121_感動の再会なんて似合わない
第121話です。
檻の中にいるのに、全てが順調に行くわけがなくて……!?
「な、なんだあの女は……! まさか、二匹も……」
観客の間にどよめきが走る。だが司会者は顔色を変え、次の鉄門を開かせた。
「最後だ! ケルベロスを放てッ!!」
闇の中から現れたのは、三つの頭を持つ飢えた魔犬、ケルベロスだった。
グルァァァァッ!!!
三つの頭。燃え盛るような紅蓮の瞳。あまりの威圧感に観客すら静まり返る。
鎖に繋がれ、何日も餌を与えられていなかったのだろう。六つの赤い瞳が、目の前の小さな獲物…つまり私を捉え、狂ったような咆哮を上げた。
「ちょっとちょっと、そんなの聞いてないんだけど…!?」
とりあえず距離を取らなきゃ、まずい!
本能的にそう感じて私は全力で反対側にダッシュした。
ケルベロス。小説や漫画で見た事あるけれど、見るのは当然初めてだ。あんなに大きくて獰猛な魔物にどう立ち向かえって言うのか。
「……っ、はぁ、はぁッ!」
絶望的な状況。体力も尽きかけて、数日何も食べていないせいで頭が回らない。喉は焼け、全身は砂と傷にまみれている。だけど簡単に死んでなるものか!
逃げ惑う私の姿に満足したのか、司会者がバルコニーから愉悦に満ちた声を張り上げた。
「さぁ、その目で最期を見届けろ! 地獄の番犬が裏切りの乙女を食い荒らす様を!」
ケルベロスが、逃げ場のない私に向かって跳躍した。私の全力疾走がなかったように、たった3歩で追いつかれた。
「あっ……!?」
影が降ってきた。と、次に気がついたら遠くの天井を見上げていた。巨大な前足に地面に縫い付けられているのを知ったのは、赤い6つの目に見下ろされたあとの事だった。
「やばい、死ぬ…!」
直感で死を覚悟したその瞬間、瞳に映ったのは、ケルベロスの首に食い込んだ首輪だった。
そして彼らの瞳は、それぞれ苦しみに歪んでいた。その目があまりにも苦しくて、悲しげで、思わず震える手をケルベロスの真ん中の頭へと伸ばした。当然、ケルベロスは抵抗するように牙を剥く。
はい、死んだ!
またしても死を覚悟したが、ケルベロスは試すように私を見下ろすだけでまだ爪を立ててはいない。
「よーしよし……いい子ね、動かないで。今、外してあげるから」
ケルベロスの巨大な前足に押し潰されそうになりながらも、震える手で髪から一本のヘアピンを引き抜いた。
魔獣の強靭な皮膚に食い込み、不気味な紫の光を放つ「隷属の首輪」と、それを繋ぐ極太の鎖。これがきっと、この子達を苦しめているんだ。もし、このまま死ぬとしても、この子達は自由にしてあげたい。それが私にできる、この場の醜悪な人間たちへの復讐だ。
「もう、ちょっと!」
私は歯を食いしばり、首輪の鍵穴にヘアピンを差し込んだ。だが、魔力で強化された鉄は簡単には受け入れてくれない。
パキッ。
無慈悲な音が響き、手応えが消えた。指先に残ったのは、折れ曲がった小さな金具の破片だけ。
「お、折れたーッ!!」
折れやがった! この大事な局面で!!
ケルベロスの三つの頭が同時に低く唸る。苦痛と隷属の魔法に理性を塗りつぶされた魔獣の瞳に、赤い殺意が戻っていく。
「ご、ごめんってば! も、もう1本あるからタイム!」
思わず謝るが、ケルベロスはジワジワと私の胸に爪を立ててくる。ごめんって! 不器用でごめん!
司会者や観客から嘲笑が沸き起こる。その傍らで主催者だけが笑みを消して、私を見下ろしていた。
「無駄な足掻きだ! 今度こそその薄汚い犬に、喉笛を噛みちぎらせて……」
司会者の声が響いて、今度こそ獣の爪が胸を突き破る。鋭い痛みを覚悟した。
「不愉快だ」
天を衝くような冷徹な声が、熱狂する闘技場を瞬時に静寂へと叩き落とした。
ドォォォォォンッ!!
