ」

里桜りおはそう言うと、ショートのチーズケーキとアイスティーを、カウンター越しに柚海ゆずみの前に置いた。

「えっ、これは?」

「気付いてた? 今日で丁度、ユズミンがウチで働きだして二年目なんだよ。

だからプチお祝いね」

柚海ゆずみは顔がほころんだ。

「ありがとうございます! 嬉しいです」

柚海ゆずみに目を見て感謝を言われ、里桜りおは少し照れた。

「お礼はいいから食べてよ。ケーキ好きでしょう? ユズミン。特にチーズケーキが」

「はい、いただきます」

柚海ゆずみはケーキを端から丁寧に食べ始めた。

「ところで店長、俺はいつから『ユズミン』になったんですかね?」

「今日からだよ、二周年記念でね」

「二周年関係あります? 確か最初は『穂紫ほしさん』でしたよ。それが段々と変わっていきますね。『穂紫ほしさん → 穂紫ほしくん』 …で、今日から『ユズミン』ですか?」

「嫌だったら、『ユズぴょん』にしようか?」

「…あ、ユズミンでお願いします。ネーミングセンスがすごい…」

「アハハ! じゃあ『ユズミン』で。ところでユズミン、煙草吸っていい?」

「もちろんですよ、店長のお店なんですから」

「そう? じゃ遠慮なく」

里桜りおは後ろの食器棚にもたれて、柚海ゆずみと距離を空けた。煙は横に吐いた。

「ユズミンって、煙草吸う女って嫌なの?」

「全然そんな事はありません。煙草も酒も、マナーを守ってくれたら…法律とマナーを守ってくれたら、気になりません」

「法律って? 私、二十六だよ」

「あっ、そうですね。問題ないですよね。『法令順守』でいきましょう」

里桜りおは少し困った感じで笑った。

「フフッ、なに言ってんだか」

里桜りおは煙草の灰を、灰皿にトントンと捨てながら言った。

「ユズミン」

「なんでしょう?」

「ユズミンがこの街に来た理由って何なの?」

柚海ゆずみは一瞬黙り込んだ後、言った。

「…知りたいですか?」

「そう、やっぱり何か事情があるんだね。プライベートでも、私達は仲良いと思うんの。でも、昔話は極力したがらないよね? このお店で働いてくれて二年が経つじゃない? 良い機会かなと思ってさ、聞いてみたんだ」

このプライベートに踏み込んだ質問。

柚海ゆずみは答えないか、躊躇しながらボソボソと話すだろうと、里桜りおは予想していた。

だが、柚海ゆずみの答えは予想外だった。ごく普通の口調で、サラリと言った。

「女を殴ったんです」

「は?」

「未成年の女を…女子高生を、握り拳で思い切り殴ったんです」

「ほぉ」

「それで地元に居づらくなって、街を出たんです」

里桜りおはキョトンと驚いた後、大声で笑った。

「アハハッ! 面白~い。真面目なユズミンから想像できないって! そんなの!」

里桜りお柚海ゆずみが笑いながら否定してくると思っていたのだが、柚海ゆずみの表情は変わらない。

「…マジなんだ」

「本当です」

里桜りおは煙草を灰皿に押し付けて消した。

「それって、何か事情があったんでしょ?」

「ないです。単に俺の人間性が最低なだけです」

「そっかー、事情があったんだね」

「いや、事情なんかありませんってば! あれば許されるって事でもないですし」

「私さ、分かるんだよね、本当の事を言っているかどうか。仕事柄、人を見る目が鍛えられてるからさ。ごめんね、言いたくない事を詮索しちゃったかな?」

「いえ、いいんです。気にしないでください。でも分からないですね」

「何が?」

「『人を見る目が鍛えられる』ってトコです。この仕事は事務職とかよりは人と接する機会が多いですけど、鍛えられるまでいきます? 俺、二年間ここで働いていますけど、さほど鍛えられた感じありませんよ」

「あっ、喫茶店じゃないよ。私の前職がね、人とガッチリ向き合う仕事だったからさ」

「前職って…大学生でしょ? 卒業して、このお店を開いたんですよね?

