21_異世界にコンプライアンスはあるのか否か
第21話です。今回はコンプライアンス違反野郎に出会う回です。
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21_異世界にコンプライアンスはあるのか否か
「ビョルンさんは甘いのとしょっぱいの、どっちが好きですか?」
「食えればなんでもいい」
「なんでもいいはナシですよ。これからの参考にならないじゃないですか。選べるのはどっちか一つです。さぁ、どっち!」
「くだらん」
「もー!」
私はお肉の袋、ビョルンさんはオレンジの箱を抱えて、中央市場からギルドまでの道を歩く。道中の話題は『好きな食べ物はなにか』だ。
出会って一週間と少し経つが、私はビョルンさんのことを何も知らない。なので教えてもらおうと思ってその話題を出したのだが、ビョルンさんは素っ気なく返すだけ。
「とりあえず、今日の晩御飯の感想を聞きますからね。しっかり考えてくださいよ」
しかし、そんな和やかな空気は食堂に入った瞬間、凍りつくような緊張感とアニタさんの雷鳴のような怒号によって打ち砕かれた。
「ふざけるんじゃないよ!!!」
アニタさんは声を轟かせ、大きな手をカウンターに叩きつけた。私はビクリと肩を震わせ、ビョルンさんは表情を強ばらせ、後ろに下がるように視線で指示してきた。私は大人しくビョルンさんの後ろに下がり、そのままギルドの玄関ホールを観察した。
「よろしいかな、アニタ。これは領主であるルーンデール伯爵からの臨時徴収だ。これはルーンデールの市民の義務であり、拒否はまかり通らんのだよ」
アニタさんの前には、二人の男が立っていた。一人は質のいいシルクの衣服に身を包んだ高慢そうな男で、もう一人はその護衛らしき屈強な兵士だ。彼らは威圧的な態度でアニタさんを見上げている。
「あの人達は…」
「領主が遣わせた役人だ。奴らがここを訪れるのは大抵徴税の時だけだが」
ビョルンさんが小声で教えてくれた『徴税』という嫌なワードに顔を顰めてしまう。
「それとも、これしきの額を払えない程このギルドは困窮しているとでも?」
役人は鼻にかかった声で言い放ち、手元の分厚い書類をテーブルに叩きつけた。
アニタさんは普段の豪快な笑顔を完全に消し去り、その眼差しは鋭く冷え切っていた。彼女がこれほど怒りを露わにするのは、ギルドに来て初めてのことだった。
「この間も税を払ったばかりじゃないか!しかも、 つい半月前だ!街の発展とやらで、一体何にそんな金を使うんだい!?」
「公的な領地運営に関わることであり、お前のような一介の商人に開示する義務はない」
役人は、アニタさんの様子に臆することなく、それどころか嘲けるような人の悪い笑みを浮かべた。
「噂によれば随分と不出来な商人もいるそうだな。赤字続きの足手まといはさっさと切り捨てれば良いものを」
「あんたに口を出される筋合いは無いよ」
流石はアニタさん。やられっぱなしではなく、ちゃんと反論している。それにホールにいるギルドメンバーやビョルンさんも殺気立って役人達を睨みつけていた。正直なところこんなにヒリついた空気は初めてで、緊張してしまう。だが、私は失念していた。こういう時、感情を出してしまえば格好の餌食だということに。
「…ほう、新顔か?」
「…!」
役人の品定めするような視線に寒気がする。たしかに今、この場にいるギルドメンバーの中で最も若輩な女は私だけだ。所謂『格好のカモ』というやつだ。しかしこの世界のルールが分からない以上、下手に口を開かないほうがいい。私はビョルンさんの陰に隠れながら、慌てて頭を下げた。
「その子は関係ない。払えばいいんだろ、払えば」
アニタさんは悔しそうに顔を歪ませた。まだ出会って日は浅いけれど、彼女がどれほどこの街とギルドを愛しているかを知っている。だからこそ、その悔しさが痛いほど伝わってきて、こちらも胸が痛かった。
役人は満足げに笑い、金貨が入った袋を兵士が回収する。
「では、失礼する」
アニタさんの顔色が悪いのが心配で、たまらず中央のカウンターに駆け寄った。
「アニタさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、ルナ。みっともないとこ見せちまったねぇ」
「顔色が良くないですよ、少しお休みになった方が……」
アニタさんに気を取られていて、立ち去ろうとしていたはずの役人が戻ってきていることに気が付かなかった。役人に腕を掴まれて後ろに引っ張られる。
「な、なに…!?」
「気の毒なことだ。こんな若い娘まで働かせているのか、アニタ」
「その子はうちのメンバーだ。手を離しな!」
「たかが商人が私に命令できると思っているのか?」
掴まれた腕に力が込められて、骨が軋む。細っこい役人だと思っていたのに、力では敵わないようだ。
「なぁ小娘、無能なギルドマスターに飼われる必要は無いだろう」
「っ、アニタさんは素晴らしい経営者です!」
しまった、思わず反論が口から出てしまった。腕から手を離されたと思ったら、今度は顎を掴まれる。そして品定めをするように、つま先からゆっくりと見上げた。男の視線が不快だが、ここで負けたくなくて必死に睨んだ。
「貴様、歳は?」
「…25です」
「ふむ。思ったよりは年増だが…まぁいいだろう」
25で年増扱いは心外だが、今は黙っておこう。さらに睨みつけてしまったが、顎を掴んだ手に力がこもるだけだった。世が世ならコンプライアンス違反で訴えられるのにな、このクソオヤジ。
「女の価値というものはな、若いうちが勝負だ。このまま赤字続きのギルドにいても、すぐに『商品価値』は落ちるぞ?」
「商品価値?」
「貴様ほど若い娘なら、娼館の方がよほど稼げる。私が今、買ってやろうか? そうすれば、すぐにこの税金ほどの額は一日で賄えるだろう」
役人はアニタさんから受け取った金貨の袋をこれ見よがしに見せつけて、下世話な笑みを浮かべる。
最悪な下ネタに頭に血が上る。これまで上の連中から受けたどのセクハラ発言よりも酷い。体格が貧相だとか面白みがないとか、それらの侮辱とは比べ物にならない。だが、今ここで反論してしまえばアニタさんやギルドメンバー、そしてビョルンさんに迷惑がかかる。
耐えろ、耐えろ…!
