13、最後の日記
☆瑠季の日記☆
久々の日記だ。色んな事がありすぎて、最近は日記どころではなくなってから。
でも、今日は書きたいの。これを書いたら、もう日記を書く習慣はやめる。
これが最後の日記だね。
今日、私はシオンを退職した。そして『Y・R・P』は終わった。
二年前、柚海さんが街を出て行った日から企んでいた『Y・R・P』。
結論から言えば成功、大成功だ。『Y・R・P』は完璧に成功した。
私は、鞠子さんと柚海さんが結ばれる為に動いていたんじゃない。
里桜さんと柚海さんが結ばれる為でもない。
私がやりたかった事。それは、『穂紫柚海から、全てを奪い取る事』なんだから。
まずは鞠子さん。二年前、鞠子さんと柚海さんは別れたけど、お互いに気持ちが残っていると思った。なにかの拍子に、また結ばれる可能性がある。その可能性を潰しておきたかったの。
鞠子さんについて、興信所を使ったり、直接話もして色々と知った。
特に注目したのは、以下の三点だ。
①破局した社長から、多額の『慰謝料』が支払われている事。
②柚海さんが借金で苦しんでいる事は、交際していた鞠子さんなら当然知っている。
③鞠子さんと柚海さんは、お金が原因で別れた。
これで、私は確信したの。鞠子さんは柚海さんに『慰謝料を払いたがっている』ってね。
一方、柚海さんは、『慰謝料を渡そうとされたら、鞠子さんに厳しい態度を示す』と思った。
つまり、お金を渡そうとした瞬間、『二人は致命的な衝突する』と予想したの。
私は二人を仲直りさせる為に会わせたんじゃないよ。鞠子さんに慰謝料を払わせる場を作る。そして、お金を渡そうとする鞠子さんに対して、柚海さんにひどい態度をとらせる。そう、二人の関係を破綻させる為に会わせたの。
お母さんの自殺未遂は、私も知っていた。興信所の調査で、柚海さんの近況を調べていたからね。鞠子さんに初めて喫茶店で鞠子さんに会った時、それは言わなかった。
『二週間入院した』とだけ告げた。自殺未遂の件を話してしまったら、気に病み過ぎて柚海さんに会わない可能性があったからね。
それに当日知った方が気が動転して、より効果的だったんじゃないかな?
柚海さんが話さない可能性もあったけど、『話した方が効果的』というだけに過ぎないよ。結果は同じだったろうね。
そして里桜さん。里桜さんは鞠子さんと違い、交際はしていない。だから柚海さんから引き剥がすのは簡単だと思ってた。でも、そんなに簡単じゃないと、すぐに気付いたよ。
私の誤算は、里桜さんが想像以上に優しくて、情に厚い女性だった事。
柚海さんのマイナス面をプラスに感じる。柚海さんの悩みを解決しようとする。積極的に柚海さんに求愛する。放っておいたら、二人が結ばれるのは時間の問題…
いや、あっという間だったろうね。
最初に考えていた作戦。それは、柚海さんを嫌いになるような情報を、少しづつ里桜さんに伝えるつもりだった。しかし、それでは時間が掛かり過ぎる。だから私は作戦を変えた。新たな作戦。それは柚海さんと鞠子さんの『復縁の会談』の場に、里桜さんを同席させる事だ。柚海さんへの気持ちを幻滅させる…、つまり、『お金を受け取る醜態』を、里桜さんの目前へ突きつけようと決めた。計画通り、柚海さんと鞠子さんは破綻した。
おかげで『柚海さんの醜態』を、里桜さんに突きつける事ができた。
柚海さんの醜態を見た里桜さんは、『柚海君の気持ちは、私には無いんだ』と思い込み、柚海さんへの想いは切れた。
里桜さんは『自分の意思で会談へ同席する事を望んだ』と思っているのだろうけど、それは違うよ。不安を煽って、私がそう仕向けたの。里桜さんの負けん気と、柚海さんへの愛情の深さ。絶対に『同席したい』と言うだろうなって、確信していたもん。
奇妙な八か月だった。『Y・R・P』を成功させる為、色々な人に嘘をつき、芝居をした。
申し訳ないという気持ちなんて、微塵もないよ。
だって、そうでなければ、この『Y・R・P』はやり遂げられなかったと思うから。
会談の日。鞠子さんや里桜さんとは、最後には泣いて話したりもした。
もちろんお芝居。そう、お芝居。…お芝居だよ。
日記はこれで終わり。最後は手紙にしようっと。
相手に届くはずのない、日記に書く手紙。
嘘で塗り固めた私には、ちょうど良いんじゃないかな。
●
《華瑚巳鞠子さんへ。冷静で穏やかなお嬢様。あなたとは喫茶店で話し込んだり、メールでいっぱい打ち合わせをしましたね。私は結構楽しんでいましたよ。友達のサプライズパーティーを考えているみたいで、面白かったな。
最後に私を抱きしめて、『天使』って言ってくれましたね。本当に嬉しかったです。
自己嫌悪になりかけていた私にとって、救いの言葉でした》
《西臣里桜さんへ。優しくて綺麗な人。そしてなにより、その負けん気と強さ。
甘ったれて生きてきた私にとって、あなたは理想の女性でした。柚海さんの事を話す時の里桜さんは、特に可愛かった。キスされたのも嬉しかったかな? あなたは最高のお姉ちゃんでした。お酒は飲み過ぎないように気を付けてね。できたら、煙草は止めてほしいなぁ》
