14、天使に導かれて
二〇二〇年四月。瑠季がシオンを退職し、一ヶ月が過ぎた。
ここは東北地方の青杜県。ここは無縁仏が集まる墓地で、柚海の姿があった。ジャンバーとジーンズという恰好だ。四月といえども、まだこの辺りは寒い。今は昼間だが、白い息がでる。
柚海の父親は、数年前に亡くなっていた。
柚海は、父親の墓の前に立った。そしてお墓に水をかけて雑巾で拭き、花を手向け、線香を焚く。合掌を済ませると、早々に立ち去った。
父親は泥酔状態で、電車に轢かれたらしい。自殺か事故かは分からない。柚海達は、遺骨の引き取りを拒否した。父親の親族も拒否した為、この墓地に納骨された。
だれも父親の墓参りをしないのだが、柚海だけが行っていた。他の親族には内緒である。
柚海が墓地を出ようとすると、自分を見ている人影に気が付いた。
「柚海君」
そう声を掛けれられ、相手の顔を見た。すると、柚海は嬉しくなって顔がほころんだ。
「あっ! 久し振りですね。あれ? なぜ僕がここにいるって分かったんですか?」
「…え~っと、内緒だよ」
「ふーん」
「スマホはどうしたの? アドレス変えちゃった? 通じないからさ」
「ああ、解約したんです。今は無し。特に不便もないですしね」
「アハハ、柚海君らしいね。あのさ、今、少し話せる?」
「もちろん、いいですよ」
西臣里桜が、柚海の前に現れた。
二人は墓地の隅にあるベンチへ座った。
里桜は寒そうに、灰色のハーフコートを羽織っていた。下は黒色のニットスカート。
「里桜さん、ありがとう。こんな遠くまで来てくれて、嬉しいです」
「ううん、いいんだよ。あれはお父さんのお墓? 柚海君って、お父さんに怒ったりはしていないんだね。墓参りに来てるぐらいだし」
「いいえ。怒ってるし、恨んでいますよ。絶対に許しませんよ、こんな奴」
「えっ、じゃあどうして墓参り?」
「他に誰もしないだろうから、仕方なくです。あと、『人は死んだら仏様』なんて言うでしょ? これはこれ、それはそれです。この人のお墓をほったらかしだと、
気になっちゃいますしね」
「フフッ、そっか。柚海君らしいね。ところでさっき、私は嬉しかったんだよ」
「えっ? なんでしょう?」
「さっき私を見つけた瞬間、笑ってくれたでしょう?
ここに来るまで、『嫌われてたらどうしよう』って思ってたからさ、嬉しかった」
「嫌うだなんて…。俺が里桜さんを嫌うなんて事は、絶対に無いですよ」
「ありがとう、私もだよ。今、柚海君はどうしているの?」
「大笠府に戻って、大きな会社の社員寮に就職しました。掃除したり、敷地内の整備したりね。あと寮内の食堂で食事を作ってます。これがメインかな。
給料は普通より少し下だけど、住み込みだから住宅費・光熱費が格安なんですよね。食事もでるし、待遇はいいんです。上手くやってます」
「そうなんだ、良かったね。そういう人の世話を焼く仕事は向いていると思うよ」
「そうなのかな。確かに楽しいと思える時もあるから、向いているのかもしれません。
里桜さんはどう? お店は?」
「うん、順調だよ。二人の抜けた後は大変だったけどね。新しい人にも入ってもらって、上手くやっているよ」
「そう、安心しました」
「一つ聞いていい?」
「なんですか?」
「借金の返済は順調?」
「順調って…? もう返し終わってます。僕が鞠子さんからお金をもらうトコロ、見てたでしょう? あれで完済しましたよ。大丈夫」
「あのさ、商店街の山玉餡って覚えてる?」
「えっ、急になんです? うん、覚えてます。何度も言った事あるし。美味しいですよね。子供もたくさん集まるし、好きなお店だったんです」
「あのお店さ、潰れかけてたんだよ。商店街の共済金も申請したんだけど、原資が底をついていたから、お金も借りれなくてさ」
「そうなんだ」
「それがね、急に共済金から借りられる事になって。どうしてだと思う?」
「さあ」
「共済金の口座に、匿名の振り込みがあったんだよ。しかも五百万円。他にも苦しかった畳屋さんも借りられるようになってさ。おかげで経営が持ち直したらしいよ」
「そうなんだ、よかったですね」
「あのさ、どうしてなの?」
「えっ、なにがでしょう?」
「どうしてそんな生き方しかできないの? 君のした事は良い事だよ。素晴らしいよ。
おかげで行き場が無くなりかけていた子供達が、これからも楽しく放課後を過ごせるんだから。でもね、それは生活に余裕のある人がすべきだよ。ハッキリ言って、今の柚海君に寄付をする資格は無い。まず、そこを分からないとダメだよ」
「いや、その匿名の振り込みは俺じゃないですよ」
