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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
05_異世界の旅路編

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97_絡新婦(じょろうぐも)の巣

「ビョルンさん、気をつけてくださいよ!」


 ルナが茂みに隠れながら、こちらに声をあげる。アラクネは声を聞くように首を傾げ、威嚇音を発する。縄張りに入り混んだ侵入者を追い返そうとしているのだろうが、その威嚇に怖気付くことはない。知性を持たぬ獣がいくら喚こうが、人間に叶うはずがないのだから。


 ギィィイイッ!


 耳障りな鳴き声と共に、大きな爪が振り下ろされる。その爪の先には猛毒が滴っていて、掠っただけで致命傷になりかねない。


 しかし、その動きは緩慢だ。長年魔物と闘ってきた自分にとって、避けることは造作もなかった。


「次はこちらの番か」


 アラクネの主な素材は爪と体毛、そして糸である。それらを傷つけないようにするために、風魔法ではなく剣で討伐する必要があった。


 地面に突き刺さった長い脚を足場にして駆け上がり、アラクネの頭上に飛び上がる。そして剣を振り下ろして、前脚二本を切り落とした。


「チッ……騒々しい魔物だな」


 アラクネは、脚を切り落とされた痛みと怒りで激しい鳴き声を上げ、地面を震わせる。人間よりも多くの音を拾うエルフの耳が、ズキリと痛むほどだ。


「ビョルンさん、危ないっ!」 


 ルナの叫び声が聞こえた。 

 一瞬の隙を狙う知性はあるらしい。こちらに二本目の爪を振り下ろそうとしていた刹那、横から何かが弧を描いてアラクネの側頭部を打つ。地面に転がったそれは、手のひらサイズの石ころだった。


「余計なことをするな」


「ご、ごめんなさい!つい!」


 その石は、ルナが正義感に駆られて放り投げたものだったようだ。手出しは無用だと伝えたはずだが、この無鉄砲な小娘は何をするかわからない。呆れながら咎めると、小娘は叱られた子供のようにしょんぼりと身を縮めた。     


「まぁいい。おい、そのまま振り返らずに走れ」


「へ?」


「さっさとしろ。さもないとお前、食われるぞ」


「えぇえっ!?」


 石を投げられて怒りを顕にしたアラクネは、方向転換してルナに鋭い眼差しを向けた。蜘蛛らしく8個並んだ赤い目が、ギョロリと光る。そして残った6本の足で、獲物に向かって駆け出した。


「走れ!」


「っ、ちょっ!私はご飯じゃないってば!」


 ルナは一目散に駆け出すが、その短い足で稼げる距離などたかが知れている。すぐに追いつかれて、その毒爪が背中に迫った。だがそれが振り下ろされるよりも早く、その腹の下に滑り込んで剣を横一文字に振るう。


 ギィ、アアアッ!


 右側の爪を全て切り落とされたことで、アラクネは悲鳴をあげて崩れ落ちる。地に落ちた体躯を足場に駆け上がり、本体である上半身に斬り掛かる。女の姿をしたそれがこちらに手を伸ばして、マントに縋る。まるで町娘が慈悲を乞うようなその動きに、通常の冒険者ならば怯むのだろう。


 しかし、こちらは百年以上生きている戦士。そんな慈悲など、とうに捨てた。


 剣を両手で握り直すと、女の心臓部に深く突き立てる。一瞬、手のひらに肉を断つ感触が残る。その不快感に眉を寄せて、一気に剣を引き抜いた。黒い血が吹き出して頬を汚し、アラクネの身体が崩れ落ちる。息絶えた魔物は、もう動かなかった。


「ビョルンさん! 無事ですかっ!」


 アラクネの身体から飛び降りると、ルナが駆け寄ってきて、ちょこまかと周囲で騒ぐ。 


「やかましい」


「毒は? 怪我は? 大丈夫なんですか?」


「問題ない。この程度の毒は効かん」


 毒、と聞いて小娘の顔が真っ青になる。


「毒あるんじゃん! 毒消し、毒消しどこっ!?」


「不要だと言っている」


 まったく、騒々しい小娘だ。騒ぎ立てる小娘の頭に拳を乗せて黙らせる。痛い、と文句を言われたが聞こえないふりをした。


「そんなことより、探し物があるはずだが?」


「そんなことじゃないです。子供たちのこともですけど、ビョルンさんの身体も大事なんですからね」


 ルナが手ぬぐいでこちらの返り血を拭おうとする。その手を制して、手ぬぐいを奪い取った。魔物の血にはわずかな毒が含まれている。エルフには聞かないが、こんな小娘が喰らえばそれこそ毒消しの世話になり兼ねない。


「森の奥から声が聞こえる。さっさといくぞ」


 先程から、森の奥から子供のすすり泣きが聞こえていた。しかしそれは徐々に弱く、小さくなっていく。残された時間は、それほど多くはないだろう。


 花畑を抜けた森の最奥には、暗く陰鬱な洞窟が広がっていた。


「『灯れ』」


「ひぃっ……!」


 光が洞窟内を照らした瞬間、ルナが怯えてこちらの腕を掴んだ。その視線の先には、蜘蛛の糸に巻かれた白骨が転がっている。


「騒ぐな。おい、ナイフを貸せ」


「は、はい」


 最も手前に転がっている繭に近付いて、ナイフを立てる。ビクリと震えたことから、中身……もとい囚われた子供たちが生きていることが伝わってきた。


「今、出してやる」


 ナイフの刃先が当たらないように忠告して、一気に引き下ろす。バラバラに裂けた糸くずの中から、青白い顔をした男の子が二人、ずるりと転がり出た。


「毒にやられている。解毒しなければ命に関わるだろう」


「そんな……!」


 治療をしようにも、この場所は不潔だ。その上他の魔物に襲われる危険性が高い。 


「安全な場所に向かうぞ。お前は母親を呼んでこい」


「分かりました」


 子供二人を肩に抱えて、忌々しい絡新婦の巣を後にする。ルナは何かを考えるような顔で、隣を走っていた。

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