次の瞬間、闘技場の天井を支えていた巨大な石柱が、内側から爆発するように粉々に砕け散った。降り注ぐ瓦礫の中、上空から一筋の白銀の閃光が走る。そして次の瞬間炎が爆ぜて、観客席から火がたちこめた。
その炎の中に揺れる金糸の束と、鋭く光るライムグリーンを見た時、私は反射的に彼の名前を呼んだ。
「ビョルンさん!」
「伏せていろ」
頭を守るように伏せた瞬間、目の前でケルベロスを繋いでいた呪いの鎖が跡形もなく弾け飛んだ。
舞い散る土煙の中から、ビョルンさんがゆっくりと優雅にマントを揺らしながら降りてくる。エルフって飛行術も使えるんですね、初めて知りましたよ。
「グルゥ……?」
自由になったケルベロスが、戸惑うように三つの頭を振った。ビョルンさんはケルベロスの紅蓮の瞳を正面から見据え、静かに言い放った。
「貴様が誇りある魔獣なら、誰に牙を剥くべきか理解しているはずだ」
ケルベロスの六つの瞳が、私とビョルンさんを交互に見つめる。そして、彼らは私の胸に鼻を押し付けて。
「クゥン」
と可愛らしく鳴いた。え、なにこれ、かわいい。
思わず真ん中の犬を撫でると、左右の犬たちもまるで『僕も』と言うように私の手に頭を擦り付けてきた。フスフスと鼻息が肌を掠めて擽ったい。
「あははっ、くすぐったいよ」
「フンフン」
「ふふ、いい子ねぇ」
ひと通り撫でてやると満足したのか、彼らの殺意の矛先は、一瞬にして観覧席の上層、自分たちを弄んだ司会者と観客たちへと向けられた。
「よし、行っておいで!」
「ワォン!」
元気よく吠えるとケルベロスは司会者に向かって牙を剥いた。司会者と観客は悲鳴をあげて逃げ惑い、ケルベロスはまるで羽虫でも散らすかのような勢いで走り抜けて行った。
「ルナ!」
阿鼻叫喚の会場を見下ろしながら、ビョルンさんが闘技場に降りてきて駆け寄ってきた。こんなに焦っているビョルンさんは初めて見るかも。
「遅いですよ、ビョルンさん」
私は泥だらけの顔で、笑みを浮かべて立ち上がった。ちょっとふらつくけれど、倒れ込むなんてみっともない真似はしない。
「ご心配なく。今回も後でキッチリ!慰謝料を請求させて頂きますか、ら……!?」
気付けば私は、何かとても暖かいものに包まれていた。
「ほぎゃあぁ!?」
そう、私はビョルンさんの腕の中にいたのだ。慌てて飛びのこうとするけれど、彼の腕から抜け出せない。
「び、ビョルンさん!? なに!? なんなの!? 寝てなくて頭おかしくなりました!?」
「……うるさい」
しかしその声はいつものトゲトゲしさはなく、優しくて穏やかだった。私に向けられたこんなに優しい声は、久しぶりに聞いた気がする。彼は私の心音に耳をすませるように、首元に顔を埋めてきた。
「ちょお!?は、離れてください!私、今、すっごく汚い格好で」
「構うものか」
ビョルンさんの腕の力は強くなるばかり。それにつれて、私の涙腺が緩んでしまいそうで必死に突っぱねる。が、意地悪なエルフは全く離そうとしてくれない。
「う、うぅ……もう、離してってば」
「断る」
「この……意地悪、唐変木、バカ!」
「……今は、甘んじて受け入れてやる」
ビョルンさんが私の背中を優しく、宝物に触れるように撫でた。そんなに急に、優しくしないでよ。
本当は、怖かった。ビョルンさんにこのまま見捨てられたらどうしようって。このまま魔物に食べられたらどうしようって。怖くて不安で、仕方がなかった。
「ふ、ふぐぅうぅ……!!」
でも絶対、絶対泣いてなどやるものか!! このバカエルフに慰められたところで、私が受けたこの屈辱を帳消しさせるわけにはいかないのだから!!
「……怒っているか」
「あっっったりまえでしょ!この……!!馬鹿野郎ーーッッッ!!」
「うぐっ!?」
私は渾身の怒りを込めて、ビョルンさんの腹に拳を叩き込んだのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第122話『三つ首ワンちゃんケルベロス』更新は4月6日18時です