「もう諦めたら? 嘘をつき続けられる性格してないんだから」
「…変わらないですね、里桜さん。俺の心配ばかりして。嬉しいです、ありがとう」
「お礼なんて言わなくていいから! ちゃんとしてよね!」
「例えばね、『アフリカの食糧難の子供たちへ寄付を!』とかだったら寄付してません。気の毒にはと思いますけど、そんな遠い世界の人達にまで想いを馳せていたら、キリがありませんからね。そこまで善人じゃないですよ。でも、あの商店街の人達には思い入れがありますし、山玉餡に集まる子供達も好きですからね」
「でもそれじゃあ、鞠子さんの気持ちが無駄になるよ」
「そうかな? 鞠子さんが僕の幸せを願ってくれる気持ちが少しでもあるなら、あのお金は寄付しても大丈夫だと思います。山玉餡の子供達が救われたら、俺は幸せだから」
「フーッ、まったく…。変わらないね。本当に固いんだから、柚海君は」
しばらく二人は沈黙したあと、里桜は言った。
「あのさ、柚海君。ナナちゃんの話をしていい?」
「ナナちゃんって…? ああ、來々乃さんですね」
「もういいって。『瑠季』って呼んでたんでしょ? 二人の事はだいたい聞いてるから」
「そうなんだ」
「あっ、でもね、ナナちゃんが柚海君の事について言った事は話さないからね。私を信頼して話してくれたんだから。女子トークは内緒だよ」
「アハハ、分かりました。聞きません」
「私さ、よく思い出すんだよね。ナナちゃんと柚海君の事を。ナナちゃんって、本当に不思議な子だったよ。嵐のように現れて、去っていったからね。一番驚いたのは、あのエネルギーだね。凄かったよ」
「エネルギー?」
「そうだよ。だってさ、ウチの店でアルバイトする為に引っ越しして、一人暮らしを始めたんだよ。高校も編入する為に猛勉強してさ。私も受験の経験があるから分かるけど、ナナちゃんが元にいた高校から秀優高校へ編入しようとしたら、並大抵の努力じゃあ絶対無理。『寝ないで勉強する』なんてレベルじゃない。奇跡に近い努力が必要だよ。それをやり遂げるんだから」
「そうなんだ。俺は受験とかに疎いから、分かりませんでした」
「あと、あの子がアルバイトの経験が無いのは、初日の五分で分かったよ。本物のお嬢様なんだね。例えるなら、『家ではお箸より重いものを持った事がないお嬢様』。
最初の数日は、本当に苦戦してた。でも、努力が凄かったんだ。メニュー持ち帰って覚えたり、休憩時間や閉店してから練習したりして。まるで柚海君。柚海君そのものだよ、ナナちゃんは」
「そうですか? でも、努力しているのは知っていました。隠そうとしていましたけど」
「私達大人を相手に、必死に立ち回ってさ。大変だったと思うよ。でも、ナナちゃんの最終目標がなんだったのかは、分からない。私と柚海君をくっつけようとしたのか、鞠子さんとなのか。でも、結果的にナナちゃんのせいでこじれた部分もあるんだよ。だから分からないんだ。まして、自分が柚海君と結ばれようともしていない。分からないね」
「それは俺も思います。難しいですね」
「でも、柚海君と関わりたかったのは間違いないよ。方法の良い・悪いはともかく、柚海君の力になりたかったんじゃないかな」
「確かに瑠季が来てから、なにかが少しづつ変わっていった気がします。鞠子さんの件も、あの場で会わずにいたら、ずっとモヤモヤがお互いに残っていたと思いますから」
「ナナちゃんは、柚海くんを幸せに導いてくれたんだよ。それは『人生の哲学を説く』みたいな小難しい事じゃない。登山の看板のようなモノかな? 『こっちは崖で危険!』みたいなね」
「そうですね、瑠季は賢いから」
「私さ、柚海君が出て行ってから、ずっと考えていたの。なんとかやり直せないかなって。鞠子さんと張り合うってなった時はさ、勝てる自信はないけど、負ける気も全然無いから。柚海君を好きな気持ちで、一歩も引く気はないよ。…でもナナちゃんはね」
「瑠季だと…どうなんですか?」
「あの子の真似はできないよ。二年近く死ぬほど勉強してさ。慣れないアルバイトと一人暮らしで苦労して。大人達と立ち回って。しかもせっかくの楽しい高校時代を費やして。それはもう、『恋』とか『あこがれ』なんてレベルじゃない。『愛』だよ、これは。それは柚海君も気が付いているよね?」
「…はい」
「だったら!」
「でも、こうも思うんです。それは瑠季が望んでいるのかなって」
「望んでいる?」
「現に自分と俺が結ばれるような行動を、瑠季は選んでいないんです」
「そりゃそうだよ。ナナちゃんは『小さな柚海君』なんだよ?
