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10、桜道の約束

 里桜りおは聞いた。

「そもそも、どうやって知り合ったの?」

「ゆずみ…いえ、穂紫ほしさんは---」

「もう無理しなくていいよ、好きに呼んだらいいんじゃない?」

「アハハ…、じゃあそうします。柚海ゆずみさんは、ご近所さんのお兄さんでした。私が小学一年生になった頃だったかな? 柚海ゆずみさんのお姉さんと、よく三人で公園で遊ぶようになりました。ウチの家は共働きなんです。小規模ですけど、会社をいくつか経営しているんです。だから忙しくて、ほとんど私を見れなくて。

私の母親と柚海ゆずみさんの母親は親友なんですよね。それで私の環境を見かねたオバサンが、ウチによく来て夕食を作ってくれて、私の相手もしてくれました。そこにお姉さんが加わり、柚海ゆずみさんも加わり、交代で来てくれました。ウチで作ってくれたりもしますけど、柚海ゆずみさん家にもよく食べに行ったな。あの三人は、私にとって親戚みたいな感じです」

「かなり古い付き合いなんだね。柚海ゆずみ君は、その頃から料理が好きだったんだ」

「いえ、全然。ひどすぎて、柚海ゆずみさんが作ってくれる日は、ガッカリしてましたよ」

「えーっ! 信じられない! 今は和・洋・中・デザート、なんでもアリじゃん!」

「ですよね。でも、当時はまるでダメ。まあ当時は柚海ゆずみさんも十六か七ですから、それで普通ですけど。私が辛そうに柚海ゆずみさんの料理を食べているの見て、『これじゃあダメだ!』って思って、一念発起したらしいです。一年経たない内に、今みたいになってましたよ」

「一年で?」

「はい、必死に頑張ってくれて。とにかく一生懸命な人です。最初の頃は、柚海ゆずみさんのお母さんとお姉さんがよく面倒をみてくれました。でも、柚海ゆずみさんのお父さんがひどい人で、暴力は振るう人だったそうです。そして、多額の借金を残して失踪しました。

お母さんもお姉さんも、返済の為にもっと働くようになって、私どころじゃなくなっていきました。でも柚海ゆずみさんだけは、休日に遊んだり宿題したりして、長く一緒にいてくれました。仕事の日も、間に合えば夕食を作ってくれましたし、無理な日は夜に顔を見せに来たりしてくれました。ランドセルから連絡帳を取り出して、確認したりしてね。私の心配ばかりしていましたよ」

柚海ゆずみ君は優しい人だけど、なぜそこまでナナちゃんに思い入れが沸いたんだろうね?」

「たぶんですけど、自分と似ていると思ったんじゃないですか?」

「似ている?」

「はい。柚海ゆずみさんのお母さんもお姉さんも、とてもいい人です。でも、借金返済の為にはたくさん働かなくてはならなかった。だから柚海ゆずみさんの少年期は孤独だったと思います。きっと辛かったでしょうね。私には柚海ゆずみさんがいたけど、もしいなかったらと思うと…想像するだけで、ゾッとします。私と自分が重なって、そんな経験をさせたくなかったんじゃあないでしょうか?」

柚海ゆずみ君にとって、ナナちゃんってどんな存在だったんだろう?」

「家族のように思ってくれていたと思います。柚海ゆずみさんも家族とはすれ違いだったし、私と過ごす時間が長かったですからね。ただ---」

「ただ?」

「家族以上のなにかだったのかとも思っています」

「ん? どういう意味?」

「私が喜んでいる時は一緒に喜んで、悲しい時は、本当に悲しんでくれました。心から寄り添ってくれている感じがして、嬉しかったです。一緒にいると、本当に安心できたんですよね」

「う~ん、なんだろうね? 当時のナナちゃんは小学生だから、恋愛感情は無いだろうし」

「はい、それはお互いに無いです。私へ家族のような愛情を向けていくれてましたけど、それだけじゃない気持ちを感じていました」

「そうなんだね。それが何かは、ちょっと分からないな」

「あっ、これ見ます?」

瑠季るきはスマートフォンを操作して、小学校時代の想い出の画像を里桜りおに見せた。

どれも柚海ゆずみと二人で写っている。

「これは六年生の運動会。柚海ゆずみさんが作ってきてくれたお弁当を、一緒に食べました。美味しかったな」

「一緒に写っている子二人はお友達?」

「違いますよ、この時初めて喋った子です」

「えっ? なにそれ?」

「色々な事情の子がいるから、中にはお昼ごはんを菓子パンやコンビニ弁当を一人で食べている子っているんです。そんな子を柚海ゆずみさんが見つけてね。『一緒に食おうぜっ』って呼んだんです。それで自分のお弁当を食べさせてね。その子の菓子パンを取り上げて、自分が食べたりして。もうムチャクチャ」