《柚海さんへ。もうあなたは一人になりました。鞠子さんも、里桜さんも、あなたの元を去っていきました。でも、一人で生きるなんて事はしないでほしい。心から愛し合える女性と、支え合って生きてほしいんです。
それには一度、『鞠子さんと里桜さんとの関係を、完全にゼロにする必要がある』って、私は思ったの。私が関係を破綻させなかったら、どちらかと結ばれていたでしょう。
でも、簡単に結ばれたんじゃあダメなんだ。その愛が本物がどうか分からないから。
また柚海さんが捨てられたりしたら、私はもう耐えられないよ。
里桜さんと鞠子さんが再び柚海さんと結ばれるとしたら、大きな困難が伴います。
過去の遺恨もあります。あなたに幻滅した部分もあるでしょう。
わずかに残っていた絆は、私が断ちました。
それでも…、それでも! 柚海さん、あなたを『愛している』と言ってくれる人。
それが柚海さんと結ばれるべき女性です。
今後、最初に柚海さんの元へ駆けつけてくれる女性。
その人こそが、柚海さんを心から愛してくれる人です。
柚海さんも、その人を大事にしてあげてください。二人で幸せになってください》
●
瑠季はここまで書いた日記を、読み返しながら思った。
「最後の日記はこんな感じかな? 日記帳に手紙なんて書いて、どうすんだよね? アハハ…」
瑠季は日記帳をパタンと閉じると、両手で持った。
そして表紙を見ながらつぶやいた。いや…、願った。
「里桜さん、鞠子さん。気持ちが落ち着いたら、柚海さんに対する気持ちを、もう一度考えてほしいの。
納得できない事や、心のキズもあると思います。
それでも、あえてお願いします。
柚海さんの元へ駆けつけてください。
このままだと彼はきっと、一人で泣いて生きていくんです。
私の事、軽蔑してください。恨んでください。それでいいんです。
だからお願いします。柚海さんの元へ行ってあげてください。
お願いだから…。
『心から穂紫柚海を愛してくれる女性を見つけ出し、柚海さんに引き寄せる』
それが私のY・R・P、
『Yuzumi Rescue Project(ゆずみ レスキュー プロジェクト)』でした」
瑠季はそう言い終えると目をつむり、日記帳を抱きしめた。
しばらくすると、目をそっと開いて言った。
最後の最後は、やはり日記にしようかな。自分の最後の気持ちを綴っておきたいからね。
●
私の家は、豪邸と呼ばれる『牢獄』だった。家に帰っても、深夜になるまで誰も帰ってこない。親が一生懸命働いてくれているのは子供ながらに分かっていたけど、それでも辛かった。そんな孤独を救ってくれたのが、穂紫さん一家。中でも熱心にしてくれたのが柚海さんだったよね。
食事を作ってくれて、一緒に宿題をしてくれて、たくさん遊んでくれた。
家に帰るのを、楽しみに変えてくれたよね。柚海さんがいなかったら、私は堕ちるところまで堕ちていた。あなたは恩人なの。あなたは私の父親であり、兄であり、親友でした。
里桜さんは恋だと言っていたけれど…。まぁ、それはどっちでもいいや。
そんな恩人の人生を、私はメチャクチャにしてしまった。私がバカさえしなければ、柚海さんは鞠子さんと結婚してたよ。借金の返済にも集中できただろうし、完済していたはずです。子供がいたかもしれないよね? 柚海さんと鞠子さんの子供。
可愛いに違いないよ。
そんな幸せを、私は壊してしまった。本当にごめんなさい。
もう一生、あなたには会いません。だから柚海さんにできる恩返しは、ここまでです。
後はもう、柚海さんが幸せになるように祈るしかできません。毎日毎日、あなたの幸せを祈っておきますね。
そして、もう一つ祈ります。里桜さん・鞠子さんのどちらかが、あなたの元へ駆けつけますように…。
私はこれから、大学に進学します。里桜さんにも言ったけど、勉強を頑張る。そして社会に出たら一生懸命働いて、人の役に立ちたい。私は、柚海さんの生徒でもあるんだから。
生徒がいい加減に生きていたら、先生の名にキズがつく。
いつも柚海さんに見守られていると思って、何事も一生懸命に頑張るからね。
心残りは柚海さんの料理を、もっとたくさん食べたかった事かな?
『食べる事かよっ!』って怒られそうだけど、だってそうなんだもん。
料理も好きだけど、デザートも美味しいね。山玉餡では、ジンジャークッキーは食べ過ぎちゃった。おバカプリン、もう一度食べたかったよ。
好きな人に料理を作る事を『胃袋をつかむ』って言うんだって? その意味が、今はすごい分かる。私は柚海さんと出会ってから、ズーッと胃袋をつかまれっぱなしだから。
あれ…? って事は、私は柚海さんに恋をしていたの? そっか、そうだったんだ。
穂紫柚海さん。
あなたは私の父親代わりではありません。
兄代わりでもありません。
ましてや親友でもない。
そう、あなたは私の恋人だった。私は恋をしていたんですね。
最後の最後に、気が付く事ができて嬉しかった。
あなたに出会えて、本当に良かった。
もし『生まれ変わる』なんて事があるなら、私は願います。
来世こそ、あなたと出会いませんように。
私なんかに縛られないで生きてほしい。
柚海さん、愛してる。
だから…さようなら。
來々乃瑠季




