119_贖罪の旋風(つむじかぜ)
第119話です。
前回に引き続き、エルフ視点でのお話。冒険者に襲撃された里を救うことはできるのか……!?
バッシュとともに集落に戻ると、至る所から火が立ち上っていた。昼間の穏やかさはなく、焦げ臭い匂いと女たちの悲鳴、男たちの怒号が満ちている。
「バッシュ、子供たちを守れ。俺は前衛に出る」
「わかった。気を付けて!」
「お前もな」
集落の広場は略奪と破壊の真っ只中にあった。十人程度の冒険者が、逃げ遅れたオークの女たちを追い回している。
俺は一歩、踏み出す。
「止まれ」
俺の声は、戦場の喧騒の中でかき消されるほど静かだった。だが、次の瞬間、足元を中心に発生した猛烈な衝撃波が、火を噴く家々の炎をなぎ払い、冒険者たちを地面に叩き伏せた。
「な、なんだ!? 誰だ、貴様!」
リーダー格と思われる大男が、這いつくばりながら俺を睨みつける。その男の装備から不相応な、鑑定グラスが地面に転がり出た。
それを見た瞬間、ルナの顔が思い浮かぶ。アニタに初めて貰ったプレゼントを、あの小娘は毎日大切そうに磨いていた。その宝を、こんな下賎な男が持っているなんて。
「それを、どこで手に入れた?」
男はグラスを指で弄りながら、下卑た笑いを浮かべた。
「昼間殺した小娘から剥ぎ取った」
音が、止まった。目の前が真紅に染まる。
「つまらねぇ小娘だったぜ。悲鳴もあげねぇから、いたぶり甲斐もねぇ……」
風が、荒れ狂う刃となって集落を包み込んだ。
「ぎ、ぎゃああああ!」
周囲の冒険者たちが、悲鳴を上げる暇もなく宙に舞い、不可視の刃によって鎧ごと四肢を刻まれる。呪唱すら介さず、風の剣は冒険者の鎧を紙のように切り裂き、鮮血を撒きらす。
しかし魔法を止めることはない。
悲鳴をあげることすら許さない猛攻が冒険者を襲い、惨めに地面に倒れ伏す。しかしそれだけで済ませるわけがない。その腹に足をかけ、右手には魔力を込める。
「ハッ……ンだよ、怒ってんのか?」
「……黙れ」
「あの小娘、デカい口叩いたくせに、弱っちぃ奴だった。みっともなく泣いて喚けば、こっちだって手加減してやったのに」
「黙れと言っている」
「っ、あああ!」
冒険者の肩に風の刃を振り下ろす。鮮血が広場を汚し、その騒々しい口からさらに耳障りな悲鳴が轟いた。
「小娘ですら、悲鳴をあげなかったのだろう」
掌に力が篭もる。
「貴様は、無抵抗の娘に……俺の同伴者に、何をした。言え。さもなくばこのまま、生きたまま肉を削いでやる」
背後から、さらに数人の冒険者が不意打ちを仕掛けてきた。だが、俺は振り返りもせず、空いた左手を掲げる。
「っ、わぁああっ!?」
呪文とともに盛り上がった土壁が迫ってきた男たちに襲いかかり、津波のように巻き込んで飲み込んでいった。
もはや、それは戦闘ではなく、ただの蹂躙だった。
その様子を見て、リーダーの男は顔面蒼白で逃げるように後ずさった。
「っ、殺してない! 殺してないから!」
「それで罪を免れるとでも?」
「港の、外れに…! 闘技場が、ある。そこに売った! 女は、高値で売れる。元々、オークをそこで売るつもりで……!」
この集落を襲ったのは、人身売買の為だったか。
「下衆め」
燃やされた家屋や崩れたテントを見て、激しい怒りが込み上げてくる。故郷をこうも辱めた罰は、ただ一度命を奪うだけでは足りないくらいだ。
だがさらに、火のついた油に燃料が投下された。
「あの女だって、大人しくガキを渡せばよかったんだ!そうすりゃ、死ぬより酷い目には……!」
「もういい」
これ以上汚い口から出る音を、この里のオークたちに聞かせるわけにはいかない。俺はいよいよ拳を握り、とどめを刺すために魔力を収束させた。男の顔が絶望に歪む。
「兄さん、待って!」
しかし魔力の旋風が男を貫く直前、ユフィリアが俺の腕を掴んだ。
「殺しちゃダメっ! その人達は冒険者なんでしょう? 兄さんが殺したら、っごほ……」
「ユフィ!」
俺は慌てて倒れかけた彼女を抱きとめる。彼女の呼吸は浅く、身体は毒でひどく熱い。しかし彼女は必死に言葉を紡いで、俺の理性を引き留めようとしていた。
「兄さんがこの人を殺したら、ルナと旅……できなく、なっちゃう」
「……見逃せというのか?」
「違うわ。私たちに任せて、兄さんは早くルナの所に行かなきゃ……!」
その言葉に身を固くする。たしかに彼女の言う通りだ。だがユフィリアを、この里をこのままにしておけるものか。俺の迷いを察したのか、彼女はキッと睨みつけて、そして。
ゴッ!
「しっかりなさい!」
ユフィリアはその小さな身体から発せられたと思えない大声と共に、俺の頬を打ったのだ。いや、拳で頬を殴りつけたとも言える。
「兄さんには本当に感謝してる。私やこの里を助けるために、ずっと頑張ってくれたんだよね」
ユフィリアは俺の顔を覗き込んだ。その翡翠の瞳は以前のように輝き、頬も薄桃に染まっている。
「私、ルナが来てからすごく元気になったの。あの子が毎日毎日、美味しいご飯を作ってくれたから」
そして、ユフィリアは暖かな手のひらで俺の手を握る。前に触れた時は血の気を感じさせなかった手は、明らかに血色が戻っていた。
「『ビョルンさんは忙しいから』って、里の手伝いは全部ルナがやってくれてたのよ」
彼女の言葉に、心臓を掴まれるような思いだった。俺が彼女から目を背けた十日あまりの日々、ずっと彼女は俺の背を守っていたのだ。
「あの子がどれだけ、この里の人に愛されているか……わかるでしょう?」
バッシュは人懐っこい子だが、弟であるガズは内向的で同族にすら心を開く機会が少ない。そんなガズが焦燥を顕にし、我先にと行動する姿は見たことがなかった。それはルナがガズの心を溶かした証拠であるとも言える。
「……あぁ」
彼女は、確実にこの里の中で居場所を築き上げた。たった一人、孤独に打ちのめされながら。
「だからね、兄さん。いちばん大切な人を蔑ろにしちゃダメ」
「……お前の言う通りだ、ユフィ」
ユフィリアは俺を優しく抱きしめて、そして背中を叩く。
「いってらっしゃい、兄さん」
その顔は穏やかだが、有無を言わせぬ圧を感じさせた。
振り向くとガロールやバッシュ達が捕縛した冒険者たちを連れて戻ってきたところだった。バッシュが駆け寄ってきて、俺たちの足元で泡を吹いて気絶した冒険者も回収する。
「ビョルン」
ガロールが静かに俺の名前を呼んだ。その声には慈愛と叱咤、そして激励の色が滲んでいる。
「行ってくる」
俺の言葉にユフィリアは頷いて、満足そうに目を閉じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
画面下より☆の評価、感想、レビュー、リアクションなど、ポチっとお気軽にいただけると嬉しいです!いつもしてくださる方、本当にありがとうございます。励みになります。
※次回第120話『檻の中の商人。ただし閲覧料金は頂戴します』更新は4月4日18時です