「アハハッ! 面白い! 豪快だねぇ柚海ゆずみ君は。孤独な子供の為なら、タガが外れちゃうのかな」

「こっちが小学校の卒業写真です」

道の両側に、綺麗な桜の木がズラリと並んだ一本道。その中心に、嬉しそうな瑠季るき柚海ゆずみの二人が並んで写っていた。

桜の美しさに、里桜りおは思わずうなった。

「うわーっ、綺麗な桜だね! 二人とも嬉しそうだし、いい写真だね」

「フフッ、ウチの近所にある桜道なんです。私も柚海ゆずみさんもこの道が気に入ってました。

この写真を撮った時、二人で約束したんです。『中学校・高校を卒業した時も、この桜道で写真を撮ろう』って。でも卒業写真は、これが最後になっちゃったな」

「そう…」

「小学校の卒業式では、柚海ゆずみさんが大号泣しちゃって。みんな笑ってましたよ。でも嬉しかったな。自分の事で、こんなに感動してくれるなんて」

「そっか、柚海ゆずみ君らしいかな。情に厚いからね、あいつは」

「中学校に入っても、私達は変わらずでした。中学になれば、当然勉強は厳しくなりますけど、柚海ゆずみさんのお陰で頑張れました」

「あれ? 確か彼は、そんなに勉強ができる方じゃあないよね?」

「あっ、違います。教わったんじゃなくて、励ましてくれたって言った方が近いかな?」

「励ますって?」

「小学校から、私は柚海ゆずみさんに通知表を見せていたんです。あの人は、成績に関係なく大喜びしてくれるんです。順位が上がれば『すごいっ! 順位が上がった!』って言う。下がったら『すごいっ! 五つしか下がらなかった!』ってね。とにかく良いトコロを見つけてくれるんです。それが嬉しくって。勉強が好きと言うより、柚海ゆずみさんを喜ばせたかった。嬉しそうにしてくれる笑顔が見たかったんです。だから、自然と勉強を頑張るようになっていました」

「そっか。ナナちゃんが勉強ができるようになったのは、柚海ゆずみ君がキッカケなんだね」

柚海ゆずみさんが来た時にお風呂上りだったら、髪のブローを手伝ってもらったかな。

私、髪が長いから助かってました。柚海ゆずみさんも『瑠季るきは髪が長くて黒くていいな、切るなよ』って言ってましたよ」

「フフッ、もはやお母さんじゃん」

「中学校に入ったら、お弁当をよく作ってくれましたよ。週に半分くらいは作ってくれてたかな?」

「へーっ! それはすごいね。しかも週に半分もなんて」

「出勤前に持ってきてくれるんです。私の好物や味加減を知っているから、めっちゃ美味しくて。お昼休みはウキウキしてました。よく友達同士でオカズの交換ってするじゃないですか? 私はしませんでした。『絶対に渡さないっ!』って、マジに思ってましたもん」

「アハハッ! …あれ? なんか話を聴いていると、二人って良い関係だよね?

それがどうして、今みたいになっちゃうの?」

「それは---」

「あっ、言いたくない?」

「いえ、言います。聴いてください。それは、全て私が悪いって話なので」

「…聴くよ」

「私が中学二年生の夏ぐらいかな。柚海ゆずみさんに恋人ができたんです」

「へぇ…。その時、柚海ゆずみ君ていくつなの?」

「えっと、柚海ゆずみさんは私の十コ上だから、二十四ぐらいかな?

