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11、さよならを言わせて

 翌日の昼下がり。客足が途絶え、店内には瑠季るき柚海ゆずみだけになった。里桜りおは外部の業者と交渉がある為、出かけていた。柚海ゆずみはテーブルやソファを拭いて清掃している。

瑠季るきはカウンター席に座っていた。腕と足を組み、深々ともたれて座っている。

椅子を回転させて、柚海ゆずみの方に体を向けた。

「おい」

柚海ゆずみは手を止めることなく、瑠季るきの顔も見ないで返事をした。

「なんだよ」

「明日、ここで華瑚巳鞠子かこみまりこに会ってもらう」

柚海ゆずみは手を止め、瑠季るきの方へ顔と体を向けた。

「は? なぜ?」

「理由を説明する義理はねぇよ。会うんだよ。お前に拒否権は無い。事前に言ってやっただけでも、有難く思え」

「そもそも、なぜお前が鞠子まりこさんを知っているんだよ? 連絡を取り合っているのか?」

「説明する義理は無いって言っているだろ。向こうが会いたいと言っている。会え。そしてよりを戻せ。結婚しろ」

「いったい、なんの話をしているんだ?」

「言ったままの話だよ。そうすれば私から解放してやる。なにもかも上手くいって、万々歳だろ?」

「…怒るぞ」

「怒れよ。だが、言う通りにしてもらうからな」

鞠子まりこさんが『会いたい』と言っているのか?」

「そうだ」

「本当か?」

「くどい」

「…分かった。会うよ」

「へぇ…。もっとゴネるかと思ったが、意外と素直だな」

「ゴネたら、止められるのか?」

「いーや」

「だろうな、じゃあ会うよ。鞠子さんが『会いたい』と言ってるなら、断る理由もない」

「いいだろう。それと、会うのはココだからな」

「この店?」

「ゴネでもいいぞ」

「…いいよ、分かったよ。好きにしたらいい」

「もうなにもかも、諦めたってトコロか?」

「そうじゃねぇよ。投げやりになってる訳じゃない。そうじゃなくて、里桜りおさんに対してコソコソしたくないだけだ」

「お前、里桜りおさんの恋人じゃないだろう? なに言っているんだ?」

「そうだよ、恋人じゃない。ただ、ハッキリ好意を示してくれているんだ。少なくとも誠実でありたい。俺にできる事は、それぐらいだからな」

「はーい、せいぜい頑張りな」

「おい」

「なんだよ」

「解放って事は、お前、この店を辞めるのか? 来年の三月までいないのかよ?」

「さーね。お前に説明する気など無い」

「辞めるなよ」

「はっ?」

「常連さんで、お前の事を慕っている人は大勢いるんだからな。孫みたいに思っているおじいさん、イケメンアイドルの話で盛り上がるオバサン、一目見れるだけで嬉しいと思って通っている純情な高校生。みんな寂しがるぞ」

「なに言ってんだ? 私がそんな義理や人情みたいなモノを大事にするとでも思ってんの?」

「思ってるよ」

「えっ…?」

里桜りおさんも寂しがる」

「はいはい。『俺の大好きな里桜りおさん』を寂しがらせたくないってか?」

「俺も寂しいんだよ」

「なっ…なにそれ」

柚海ゆずみはゆっくりと瑠季るきに向かって歩き出した。深々と座っていた瑠季るきだったが、慌てて椅子から降りて立ち上がった。

「なっ、なに言ってんだよ! おかしいぞお前!」

柚海ゆずみ瑠季るきの前に到着すると、瑠季るきの両腕を優しく持った。簡単に振り払えたが、瑠季るきはそれをしようとはしなかった。

「ちょっ、ちょっと! なにすんだよっ!」

瑠季るき

「(なっ、名前で呼んだ…!)」

柚海ゆずみ瑠季るきと再会してからは、『來々ななの』と呼んでいた。

再会後、初めて『瑠季るき』と呼んだのだ。

「辞めないでほしい」

「離せって言ってるだろ!」

二人は視線を合わせていた。共に逸らす事ができなかった。

柚海ゆずみは穏やかな声で言った。

瑠季るき、どうなんだ?」

「離せっ! ………離して…」

その時、玄関のドアの方から声がした。


「あのー、お二人さん。そのぐらいでいいかな? まだ仕事中だよ?」


スーツ姿の里桜りおが立っていた。

柚海ゆずみ瑠季るきは、同時に言った。

里桜りおさん!」

言うと同時に、二人は素早く距離を空けた。

里桜りおは苦笑いを浮かべて言った。

「野暮でごめんね。でも、外から丸見えだったんだよ。見られたら困るでしょ?」

二人とも、恥ずかしそうにうつむいたが、柚海ゆずみは顔を上げて言った。

「でも、ドアのベルの音がしませんでしたよ。なぜですか?」

「したよ~、なに言ってるの? よっぽど集中していたんだね。アハハ…」

柚海ゆずみは情けなそうな表情で、再びうつむいた。

「まったく! 白昼堂々、女子高生を襲おうとするなんて」

「ちょっ、ちょっと仕事の事で、言い合いになっただけです。來々乃さん、ごめん」

「あっ、いえ…」

里桜りおはあきれ顔で言った。

「まぁ、ナナちゃんが良いんなら、それでいいかな?

じゃあ私、着替えてくるから二階へ行くね」

二階に行こうとする里桜りおの背中に向かって、柚海ゆずみは言った。

里桜りおさんは、俺に何も聞かないんですね」

里桜りおは振り返らずに言った。

「話したくない事を無理に聞いても、嬉しくないからね。尋問じゃあないんだから」

「明日…、以前付き合っていた女性と会います」

「そう…」

「ごめんなさい」

「その『ごめんなさい』は、どういう意味?」

「あっ…」

「さっ、着替えてこよっと!」

里桜りおは二階へ行った。

呆然と立っている瑠季るきに、柚海ゆずみは言った。

「來々乃さん」

「なっ、なに?」

「仕事しようか。もうすぐ十五時だ、忙しくなる」

「ああ…」

「さっきはごめん。気にしないでくれ」

柚海ゆずみ瑠季るきに背を向けると言った。

「俺は本当にダメだな。謝ってばかりだ」


瑠季るきは、柚海ゆずみの寂しそうな背中を見て思った。

「(いよいよ明日だ。もうすぐお別れだね、せっかくまた会えたのに。

さよならだよ、柚海ゆずみさん)」

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