60_戦いの火蓋と決戦のゴング
第60話です。
早いものでもう60話、しかしハルとの戦いは始まったばかり。エルフもやる時はやるんです、の回です。
ワルツの一小節目は、私にとって決戦のコングだった。
社交ダンスだなんて映画でしか見た事ないけれど、さも『私、当然踊れますけど?』という顔をしておく。こういう時こそハッタリが大事なのだ。
音楽に合わせてパートナーに一礼して、腕を取りあう。うん、ここまでは完璧。
……で?ここからどう動けって?
「……」
ビョルンさんに無言でぐっと腰を引き寄せられたけれど、体幹は崩れていない。むしろ観客からは非常にスムーズで自然な動きに見えるだろう。
とはいえ、いきなりはビックリするからやめてほしい。
目線で訴えかけると、面倒くさそうに眉に皺が寄った。紳士の顔じゃないですよ、それ。
「これしきで狼狽えるな」
「んな無茶な」
こちとらダンスはおろか、異性とこうして手を取り合うことすらなかったんだってば!
焦る私をよそに、ビョルンさんは私の右手を力強く、けれど壊れ物を扱うような繊細さで握り直した。
「あの女は随分と慣れているようだが」
「そりゃステータスが違うんでしょうよ。すみませんね、低ステータスの一般市民Aで!」
曲調が変わり、ステップとターンを交互に混ぜたダンスが始まった。最初の優雅なステップから、少しづつ早く、そして複雑になっていく。
周りの動きを見ようと首を動かすと、それを遮るようにビョルンさんが手に力を込めた。
「余所見をする度胸は買ってやる」
「だって、どうやって踊るか分からないんですもん」
「お前は動きを合わせるだけでいい。俺の動きだけに集中しろ」
ライムグリーンの目がまっすぐに私を見つめる。なんだか気恥ずかしくて、逃げ出したいような留まりたいような不思議な感情が擽ったい。
しかし彼はそんな私を一瞥するだけで、すぐにダンスの動きにシフトした。
「すごい……!」
驚いた。社交ダンスなんて知識ゼロなのに、ビョルンさんのリードに身を任せると、驚くほど自然に足が動く。
「お前は運がいい」
「え?」
「俺が、たかが二十数年しか生きていない小僧に引けを取るとでも?」
なんとも頼もしいお言葉とともに、ライムグリーンの瞳を歪ませて不敵な笑みを見せる。ビョルンさんがここまで感情を見せるのも珍しい。
今の彼は、いつもの無愛想なエルフではなく騎士のように凛々しい。前髪で隠されていないおかげで、その整いすぎた顏が至近距離で見えて直視するのが辛い。
ビョルンさんの手に促されるままに手を挙げて、ターンを1回。そして右、左、そして右にまたステップを踏む。それの繰り返し。リズム感だけはあってよかった。伊達にリズムゲームやってませんでしたからね。
しかし悠長に構えられたのも束の間だった。
一度パートナーから離れて男女それぞれの列を作る。そしてステップを踏みながら入れ替わり、立ち替わりしてまたパートナーの元に戻る。
ビョルンさんの手を取る直前、そのハプニングは起こった。
「あら、失礼」
「痛ッ……!?」
ガクン、と左の爪先に衝撃が走る。ハルに足を踏まれたのだと気づいた頃には遅く、膝が崩れかけた。
一方でハルは伯爵の腕の中で優雅に回転しながら、私にだけ見える角度でのみ、氷のように冷たい嘲笑を浮かべた。わざとだ。彼女は衆人環視の中で私を転ばせ、恥をかかせようとしたんだ。
あんのクソ女!予想以上に私たちが上手くやるからって、妨害してくるなんて!
だが、流石と言うべきか。ビョルンさんはそんなハプニングをものともせず、私をひょいと抱えあげて一回転した。おぉ、これ映画で見たことあるな。
「無事か」
「っ、はい。なんとか」
踏まれた爪先はジンジンと痛む。ピンヒールで思い切り踏まれたのだから、当たり前といえば当たり前だ。正直このままダンスが続くのは辛い。
私の状況を瞬時に理解したビョルンさんは、私の左足の下に自分の右足を滑り込ませた。
「靴の上に足を乗せておけ」
「でも、それだとビョルンさんが痛いんじゃ……?」
「お前の体重ごときで、動きはそう変わらん」
「乙女に体重の話をするなんて、紳士としてどうなんです?」
「なにが乙女だ。お前ほどのじゃじゃ馬は見たことがない」
軽口を叩いてみせると、ビョルンさんはフンと鼻を鳴らして片眉を上げてみせた。そして私が左足に体重をかけても、まるで何も影響がないかのように滑るようにホールを移動する。
少し変わったことと言えば、先程よりもさらに私たち二人の距離が縮まったことぐらい。尖った耳が落ち着かなげにピクピクと動いている。
……まさか、照れてる? あんなに豪語していたくせに?
意外な可愛げに、私の肩の緊張がふっと解けた。
「集中しろ」
私の思惑がバレたのか、ぶっきらぼうに言う。そんな素直な耳しておいて今更カッコつけたところで、可愛らしいだけですよ。
「石ころなりの意地ってもんを見せてやります」
「その意気だ」
ビョルンさんの言葉と同時に、バイオリンの旋律が一段と高く跳ね上がった。
今、私の左足は彼の靴の上にある。普通ならバランスを崩して無様な姿を晒すはずなのに、彼が私の腰を支えてくれるおかげで滑らかに動ける。
「少し、動くぞ」
「っ、はい!」
ふわりと浮くようなステップ。軽快なリズムに合わせて一歩、二歩、三歩目でくるりと回って離れたら手拍子。
大理石の床を叩く軽快なフットステップの音が、心地よいリズムとなって体に染み込んでくる。
視界が万華鏡のように回り、シャンデリアの光が線となって流れていく。それでもビョルンさんの顔だけはしっかり見えた。
ビョルンさんのリードは、ただ強引なだけじゃない。私の呼吸を読み、次の動きを指先の微かな圧力で伝えてくる。言葉を交わさなくても『次は右』『そのまま回れ』と意思疎通ができる。
「あ……」
ふと顔を上げると、至近距離にビョルンさんの端正な顔立ちがあった。整えられていた彼のライムグリーンの髪がわずかに乱れ、そこから覗く瞳が熱を帯びて輝いている。いつもは冷たく突き放すようなその瞳が、今だけは真っ直ぐに私だけを射抜いていた。
そのあまりの美しさと迫力に、一瞬、心臓がダンスのリズムを無視して跳ねる。
「何をしてる」
「し、集中してるんです!」
慌てて言い返すと、ビョルンさんの目元がさらに和らいだ。和らいだどころか、口角が微かに上がり、心底面白がっているような笑みがこぼれた……気がした。
周囲の紳士淑女たちの楽しげな笑い声。重厚なワルツの調べ。ビョルンさんのエスコートに身を委ね、音楽の波に乗る。徐々に高まりつつある熱気。それらに当てられたのか、楽しい気持ちが湧き上がってくる。
「楽しいですね、ビョルンさん」
「仕事中だ」
「仕事だって楽しまなきゃ、損ですよ」
笑顔でそう言うと、ビョルンさんは呆れたように耳を下げる。だけどその耳の先が少し赤らんでいることなんてお見通しだ。
ハルの悪意も、エリザベスさんとの取引のことすらも、今だけは遠い世界の出来事のように思えた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回61話『魔女の理想郷』の更新は2月17日18時です