初めてできた恋人みたいでしたよ。それで----」

「ちょっ、ちょい待って」

「は?」

柚海ゆずみ君、二十四でしょ? 初めてじゃないよ、きっと」

「いえ、本当ですよ。少なくとも、私が知っているのはその人だけです」

「それはナナちゃんの推測でしょう?」

「いえ、断言できますよ。本人が言っていたのもありますけど、私はずっと柚海ゆずみさんと一緒にいましたからね。どんな環境にいるのか、薄々ですが伝わっていました。まぁ、あのルックスと人の好さなんで、告白はされただろうし、いいなって思う女性もいたでしょうね。でも、交際は難しかったと思います。理由は今と同じじゃないですか?」

「多忙と借金か…」

柚海ゆずみさんは、昼間は製薬会社の会社員ですけど、夜はコンビニでアルバイトする日もありました。そこで知り合った女性のお客さんに見初められたんですよ。すっごい熱烈にアプローチされたらしくて。借金返済の為に、毎日が仕事漬けだったでしょうから、嬉しかったでしょうね。しかも、とっても美人で優しい人」

「ナナちゃんは、その人に会った事あるの?」

「あっ、はい。一度だけですけど」

「ふーん」

「恋人ができて以来、私と柚海ゆずみさんが過ごす時間は減っていきました。休みの日は半日ぐらい一緒にいてくれたのに、一時間くらいで帰ってしまうんです。仕事で遅くなる日は、夜に顔を見せに来てくれましたが、ほとんど来なくなりました。電話は毎日くれていたんですけどね。夕食も一緒に食べなくなっていきました。下ごしらえだけした材料が置いてあるんです。家に帰ると、『これを炒めて食べて』みたいな書置きがあって、ガッカリしていました」

「あの、ナナちゃん。それは辛かったと思う。ただ、第三者の客観的な意見として言わせてね。確かに柚海ゆずみ君の行動は、足りていない部分もあると思う。でも、彼にも人生があるからね。恋愛もしたいだろうし、将来も考えないといけないの。ナナちゃんに注ぐ時間は減ったかもしれないけど、それでもできる事は、なるべくしようとしたんじゃないかな」

「ですよね。週に半分だったお弁当もは、毎日作ってくれるようになりました。せめてもの埋め合わせをしようとしてくれていたんですね。でも、当時の私は、中学生です。それが分からなくて。『私は見捨てられた』って思い始めてました。

『私が一人で家にいる時、柚海ゆずみさんは恋人とデートをしているんだ』って考えると…。やり場のない怒りが湧いてきて、どうしていいか分かりませんでした。それ以来---」

「悪くなった?」

「…はい。勉強はほとんどしなくなりましたし、学校へ行くのも気が向いたらです。髪は金色に染めたし、制服も校則なんて無視してました。特に、金色になった髪を見た柚海ゆずみさんの悲しそうな顔は、今でも目に焼き付いています」

「そう…」

「でも、当時のバカな私は思っていましたよ。『私がこんな格好になったのはお前のせいだぞ! ざまあみろ!』ってね。ますます柚海ゆずみさんへの反発はひどくなっていきました」

「それって、どんな事?」

「来るって分かっている時刻なのに、鍵を開けずに締め出したりしました。二階から見ると、寂しそうに帰っていく柚海ゆずみさんの背中が見えて。『お願いっ! 振り向いてっ!』って心の中で叫んでいる自分がいました。お弁当も食べなくなりました。嫌がらせですよ。

『お前の作った弁当なんて食べねぇよっ!』って感じです。それでも毎朝毎朝、柚海ゆずみさんはお弁当を持ってくるんです。そして、全然減っていない昨日のお弁当を持って帰る。それって、どんなに悲しかったでしょうね」

「うん…」

「当時の私は、『柚海ゆずみさんへの間違った怒り』と、『また柚海ゆずみさんと仲良くしたい』という気持ちが混在していて、それが日を追うごとに大きくなりました。どうしたらいいのか分からなくて、本当に苦しかったです。それで、最悪の行動をしてしまって---」

「もしかして、お酒や煙草って事?」

「…はい、中学三年くらいです。形だけですけどね。気が紛れるかと思ったんですけど、どちらも不快で、好きにはなれませんでした。そんなある日、ちょっとした拍子で、お酒の事が柚海ゆずみさんに知られてしまって」

「まさか、例のお説教?」

「はい。『法令順守』です。こってりとお説教されました。『うるせぇっ!』って反発しましたけど、嬉しかったな」

「ハハ…想像がつくね」

「でも、柚海ゆずみさんの交際は順調で、問題なく進んでました。恋人との婚約も決まったし」

「こっ、婚約? でも、今独身って事は…」

「せっかく婚約できたんですけど、その時は私の素行が一番最悪の時期だったんです。

私が心配で放っておけなかったらしくて、結婚を延期したんです。延期をした理由が私だとは、最近まで知らなかったんですけどね。延期をしている間に、恋人さんに、他に良い人ができて…という事らしいです」

