16_エルフが守りし秘密の森
第16話です。
やっと少しファンタジーな場所にやってきました。ルナはカレーをスパイスから作る派です。
16_エルフが守りし秘密の森
街の城門を抜けて街道から外れた小道を少し進むと、蔦や茨が鬱蒼と生い茂る森の入り口が現れた。しかし不思議と怖いとは感じず、むしろ少しワクワクしてしまう。だってゲームの隠し通路みたいなんだもの。
「早く来い」
狭い道でも迷いなく進んでいくビョルンさんが振り返りもせずそう言う。慌てて森の中に入ると、狭い道では枝や草木が頬を掠めて擽ったい。しばらくその狭い道を進んでいると、急に視界が開けた場所に出て、足を踏み入れた瞬間眩い朝の光が目をさした。
「う…わぁ…!」
明るさに目が慣れてきて、もう一度前を向くと、そこにはこれまでの薄暗い森とは全く異なる光景が広がっていた。
「きれい……!」
思わず語彙力が霧散するほどに、その森はとにかく美しかった。
森の中は、艶やかな翡翠色の苔が地面を絨毯のように覆い、頭上には若葉や萌黄色の葉をつけた巨木が天高く伸びていた。枝葉の間からは金色の朝日がシャワーのように降り注ぎ、羽ばたく蝶の羽がステンドグラスのようにキラキラと輝く。空気はひんやりと澄んで、甘く清らかな花の香りが満ちている。そして木々に留まる小鳥たちは音楽を奏でるように、絶えずおしゃべりをしている。まるで、おとぎ話に出てくるような幻想的な森に、思わず感嘆の息が漏れた。
「此処は俺の貴重な薬草採集ポイントの一つだ。他言は無用。そして勝手に触るな。また毒で倒れられてもかなわん」
彼の言葉は厳しいが、その横顔にはわずかに誇りのようなものが垣間見えた。
「わかりました。…あ、でも、鑑定はしてみてもいいですか?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
興奮しながら茂みにしゃがみこんで、足元に生える様々なハーブを観察した。どれもこれも、教会の書庫の図鑑でしか見たことのないような珍しい薬草ばかりだ。青い花は毒消しポーションに使われる素材で、紫色の花はたしか魔力向上のポーションだったかな。
「ん……?」
ふと目に留まったのは、地面に群生する鮮やかな黄色の小さな花と、その傍らに生える赤茶色の根を持つ植物、そして黒い粒をつけた蔓草だった。なんだかとても見覚えがある気がする。
「えぇと、鑑定をするには…」
眼鏡をかけ直して、じっと目を凝らすが何も起こらない。ビョルンさんは、はぁと大きなため息をついて仕方なさそうに教えてくれた。
「魔法道具を使うなら呪文を唱えろ。『ステータス鑑定』、それでいい」
「ありがとうございます、やってみます!」
なるほど、起動には呪文が必要だったのか。ますますファンタジーみのある魔法道具に心が踊る。
「よし、『ステータス鑑定』!」
ピピッ…
起動音とともにレンズ越しで見たそれぞれの植物の上に小さな紋様と文字が浮かび上がる。試しに黄金色に輝く花のステータスを読み上げてみた。
『太陽の涙:抗炎症作用、弱い毒性』
ターメリックって、あのターメリック?
もしかして私は異世界人だから、鑑定スキルで鑑定したもので日本と同じ物があるとその名前も表示されるのかもしれない。
うーん、と唸っていると、ビョルンさんは補足するように続ける。
「『太陽の涙』は少量ならば抗炎症作用があるが、多量に摂取すれば発熱と吐き気を催す厄介な薬草だ」
次は隣の赤茶色の根を持つ植物を見た。
「『炎の球根』は、発汗作用と高い薬効。風邪薬としても使われる」
「刺激が強いが、薬味としても好まれる。シロップ漬けにしたものがギルドの露店でも売られていた」
「なるほど…ではこちらの、『黒の炸裂丸』というのは?」
「刺激の強い身を持つ薬草だ。薬としては温熱作用が挙げられるが、ポーションや肉の味付けにも使われる」
ビョルンさんが差し出した黒い実を、ひとつ摘んで噛み砕く。するとびりりとした刺激が舌に走って思わず飛び上がった。
「辛っ!」
「一粒でかなり刺激が強いので、主に使われるのは粉末にしたものだ。主に温暖なところで扱われるが、このエルフの森は栄養が豊富な上に天候も安定しているため多様な植物が育つ」
「エルフの森、素晴らしい場所ですね…!」
ビョルンさんはそう教えてくれたけれど、今私の頭の中では日本のスーパーマーケットのスパイス売り場が鮮明に浮かび上がっていた。『太陽の涙』は日本のターメリック、『炎の球根』は生姜、『黒の炸裂丸』は胡椒に間違いなさそうだ。つまり日本の食べ物とこちらの食べ物では、ある程度の類似性があるということ。
これなら作れるかもしれない。発熱と刺激!香り豊かなスパイス!そしてルーンデールは穀倉地帯!これこそが皆に感謝を伝えるための感謝の品、みんな大好き、カレーライスが!!
