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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
04_VS 魅了の魔女 ハル編

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60/228

60_戦いの火蓋と決戦のゴング

 ワルツの一小節目は、私にとって決戦のゴングだった。


 社交ダンスだなんて映画でしか見た事ないけれど、さも『私、当然踊れますけど?』という顔をしておく。こういう時こそハッタリが大事なのだ。


 音楽に合わせてパートナーに一礼して、腕を取りあう。うん、ここまでは完璧。


 ……で?ここからどう動けって?


「……」


 ビョルンさんに無言でぐっと腰を引き寄せられたけれど、体幹は崩れていない。むしろ観客からは非常にスムーズで自然な動きに見えるだろう。


 とはいえ、いきなりはビックリするからやめてほしい。目線で訴えかけると、面倒くさそうに眉に皺が寄った。紳士の顔じゃないですよ、それ。


「これしきで狼狽えるな」


「んな無茶な」


 こちとらダンスはおろか、異性とこうして手を取り合うことすらなかったんだってば!


 焦る私をよそに、ビョルンさんは私の右手を力強く、けれど壊れ物を扱うような繊細さで握り直した。


「あの女は随分と慣れているようだが」


「そりゃステータスが違うんでしょうよ。すみませんね、低ステータスの一般市民Aで!」


 曲調が変わり、ステップとターンを交互に混ぜたダンスが始まった。最初の優雅なステップから、少しづつ早く、そして複雑になっていく。


 周りの動きを見ようと首を動かすと、それを遮るようにビョルンさんが手に力を込めた。


「余所見をする度胸は買ってやる」


「だって、どうやって踊るか分からないんですもん」


「お前は動きを合わせるだけでいい。俺の動きだけに集中しろ」


 ライムグリーンの目がまっすぐに私を見つめる。なんだか気恥ずかしくて、逃げ出したいような留まりたいような不思議な感情が擽ったい。


 しかし彼はそんな私を一瞥するだけで、すぐにダンスの動きにシフトした。 


「すごい……!」


 驚いた。社交ダンスなんて知識ゼロなのに、ビョルンさんのリードに身を任せると、驚くほど自然に足が動く。


「お前は運がいい」


「え?」


「俺が、たかが数十年しか生きていない小僧に引けを取るとでも?」


 なんとも頼もしいお言葉とともに、ライムグリーンの瞳を歪ませて不敵な笑みを見せる。ビョルンさんがここまで感情を見せるのも珍しい。


 今の彼は、いつもの無愛想なエルフではなく騎士のように凛々しい。前髪で隠されていないおかげで、その整いすぎた顏が至近距離で見えて直視するのが辛い。


 ビョルンさんの手に促されるままに手を挙げて、ターンを一回。そして右、左、そして右にまたステップを踏む。それの繰り返し。リズム感だけはあってよかった。伊達にリズムゲームやってませんでしたからね。


 しかし悠長に構えられたのも束の間だった。 


 一度パートナーから離れて男女それぞれの列を作る。そしてステップを踏みながら入れ替わり、立ち替わりしてまたパートナーの元に戻る。


 ビョルンさんの手を取る直前、そのハプニングは起こった。


「あら、失礼」


「痛ッ……!?」


 ガクン、と左の爪先に衝撃が走る。ハルに足を踏まれたのだと気づいた頃には遅く、膝が崩れかけた。


 一方でハルは伯爵の腕の中で優雅に回転しながら、私にだけ見える角度でのみ、氷のように冷たい嘲笑を浮かべた。わざとだ。彼女は衆人環視の中で私を転ばせ、恥をかかせようとしたんだ。


 あんの性悪女! 予想以上に私たちが上手くやるからって、妨害してくるなんて!


 だが、流石と言うべきか。ビョルンさんはそんなハプニングをものともせず、私をひょいと抱えあげて一回転した。おぉ、これ映画で見たことあるな。


「無事か」 


「っ、はい。なんとか」


 踏まれた爪先はジンジンと痛む。ピンヒールで思い切り踏まれたのだから、当たり前といえば当たり前だ。正直このままダンスが続くのは辛い。


 私の状況を瞬時に理解したビョルンさんは、私の左足の下に自分の右足を滑り込ませた。 


「靴の上に足を乗せておけ」


「でも、それだとビョルンさんが痛いんじゃ……?」

 

「お前の体重ごときで、動きはそう変わらん」


「乙女に体重の話をするなんて、紳士としてどうなんです?」


「なにが乙女だ。お前ほどのじゃじゃ馬は見たことがない」


 軽口を叩いてみせると、ビョルンさんはフンと鼻を鳴らして片眉を上げてみせた。そして私が左足に体重をかけても、まるで何も影響がないかのように滑るようにホールを移動する。


 少し変わったことと言えば、先程よりもさらに私たち二人の距離が縮まったことぐらい。尖った耳が落ち着かなげにピクピクと動いている。


 ……まさか、照れてる? あんなに豪語していたくせに?


 意外な可愛げに、私の肩の緊張がふっと解けた。


「集中しろ」


 私の思惑がバレたのか、ぶっきらぼうに言う。そんな素直な耳しておいて今更カッコつけたところで、可愛らしいだけですよ。 


「石ころなりの意地ってもんを、見せてやります」


「その意気だ」


 ビョルンさんの言葉と同時に、バイオリンの旋律が一段と高く跳ね上がった。


 今、私の左足は彼の靴の上にある。普通ならバランスを崩して無様な姿を晒すはずなのに、彼が私の腰を支えてくれるおかげで滑らかに動ける。


「少し、動くぞ」


「っ、はい!」 


 ふわりと浮くようなステップ。軽快なリズムに合わせて一歩、二歩、三歩目でくるりと回って離れたら手拍子。大理石の床を叩く軽快なフットステップの音が、心地よいリズムとなって体に染み込んでくる。


 視界が万華鏡のように回り、シャンデリアの光が線となって流れていく。それでもビョルンさんの顔だけはしっかり見えた。


 ビョルンさんのリードは、ただ強引なだけじゃない。私の呼吸を読み、次の動きを指先の微かな圧力で伝えてくる。言葉を交わさなくても『次は右』『そのまま回れ』と意思疎通ができる。


「あ……」


 ふと顔を上げると、至近距離にビョルンさんの端正な顔立ちがあった。整えられていた彼のライムグリーンの髪がわずかに乱れ、そこから覗く瞳が熱を帯びて輝いている。いつもは冷たく突き放すようなその瞳が、今だけは真っ直ぐに私だけを射抜いていた。


 そのあまりの美しさと迫力に、一瞬、心臓がダンスのリズムを無視して跳ねる。


「何をしてる」


「し、集中してるんです!」


 慌てて言い返すと、ビョルンさんの目元がさらに和らいだ。和らいだどころか、口角が微かに上がり、心底面白がっているような笑みがこぼれた……気がした。


 周囲の紳士淑女たちの楽しげな笑い声。重厚なワルツの調べ。ビョルンさんのエスコートに身を委ね、音楽の波に乗る。徐々に高まりつつある熱気。それらに当てられたのか、楽しい気持ちが湧き上がってくる。


「楽しいですね、ビョルンさん」


「仕事中だ」


「仕事だって楽しまなきゃ、損ですよ」


 笑顔でそう言うと、ビョルンさんは呆れたように耳を下げる。だけどその耳の先が少し赤らんでいることなんてお見通しだ。


 ハルの悪意も、エリザベスさんとの取引のことすらも、今だけは遠い世界の出来事のように思えた。

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