「『素行が最悪』って、なんなの?」

「私の中学時代の、月のお小遣いっていくらだと思います?」

「えっと、かなりお金持ちよね、ナナちゃんの家。えーと、もしかして五万円くらい?」

「いいえ、五十万円です」

「まっ、マジで?」

「引きますよね。そのお金を持って、夜の街を出歩ていました。お金を持っていると分かると、人がいっぱい寄ってきてね。大名行列みたいになってましたよ。得意気になっていました。『私はこんなにも好かれているんだぞっ!』ってね」

「うん。でも、それは---」

「はい、みんなお金目当て。私と同じ様な境遇の子もいました。一緒にいて辛かったです。最悪なのは、私の事を喰いものにしようとする奴もいたんです。吐き気がするぐらい、気持ち悪かった。でも当時の私は、家で一人でいるよりマシだって思っていたんです」

柚海ゆずみ君は、どうしていたの?」

「私が夜の繁華街にいると知ったら、必死に探しに来てくれました。見つかって、何度も連れて帰られました。『触るなっ! 帰れっ!』って怒鳴ったんですけど、心の何処かで安心していました。街に出ると、私の方が柚海ゆずみさんを探すようになっていたんです」

「そう…。ナナちゃんは柚海ゆずみ君に甘えたかったんだね」

「今でも夜道を歩いていると、柚海ゆずみさんを苦しめていた繁華街を思い出してしまって、辛いんですよね…。

あの、里桜りおさん。柚海ゆずみさんと過ごしていて、変に思う事ってありませんか? 違和感を感じるというか」

「違和感?」

「その、話しづらいというか…」

「あっ、ある! かなり近距離で話しているのに、『聞こえてないのかな?』って思う時があるよ。その事かな?」

「はい…。実は柚海ゆずみさんって、右耳があまり聞こえないんです。私を繁華街から連れ戻そうとした時、私と一緒にいたチンピラに絡まれてしまって。私をかばってヒドイ暴力を振るわれたんです。その後遺症で…」

「そっか。柚海ゆずみ君は、そこまでナナちゃんの事を」

「私は柚海ゆずみさんの事を、心身共に傷つけてしまいました。思い出すたびに胸が締め付けられるんです。叶うなら、私の耳を柚海ゆずみさんにあげたいぐらいです」

「二人とも辛かったんだね」

「私なんて全然ですよ。大バカの甘ったれたクソガキです。気の毒なのは、柚海ゆずみさんの方です。自分は一生懸命になっているのに、ますます私は悪くなっていく。辛かったと思うし、悲しかったと思います。悩んでいたと思います。柚海ゆずみさんが精神的に追い込まれていく中、私が『最悪の行ない』をしてしまって---」

「最悪って?」

「高校一年の八月でした。私が家にいると、繁華街の友達…っていうか知り合い程度の子が家に来ていたんです。高校生の女子です。その子とビールを飲んでいました。私は少し口をつけただけ。その子は二缶飲みました。私は柚海ゆずみさんの顔と言葉を思い出して、飲めなかったんですよね。その子はビールを飲んだからか、気が大きくなってきて、カバンから大麻を取り出しました」

「大麻…!」

「はい。面白半分に勧められましたけど、断固拒否しました。クスリのたぐいをやっちゃったら、本当に終わると思っていましたから」

「そうだよ、死ぬ事だってあるんだからね」

「あっ、体はモチロンですけど、それだけじゃあなくて」

「えっ? 他の理由って?」

柚海ゆずみさん。大麻なんかやったら、どれほど柚海ゆずみさんを苦しめてしまうのか、想像もつきません」

「うん、そうだね」

「大麻を出してしばらくすると、柚海ゆずみさんが家に夕食を作りに来たんです。気が付いたその子は、勝手口から逃げ出しました。私は大麻の強烈な匂いにやられてしまって、体育座りの体勢で、うずくまっていました。すると、二階の私の部屋に柚海ゆずみさんが来て---」

「…うん」

「その時、柚海ゆずみさんはお酒を飲んでいました。ごく微量ですが、大麻も匂いで摂取してしまっていました。精神的には、私の事で悩みぬいていました。当日かは知りませんけど、恋人に婚約破棄を言い渡されていたそうです。もう、最低最悪の精神状態。

