97_絡新婦(じょろうぐも)の巣
第97話です。
今回はエルフ視点のバトル回です。
「ビョルンさん、気をつけてくださいよ!」
ルナが茂みに隠れながら、こちらに声をあげる。アラクネは声を聞くように首を傾げ、威嚇音を発する。縄張りに入り混んだ侵入者を追い返そうとしているのだろうが、その威嚇に怖気付くことはない。知性を持たぬ獣がいくら喚こうが、人間に叶うはずがないのだから。
ギィィイイッ!
耳障りな鳴き声と共に、大きな爪が振り下ろされる。その爪の先には猛毒が滴っていて、掠っただけで致命傷になりかねない。
しかしその動きは緩慢だ。長年魔物と闘ってきた自分にとって、避けることは造作もなかった。
「次はこちらの番か」
アラクネの主な素材は爪と体毛、そして糸である。それらを傷つけないようにするために、風魔法ではなく剣で討伐する必要があった。
地面に突き刺さった長い脚を足場にして駆け上がり、アラクネの頭上に飛び上がる。そして剣を振り下ろして、前脚二本を切り落とした。
「チッ……騒々しい魔物だな」
アラクネは、脚を切り落とされた痛みと怒りで激しい鳴き声を上げ、地面を震わせる。人間よりも多くの音を拾うエルフの耳が、ズキリと痛むほどだ。
「ビョルンさん、危ないっ!」
ルナの叫び声が聞こえた。
一瞬の隙を狙う知性はあるらしい。こちらに二本目の爪を振り下ろそうとしていた刹那、横から何かが弧を描いてアラクネの側頭部を打つ。地面に転がったそれは、手のひらサイズの石ころだった。
「余計なことをするな」
「ご、ごめんなさい!つい!」
その石は、ルナが正義感に駆られて放り投げたものだったようだ。手出しは無用だと伝えたはずだが、この無鉄砲な小娘は何をするかわからない。呆れながら咎めると、小娘は叱られた子供のようにしょんぼりと身を縮めた。
「まぁいい。おい、そのまま振り返らずに走れ」
「へ?」
「さっさとしろ。さもないとお前、食われるぞ」
「えぇえっ!?」
石を投げられて怒りを顕にしたアラクネは、方向転換してルナに鋭い眼差しを向けた。蜘蛛らしく8個並んだ赤い目が、ギョロリと光る。そして残った6本の足で、獲物に向かって駆け出した。
「走れ!」
「っ、ちょっ!私はご飯じゃないってば!」
ルナは一目散に駆け出すが、その短い足で稼げる距離などたかが知れている。すぐに追いつかれて、その毒爪が背中に迫った。だがそれが振り下ろされるよりも早く、その腹の下に滑り込んで剣を横一文字に振るう。
ギィ、アアアッ!
右側の爪を全て切り落とされたことで、アラクネは悲鳴をあげて崩れ落ちる。地に落ちた体躯を足場に駆け上がり、本体である上半身に斬り掛かる。女の姿をしたそれがこちらに手を伸ばして、マントに縋る。まるで町娘が慈悲を乞うようなその動きに、通常の冒険者ならば怯むのだろう。
しかし、こちらは100年以上生きたエルフだ。そんな慈悲など、とうに捨てた。
剣を両手で握り直すと、女の心臓部に深く突き立てる。一瞬、手のひらに肉を断つ感触が残る。その不快感に眉を寄せて、一気に剣を引き抜いた。黒い血が吹き出して頬を汚し、アラクネの身体が崩れ落ちる。息絶えた魔物は、もう動かなかった。
「ビョルンさん!無事ですかっ!」
アラクネの身体から飛び降りると、ルナが駆け寄ってきて、ちょこまかと周囲で騒ぐ。
「やかましい」
「毒は?怪我は?大丈夫なんですか?」
「問題ない。この程度の毒は効かん」
毒、と聞いて小娘の顔が真っ青になる。
「毒あるんじゃん!毒消し、毒消しどこっ!?」
「不要だと言っている」
まったく、騒々しい小娘だ。騒ぎ立てる小娘の頭に拳を乗せて黙らせる。痛い、と文句を言われたが聞こえないふりをした。
「そんなことより、探し物があるはずだが?」
「そんなことじゃないです。子供たちのこともですけど、ビョルンさんの身体も大事なんですからね」
ルナが手ぬぐいでこちらの返り血を拭おうとする。その手を制して、手ぬぐいを奪い取った。魔物の血にはわずかな毒が含まれている。エルフには聞かないが、こんな小娘が喰らえばそれこそ毒消しの世話になり兼ねない。
「森の奥から声が聞こえる。さっさといくぞ」
先程から、森の奥から子供のすすり泣きが聞こえていた。しかしそれは徐々に弱く、小さくなっていく。残された時間は、それほど多くはないだろう。
花畑を抜けた森の最奥には、暗く陰鬱な洞窟が広がっていた。
「『灯れ』」
「ひぃっ……!」
光が洞窟内を照らした瞬間、ルナが怯えてこちらの腕を掴んだ。その視線の先には、蜘蛛の糸に巻かれた白骨が転がっている。
「騒ぐな。おい、ナイフを貸せ」
「は、はい」
最も手前に転がっている繭に近付いて、ナイフを立てる。ビクリと震えたことから、中身……もとい囚われた子供たちが生きていることが伝わってきた。
「今、出してやる」
ナイフの刃先が当たらないように忠告して、一気に引き下ろす。バラバラに裂けた糸くずの中から、青白い顔をした男の子が二人、ずるりと転がり出た。
「毒にやられているな……解毒しなければ命に関わる」
「そんな……!」
治療をしようにも、この場所は不潔だ。その上他の魔物に襲われる危険性が高い。
「安全な場所に向かうぞ。お前は母親を呼んでこい」
「分かりました」
子供二人を肩に抱えて、忌々しい絡新婦の巣を後にする。ルナは何かを考えるような顔で、隣を走っていた。
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※次回第98話『良薬苦しというけど、おいしく飲めた方がいい』更新は3月13日18時です