ご両親に融資してもらって」

「大学とお店の間に一個挟まってるんだよね、別の経歴が」

「へえ、なんです?」

「キャバクラ。在学中も含めたら、四年間働いてたんだ。

これでも四年間、一度もベスト三から落ちなかったんだよ。へへへ」

「驚きました。意外ですね」

「ユズミンって、水商売で働く女って嫌なの?」

「いやじゃありません」

「法律を守ってたら? 『法令順守』で?」

里桜りおにそう言われ、柚海ゆずみはクスリと笑った。

「そうですよ、ちゃんと法律にのっとったお店で働いていらしたんでしょう?

じゃあ良いじゃないですか」

「フフッ、ありがとう。『タバコ』も『キャバクラ』もオッケーなんだね。ユズミンなら、そう言ってくれるんじゃないかって思ってたよ」

「大学を卒業してからも、その仕事をしていたのですか?」

「あっ、大学は二回生の途中で辞めちゃった」

「え? 店長の行ってた大学って、日本で最難関の『海東かいとう大学』でしょう?」

「そうだよ」

「理由、聞いていいですか?」

「子供の時から、起業っていうか、『一国一城の主!』みたいなのに憧れてたの。

可愛がってくれていた叔母が、こんな小さい喫茶店を昔やっててね。よく遊びに行ってたよ。だから、『起業するなら喫茶店だなっ!』って決めてたんだ。もう親に行かされているような大学に通う時間がもったいないって感じはじめてさ、やめちゃった」

「じゃあ、開業資金の為に?」

「そう、四年ほどみっちり働いて貯めてさ。このお店、賃貸と思ってるでしょう? 土地ごと私の物なんだよ。不動産屋に『一括で払う』って言ったら、目を丸くしてたけどね」

「いっ、一括!」

「アハハ! そうそう、そんな顔。親には内緒だけどね。大学を中退して、喫茶店の雇われ店長をしている事にしておいた。もう勘当されたからいいんだけどね」

里桜りおは新しい煙草を手に取り、吸い始めた。

「まあ、そんな訳だよ。キャバクラで何百人、のべにしたら何千人ものお客さんと接してきたからね。人を見る目は鍛えられたよ。だからユズミンは、絶対に女を殴ったりしないって」

「なぜですか?」

「なぜって?」

「なぜ、その話を俺にしようと思ったのですか?」

「私と一緒だな、似ているなって思ったの。だから話してみようかなって思ってさ」

「似てますか?」

「ユズミンも、何か事情があって逃げ出してきたんでしょう? 私もそうなの。

私の両親は、私を官僚か何かにしたがっててさ。結婚や出産の時期まで青写真ができてたんだよ。日常生活も、何から何まで管理された状態。ペットと変わらない気がして、気持ち悪くかった。高校の終わりくらいから、吐き気の無い日なんてなかったよ。

過食や嘔吐を繰り返した時期もあってね。とにかく、親の支配から逃げ出したかったの」

「ブルドーザーみたいな人ですね、店長って」

「ブッ、ブルド…? なにそれ? どういう意味?」

「目的地まで最短距離で、力押しで行くって事ですよ。

『その為なら何でもやってやるっ!』っていう、力強いエネルギーを持ってるんですね。

俺の場合はオロオロしていたら、この街に流れ着いたって感じですから。

尊敬します。俺とは違いますよ」

「違うかな? 私も逃げ出したんだよ。逃亡者だよ」

「違いますよ。俺は居づらくなって、逃げたんです。店長は逃げ出した後、新しい事を初めてみたかった。自分を試してみたかったんですよね?

店長は逃亡者ではありません。挑戦者です。羨ましいです」

「フフッ、ありがとう。ユズミンに話してよかったよ」

里桜りおは二本目の煙草を、灰皿に押し付けて消した。

「ユズミンもさ、いつか自分の事を聞かせてね」

「そうですね、またいずれ。店長なら話せそうです」

「あのさ、その店長ってやめてくれない?」

「えっ、でも店長でしょう? 二年間、そうお呼びしてるのに。じゃあ社長にします?」

「社長ぉ? なんか年取った気がするんだけど。名前で呼んでよ」

「はい、じゃあ西臣にしおみさん」

「いやいや名字じゃなくて! 下の名前だって」

「りっ、りっ、里桜りおさ---」

「アハハ、変な緊張感があって可愛いね」

「すいません、名字で勘弁してください。女性を名前で呼ぶのはハードルが高いです」

「しょうがないな、勘弁してやるか」

「ありがとうございます」

「ユズミン」

「はい?」

「お互い、頑張ろうね。いろいろとさ」

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