そんな時、足元にある大麻を見て、私がやっているんだと思い込んだんです。柚海ゆずみさんは激高しました。左手で私の胸元をつかんで無理やり立たせて、右手を握り拳にして振りかぶりました。そして---」

「ちょっ、ちょっと待って!」

「なんですか?」

「以前さ、柚海ゆずみ君が言っていたんだよね。『俺は女を殴った事がある』って。それって?」

「きっと、この事でしょうね」

「本当だったんだ…」

「半分はね。でも、半分は違いますよ」

「どういう事?」

「殴ろうとして、振りかぶった。でも殴らなかったんです。気絶して倒れました」

「そっか、良かった。でも、それは思いとどまったんじゃなくて、気絶だよね?

もし気絶していなかったら---」

「いえ、柚海ゆずみさんは殴りません。止めていましたよ。シラフだろうが・お酒が入っていようが、関係ありません」

「なぜ、そこまで言い切れるの?」

「簡単な事ですよ。彼が『穂紫ほし柚海ゆずみ』だからです。柚海ゆずみさんは、女を殴ったりしません。ましてや、家族同然に可愛がった女の子を、殴ったりなんて絶対しません。

確信しています」

「そっか…、そうだね。ナナちゃんの言う通りだよ。柚海ゆずみ君は、そんな事しないよね。

でも柚海ゆずみ君は、『殴っていない』っていう自覚はあるの?」

「二年ぶりに再会した日…私がシオンの面接に来た日なんですけど。柚海ゆずみさんにむかって『昔、私を殴っただろう!』ってカマをかけたんです。それで分かりました。

やっぱり、私を『殴ってしまった』と誤解していたんです。それで---」

「それをネタに脅迫した…って事か。でも、どうやって『殴った』って信用させたの?」

「コレです」

瑠季るきはスマホを取り出し、画像を見せた。柚海ゆずみに見せた、金髪で顔にアザがある画像だ。

「うわ…頬が痛々しいね。金髪もスゴイけど。これは?」

「最近撮影したんです。髪の毛はウィッグ。頬のアザはメイクです。これだけじゃあ信用されないかと思い、私の顔を見るように言いました。『左の頬が腫れているだろうっ!』って言いながら」

「でも腫れてないよね? どうやったの?」

「ほんの少し、舌で内側から押したんです。柚海ゆずみさんは動揺が凄かったから、信じました」

「なるほどね。その『殴られた』後、二人はどうなったの?」

「ウチは、町内では有名な資産家なんです。今回の騒動が、あっと言う間に広がってしまいました。大麻の事とかは隠蔽されて、私が階段から転んでケガをしたという事にされました。柚海ゆずみさんの一家は引っ越をして、柚海ゆずみさん本人も行方知れずになったんです」

「そしてこの街に流れ着いたって事なんだね。

でも、どうやって柚海ゆずみ君の行方を知ったの?」

「興信所に依頼したんです。私、お金はあったんで簡単でした」

「そっか、だからこの辺りに引っ越したんだね。でもよく親が認めたよね?

なんて言ったの?」

「もちろん柚海ゆずみさんの事は内緒ですよ。でも、引っ越しをするには理由が要りますよね? 幸い、この街には秀優しゅうゆう高校があります。ここに編入したいって言って、説得しました。『編入して、東教都とうきょうとにある海東かいとう大学を目指したい』と言って」

「でもナナちゃんの前の高校から秀優しゅうゆう高校へ編入って、すごい大変じゃないの?」

「はい。水泳で例えるなら、『犬かきしかできない子供に、オリンピックの競泳に出ろ』って言われている感じですかね。目の前が真っ暗になりました」

「でも、やり遂げた」

「一年半くらい、みっちりとやりました。盆・正月関係無くね。三時間以上寝た日ってあったかな? とにかく編入試験に合格して、一人暮らしをさせてもらう事ができました。柚海ゆずみさんが里桜りおさんのお店で働いている事も、興信所で調べていました。それでお店に応募したんです」

「そっか。柚海ゆずみ君を追いかけたい為に、そこまで頑張れるんだ。すごいね、恋の力って」

「えっ…?」

「恋だよね?」

柚海ゆずみさんにですか? 違いますよ。兄や父親のように慕っているだけです」

「ナナちゃん、もしかして自覚ないの?」

「自覚もなにも、恋じゃないですから。

柚海ゆずみさんは好きですけど、人として好きなだけです」

里桜りおは唖然とした後、大笑いを始めた。

「アハハッ、それマジで言ってんの? 面白~い!