君と一緒で、あの子は自分の望みは後回しにするんだよ。柚海君を幸せにできるのは、自分じゃないって思い込んでいるんだ。分かってあげなよ」
柚海は、深くため息をついた。
そしてスッキリとした、清々しい表情で言った。
「俺、瑠季の事では悩んでいました。そして毎日、その答えは違っていました。苦しかったです。でも、もう分かりました。里桜さん、ありがとう」
「フフッ、いーえっ! でも、ナナちゃんが柚海くんを受け入れるとは限らないからね。そこは心しておきなよ」
「はい、勇気を出して告白してきます。頑張りますよ」
「そう、その意気だね! この四月から海東大学に入学しているから、今は東教都にいるはずだよ。いつ行くの? 早速、週末に新幹線で乗りこむとか?」
「…いや、そんな最近ではないです」
「えっ? まさか数年先とか考えてないよね?」
「…」
「ダメだよ! なに考えてるのか知らないけど、絶対ダメ! いつまでも柚海君の事を想っている訳じゃないんだよ? あんなに可愛くて良い子を、周囲は絶対に放っておかない。恋愛は先着順じゃないけど、先着順の時もあるの。今行かないと、絶対ダメだよっ!」
「里桜さん、俺はもう決心はついています。瑠季の事が好きです。
でも、瑠季に会う時期は俺に任せてもらえませんか?
瑠季にとっても俺にとっても、最良の時期は現在じゃあないと思いますから」
「そう…分かったよ。でも、私が言った忠告、忘れないでよね」
「もちろんです。ありがとう、里桜さん」
「うん。じゃあ私、そろそろ行くね」
里桜はゆっくりと立ち上がった。それを見た柚海も立ち上がった。
柚海は右手を小さく振りながら、笑顔で言った。
「里桜さん、本当にありがとう。あなたの事、忘れませんから」
里桜は恥ずかしそうな笑顔で言った。
「忘れていーよっ! じゃあね!」
里桜はクルリと向きを変えて、歩き出した。
柚海はしばらく里桜の背中を見ていたが、間もなく声をかけた。
「里桜さん」
里桜は振り向いた。
「なに?」
「鞠子(まりこ)さんにも、『ありがとう』って伝えておいてください」
「…どういう意味?」
「別の意味なんて無いですよ。『ありがとう』って、伝言を頼んでいるんです。
父親の命日に、ここへ墓参りをしているのを知ってるのは、鞠子さんぐらいだし」
「私、鞠子さんとは直接の知り合いじゃないよ」
「もう諦めたらどうです? 里桜さんも、嘘をつき続けられる性格してないでしょう?」
「うーん、えっと…。本当に君は、なにを言ってるのかなぁ?」
「里桜さんは、すごい情熱のある人だから、俺を説得に来るのは分かるんです。『考えるより、体で行動!』っていう人だと思っています。
でも、冷静に物事を分析するタイプじゃないでしょう?」
「まぁ、そうかもね」
「鞠子さんは逆だと思います。行動にはあまりでないけど、その分、冷静に物事を分析する人です。
鞠子さんが、俺と瑠季を分析した感想を里桜さんに話した。里桜さんは、『それを伝えてあげねばっ!』って感じで、伝言役を買って出てくれたんでしょう?」
「う~ん、え~とっねー、その---」
「アハハ、困らせちゃいましたね、ごめんなさい。もう止めておきます。じゃあこれで」
柚海は里桜に背を向けて歩きだし、去って行った。
柚海の姿が小さくなった頃、里桜に話しかける声があった。
「里桜ちゃん」
「あっ、鞠子さん。出てきて大丈夫ですか?」
「うん、柚海君が墓地を出て行ったのが見えたから来たんだよ。
ごめんね、大変な役をさせちゃって」
「そんな事ないですよ。鞠子さんに相談を持ち掛けられなくても、いつかは自分で行ったと思うから。まあ、鞠子さんほど冷静に考えをまとめられなかったと思いますけど」
「で、柚海君はなんて言ってた?」
里桜は、柚海との会話を鞠子に話した。
鞠子は、少し呆れたような表情で言った。
「そっかぁ、やっと気が付いたんだね」
「そうなんですけど、すぐにナナちゃんに会いに行こうとしないんです。なぜでしょうね?」
「うーん、分からないなぁ。でも、ここからは二人の問題だよ。見守ってあげようよ」
「そうですね。でも良いんですか? 会わなくて」
「うん。この間の件で、私と柚海君の仲は終わったからね。良くも悪くも、良い区切りだったと思う」
「まぁ、鞠子さんがそう言うなら。それにしても、面白い二人でしたね」
「そうだね。特に瑠季ちゃん一人にやられたって感じがする。でも、憎めない子だよ」
「今回の私達二人の行動って、ナナちゃんの想定の範囲だったと思います?」
「どうなんだろ? 深く考えているようで、何も考えてないトコロもあるからねぇ、あの子」
「この二年間で得たモノはたくさん有るんですけど、失くしちゃったモノもあるんです。
でも最後に、友達ができたから良かったかなって思ってますよ」
「あっ、それは私も同じなの。よろしくね、里桜ちゃん」
「うん、こちらこそです。マリリン」
「マリリ…里桜ちゃん、そのネーミングセンスはちょっと…」
「あっ、それよく言われます。アハハッ!」