「ふ…ふふ…ねぇビョルンさん。こちらの薬草、幾つか持って帰らせていただいてもよろしいでしょうか。是非とも試してみたいことがありまして……」
あまりの興奮に魔女のような笑い声が出てしまい、ビョルンさんは完全にドン引きしていた。
「大丈夫です。悪いようにはしませんよ…すっごく美味しく調理するだけなので…」
「…好きにしろ」
ビョルンさんは表情を引き攣らせながらも、渋々承諾してくれた。他にもカレーに使えそうなハーブがたくさん生えていたので、ビョルンさんのご指導のもと、さまざまなハーブや素材を手に入れることができた。ビョルンさんは不思議そうにしていたが、私にとってそれらの素材は宝物に思えた。
「満足したか?」
「はい、それはもう!素晴らしい収穫でした、ありがとうございます」
「ならいい」
ビョルンさんは茂みに片足をついて、中央にそびえる巨木祈るように頭を下げた。守り神かなにかなのか分からないけれど、おそらくエルフの感謝の表し方なのだろう。
私もビョルンさんの隣に膝をついて、深く頭を下げた。
「お恵みに感謝いたします。大切に、使わせていただきます」
そんな私をビョルンさんは何も言わずに一瞥したが、少しだけ表情が和らいだ気がした。
「まだやるべき事がある。来い」
「えっ?は、はい!」
ビョルンさんはそう言うと、巨木の幹に空いた大きな洞の中に入っていく。真っ暗な穴の中に一体なんの用があるか分からないけれど『来い』と言われるとついて行くしかない。
「『灯れ』」
ビョルンさんの声が洞の中に響いて、ポウッと淡い青色の光が灯る。どうやら光っているのは足元のキノコのようだ。この世界には呪文で光るキノコなんてものがあるんだなぁ。
「足を取られるな」
湿った地面を指さしながら、ビョルンさんはぶっきらぼうに言う。洞の中は狭く、ビョルンさんの大きな体は窮屈そうだ。
「あの、この中に何が…?」
「隠し通路に繋がっている」
ビョルンさんは乱暴にこちらの腕を掴むと、前に前に歩き始めた。私の腕を掴む手は力強いけれど、前のように痛みは感じない。言葉にはしないけれど、こちらが転んでしまわないように気遣ってくれているのだと分かる。
湿った土と苔の匂い、そして光るキノコが照らす細道を暫く歩いた。中腰に屈んだ足腰が悲鳴をあげ始めた頃、ようやく開けた場所に出る。
「着いたぞ」
先程よりも巨大な木々がそびえ立ち、その中心には淡い銀色の光を放つ泉があった。水面からは微かな薬草の香りが立ち上り、泉の底には青白い光を放つ柱が沈んでいる。
「ここは一部のエルフしか知らない『癒しの泉』だ」
泉の水は、吸い込まれるように透明で、見るだけで心が洗われるようだった。
「この水はポーションの材料にもなる貴重なものだ」
ビョルンはそう言うと、持参した水筒を泉に差し入れ、ゆっくりと水を汲み始めた。その横顔は、わずかながらも安堵と優しさを帯びていた。
「飲め」
「えっ!?でも、これは貴重なものだって…」
「お前の回復を早めるためには、この水が最も効率的だ」
ビョルンさんがこの秘密の場所に連れてきてくれたのは、自分の体力回復のためだったのだ。彼の不器用な優しさが、胸にじんわりと広がる。
「ビョルンさん……本当に、ありがとうございます」
「これも効率的な商売のためだ」
泉の水を一口飲むと、全身に清らかな力が巡るのを感じた。 それに。
「…甘い」
「当然だ。この湖は樹密が溶けだしているのだからな」
「樹蜜って、この周りに生えている木の蜜ですか?」
「そうだ」
頷くと、ビョルンさんは近くにあった巨木に小刀で傷をつける。そして鞄から瓶を取り出してその蜜を掬いとった。水飴のように透明でとろりとした液体が瓶を満たすと、辺りに甘い香りが広がった。
「この樹蜜は特別甘くて滋養に効くと言われている。これを少し混ぜるだけでも、ポーションの飲み難さは改善される……かもしれない」
「かもしれない?」
ということは、まだこの樹蜜は材料として組み込まれていないということだ。その時、初めてす過ごした日、疲労回復ポーションの味について話したことを思い出した。
「もしかして、この間のことを覚えていたんですか?」
「生産者の努力義務、なんだろう」
バツが悪そうに目線を逸らしながらそう言うビョルンさん。
「そうですね。戻ったら早速試作しましょう」
肩を軽く小突くと、彼はフンと鼻を鳴らして腕を組んだ。まったく、この人は本当に素直じゃないんだから。
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※次回更新は1月17日18時です