ナナちゃんは可愛いね。抱きしめていい?」

「ダメですよ! なに言ってんですか! あっ---」

里桜りおは立ち上がって、瑠季るきを無理やり立たせて強く抱きしめた。

「キスして良い?」

「なんでやねん! ダメ! ダメ! ダメ! キヤァー!」

里桜りお瑠季るきの左頬にキスをした。『チユッ』という軽いキスではない。『ブチュー』という熱烈なキス。里桜りお瑠季るきを離すと、瑠季るきは左頬を左手でさすった。

「もうっ! なんか精気が吸いとられた気がする」

「うん、吸い取った気がするよ。若返ったかな、私。アハハッ!」

「恥ずかしいなぁ、もう」

二人は、カウンター席に座り直した。

そして里桜りおは言った。

「まぁ、事情はあらかた分かったよ。柚海ゆずみ君の事が心配で、近くにいたかった、力になりたかったってトコロでしょう? でも分かんない。それがなぜ、あんなスマホのメッセージみたいに、脅迫じみた事をするの?」

「今の柚海ゆずみさんは、自分の事は後回しになっちゃってます。後回しならまだマシで、幸せになる資格が無いとまで、考えている気がします。

私の非行・暴力事件・家族の離散・婚約の破棄…。全部、自分のせいにしちゃっているんですよ、きっと。説得したり、心変わりをするのを待っていたら、何年かかるか分かりません。いや、変わらないかもしれない。だから、たとえ乱暴であっても、柚海ゆずみさんを『陽のあたる場所』に連れて行きたいんです」

「それって、具体的にどういう事なの?」

「すみません里桜りおさん、それは言えないんです。今話した事が、お話できる全てなんです」

「そっか、分かったよ。でも、それは柚海ゆずみ君の為なんだよね? 信じていいんだよね?」

瑠季るきは元気に答えた。

「はい! もちろんです!」

「さっきのナナちゃんの気持ちも信じていいの?」

「えっ?」

柚海ゆずみ君への気持ちは、恋じゃないんだよね?」

瑠季るきは力の無い声で答えた。

「はい…もちろんです…」

「ふ~ん。まぁ、そこは保留にしておいてあげる」


二人はアイスは食べ終わり、飲み物だけになった。

瑠季るきは深く深呼吸した後に言った。

「私、里桜りおさんが好きです」

「ん?」

「私はこの街にまだ慣れていないし、学校も転校したばかりです。なかなか気が休まりません。でも、お店に来たら、里桜りおさんが迎えてくれる。プライベートな心配もしてくれるし、無邪気に雑談をしている時が楽しいです。こんな人が姉だったらいいなって思います」

「…ありがと。嬉しいけど、どうしたの?」

「大好きな里桜りおさんに、私はこれからヒドイ仕打ちをするんです。本当にごめんなさい」

「ナナちゃん?」

柚海ゆずみさんが里桜りおさんの恋人になろうとしないのは、多忙と借金なんです。

でも、もう一つ大きな理由があるんです」

「なに…?」

「前の恋人の事を、まだ愛しているからです。里桜りおさんより、前の恋人さんの方が上だって事じゃないんです。恋人さんに対する深い愛情が、まだしっかり残っているんです。『バカ正直』ならぬ、『バカ誠実』なんですよ。柚海ゆずみさんは」

「やり直したいと思っていると?」

「いえ、思ってないでしょうね。それは諦めているでしょうから。今はね」

「よく分からないな。それと私への『ヒドイ仕打ち』がどう関係あるの?」

「もうすぐ、この二人は再会します。私が無理やり会わせるんです。お互いの気持ちを確かめ合って、恋人同士に戻ります。そして結婚します。里桜りおさん、本当にごめんなさい」

「ちょっと待ってよ。言い切っているけど、それは推測でしょう?」

「恋人さんに関しては、そうです。どこまで本気かは、本人しか分かりません。でも、柚海ゆずみさんの気持ちなら分かります。幼少から十年以上、一緒に過ごしてきた人ですから」