「ゼルマン、お前…!!」
私への侮辱に耐えかねたアニタさんが、役人の名を叫んだ。その瞬間、嵐のような激しい風が玄関から吹き荒れた。ビョルンさんの全身から強烈な殺気が噴き出したのだ。
「ビョルンさん、ダメです!」
ビョルンさんの気迫に怯んだゼルマンの腕から抜け出して、ビョルンさんの手を強く握りしめた。
「あなたはもう魔法を使っちゃダメです。倒れちゃいますよ…!」
私の制止でビョルンさんはギリギリのところで踏みとどまったが、その瞳は純粋な怒りで燃え盛っていた。こんなことを言う場合ではないけれど、私が受けた屈辱を彼が晴らそうとしてくれたのは素直に嬉しい。だがその結果、彼が牢獄送りになるのはゴメンだ。
ゼルマンと呼ばれた役人は、ビョルンさんから放たれた純粋な暴力の予感に、顔面を蒼白にさせた。彼はルナに向けた侮蔑的な笑みを消し去り、恐怖に震え上がった。
「な、なんだ、貴様……公務執行妨害だぞ……!」
ゼルマンはそう叫んだが、声は上ずり、腰が引けている。
「……」
ビョルンさんは一言も発さずにゼルマンを睨みつけた。その沈黙と殺気だけで、ゼルマンは完全に黙らされた。
ゼルマンはもう私やアニタさんに絡む余裕も、勝利の言葉を吐く気力も失っていた。彼は慌てて護衛にアイコンタクトを送り、ギルドの扉へと逃げ出した。
「お、覚え、ていろ……!次は、必ず、倍にして徴収してやるからな!」
そう言い残し、ゼルマンは護衛と共に転がるようにギルドを後にした。
「はぁ…」
ゼルマンの吐き捨てた言葉と、屈辱的な空気に、全身から力が抜けるような感覚を覚えた。
その時、私の肩に、ビョルンさんの手が優しく置かれた。
「小物の戯言など、気にするな」
ビョルンさんはキッパリと言うと、手に力を込めた。彼の目には、先程私に向けられた侮蔑への、静かで深い怒りが宿っていた。
「はい。怒ってくれてありがとうございます、ビョルンさん」
「礼を言われることではない」
素直じゃないエルフはそう言ってそっぽを向いた。
ゼルマンたちが完全に去った後、アニタさんはすぐに私の元に駆け寄って来て、掴まれていた腕や顎を優しく撫でてくれた。
「ルナ!怖かったろう、大丈夫だったかい?」
「私なら平気です。ビョルンさんが守ってくれたので…」
「そうかい。よかったよ」
アニタさんは顔を歪めて、重い溜息をついた。
「ちくしょう……このままじゃ、本当にギルドが潰れちまう」
理不尽な搾取、横暴な権力。これこそが、このルーンデールの経済を停滞させ、多くの住民の生活を脅かしている原因なのだろう。
「どうして、こんなことに…?」
ビョルンさんを見上げると、珍しく苦しそうな顔を見せた。代わりにアニタさんが教えてくれる。
「領主様は、今の奥様と結婚するまでは良い経営者だったんだ。それに前の奥様はとても頭のキレるお方でね、そのおかげでこの領地は潤ってた。王都に引けを取らなかったくらいさ」
アニタさんは懐かしむように遠くを見つめたが、今度は悔しそうにカウンターに目線を落とした。
「だけど今の奥様に変わってから、税は重くなる一方さ。多方奥様がいなくなっちまって、政治にガタがきてるんだろう」
どんなに努力して成果を出しても、それを権力者たちに吸い取られる。やりがいという耳障りの良い言葉だけを並べられて、馬車馬のようにこき使われ、尊厳すらも踏みにじられる。この街の経営はまるでブラック企業だ。あぁ、クソ、腹が立つ。
「みんなが稼いでくれた金を馬鹿みたいに使われて…みんなに申し訳が立たないよ。すまない、本当にすまない…!」
「アニタさんのせいじゃないよ!」
「そうだよ!あんたは悪くない、悪いのは領主様だ!」
玄関ホールにいた商人たちに頭を下げるアニタさんに、商人たちは口々に反論した。
アニタさんやギルドメンバーの悔しさと、理不尽な搾取を目の当たりにして胸が締め付けられる思いだった。特に他人のために怒り、悔しがるアニタさんの姿に、『なにか力になりたい』という強い衝動に駆られた。
隣に立っていたビョルンさんを見上げて、一つお願いを口にする。
「ビョルンさん、もう少しだけお付き合いいただけませんか。明日の仕込みを増やしたくて」
「奇遇だな。俺もそう考えていた」
ビョルンさんは静かに頷いた。しかし前髪に隠されたライムグリーンの瞳はいつもの気だるげな光ではなく、燃えるような決意に満ちていた。
「あの役人が間違いだったことを、私たちで証明してやりましょう!」
これは、一介の行商人としての発言ではなく、腐敗した上層部に立ち向かう元社畜OLの宣戦布告だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※次回更新は1月22日18時です