「そうかもしれないけど…」

柚海ゆずみさんも、里桜りおさんには感謝していますよ。前に住んでいた街から追われるようにココへ来て、黙々と働いて借金を返すつもりでいたハズです。それが綺麗で温かい女性と出会えて、自分に愛情を向けてくれる。嬉しかったでしょうし、支えになったでしょうね」

「そうなのかな? だと嬉しいんだけど」

「私個人としては、恋人さんより里桜りおさんと結ばれてほしい。里桜りおさんの方が、柚海ゆずみさんをより幸せにしてくれる気がします。でも、柚海ゆずみさんは彼女を選んでしまう…」

「さっきからそう言っているけど、どうしてそう思うの?」

「性格や容姿とか、色々な事を総合して考えたら、お二人の魅力は同じくらい素晴らしいんです。いや、里桜りおさんの方が若いから、ちょっと上かな?」

「えっ? 私の方が勝っているのに、彼女を選ぶっていうの?」

里桜りおさんも分かっているでしょう? 負けている・困っている・悲しんでいる。そんな人に惹かれていくのが柚海ゆずみさん。手を差し伸べるのが柚海ゆずみさんです。恋人さんは少し気持ち的に不安定なトコロがあって、放っておけないでしょうね」

「…」

「私の事を憎んでください。許さないでください。それでいいので、二人の事は、見て見ぬフリをしてもらえませんか? どうかお願いします」

瑠季るきは頭を深々と下げた。里桜りおは両手で瑠季るきの肩を優しくつかみ、持ち上げた。

「顔を上げてよ。ナナちゃんの事、憎んだりしないよ。私にとっても、あんたはもう妹みたいな存在だから」

「ありがとう、里桜りおさん」

「でも、それとこれとは話が別だよ。私、納得できないの」

「納得?」

柚海ゆずみ君が、私じゃなく別の女を選ぶとしても、それは仕方ないからね。本人が決める事なら、潔く諦められる。でも、まだ本人の口から何も聞かされていないから。ナナちゃんの言っている事は分かるけど、本人の意思を確認できていない限りは『推測』なんだよね。そんなんじゃあ納得できない。だから---」

「だから?」

「恋人さんと柚海ゆずみ君が会う場所は、ウチのお店にして」

「えっ?」

「私も、その場にいたい。心配しなくても、二人の話に口を出したりしないよ。

ただ、店員としてお店の中にいるけどね。仕事だから」

「そんなの良いんですか? 里桜りおさんにとって、辛い事になっちゃうかもしれないのに」

「そんなの覚悟しているよ。でも、これから本気で柚海ゆずみ君を愛するんだったら、通らなくてはいけない道だと思う。一緒に頑張ろうね、ナナちゃん」

「私もいるんですか!」

「あんた、ウチの店のウエイトレスでしょう? 当たり前だよ」

「そっ、そうですけど…」

「私達は、もう当事者だよ。逃げられないって」

「はい…」

「さあ、そろそろ帰ろうか? デートもおしまい。お店に戻って仕事しないとね。柚海ゆずみ君ひとりじゃあ危なっかしいから」

「ですね!」




瑠季るきの日記☆

 

今日も色々あったな。柚海ゆずみさんと里桜りおさんが、呼び方が変わっていた。

柚海ゆずみ君・里桜りおさん』…だって。それに里桜りおさんが柚海ゆずみさんを見る時の、ウットリした目。

悪い事を疑ってしまう。あっ、別に悪い事じゃないのか…。

今日は柚海ゆずみさんに抱きしめられてしまった。どこか不思議な感覚だった。子供の時は、よく柚海ゆずみさんの胸に飛び込んで抱きしめてもらっていたな。安心できる感覚が好きだった。中学校ぐらいからかな? 『この人は男なんだって』思い始めてから、飛び込まなくなった。とっても懐かしい感じがした。柚海ゆずみさんはどう思ったんだろう?


ついに、里桜りおさんに『Y・R・ワイアールピー』について話してしまった。もう話さざるをえなかった。途中までだけど…。

里桜りおさんはああ言っていたけど、柚海ゆずみさんは鞠子さんを選ぶよ。百パーセント、間違いなく。里桜りおさん、本当にごめんなさい。

柚海ゆずみさん、あと少しだよ。あと少しで、暗いトンネルを抜けるからね。その為なら、私は誰に恨まれようが、嫌われようが構わないんだ。

柚海ゆずみさん、お休みなさい。明日、大事な話をするからね。

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