118_二度目の後悔
第118話です。
今回はエルフ視点でのお話です。OLの危機にはまだ気付いていないエルフですが、救出に間に合うのか……?
その日も変わらず、集落の外へと向かった。
「……やはり、酷くなっているな」
原生林の足元が、昨日よりも黒く変色している。この里のことは何十年も見守ってきたが、こんな現象は初めてだ。未だ解決策は見つかっていない。ここまで酷く複雑で、成長速度の早い瘴気は初めて見る。
「急がなければ」
自室に引き返し、埃を被っていた古い魔導書を次々と開き、計算式を書き殴る。俺が解決しなければ、この里は終わる。その焦燥だけが俺を突き動かしていた。
どれほどの時間が経っただろうか。
「ビョルンさん、ごはんの時間ですよ」
何度も聞いた小娘の声に、俺は何も返さない。
机に何度か食事が差し入れられ、その度に俺は「入るな」と、ろくに相手もせず追い返していた。この頃は返事すらも億劫で、無視を貫いていた。
「急ぎの状況っていうのは分かりますけど、たまには息抜きしたらどうです? 違った視点を取り入れるっていうのも、成功必要なプロセスですよ」
俺はなにも答えない。
「ユフィリアさんだって、ビョルンさんのことを心配して」
ユフィリア、その名前に勝手に口が反応する。
「ユフィリアには、何も言うな」
元からそう強い身体ではないのに、ユフィリアは毒に侵された身体で必死に戦っているのだ。余計な手出しは無用。
「……!」
小娘は鑑定グラスの奥の琥珀の瞳を苦しげに歪めて、小型犬のようにギャン! とけたたましく叫んだ。
「わかってます!」
いつもと違って、今は非常に耳障りでうるさく感じる。指をひとつ鳴らして、風を起こすと小娘を扉の外に放り出した。相変わらず何かを吠えているが、今は構う時間がない。
俺はこの里を、ユフィリアを救わねばならないのだから。
「クソ……何故だ?」
だが、どれほど試したとて、瓶の中の汚染された土は正常に戻らない。自然発生的な瘴気ならば、この魔術で浄化されるはずなのだ。それなのに、何故。
「まさか……何者かの手が、入っているのか」
最悪な予想に血の気が引いた。しかし、この目で確認しなければならない。さもないと、手遅れになる可能性が高くなる。そうなれば、ユフィリアは……。
しかし焦燥を掻き立てたのは、ユフィリアとは別の光景だった。手の中に残る、今にも失われそうな重み。それはあの小娘の命の重みだった。それがこの手からこぼれ落ちることを、今の俺は恐れている。
なぜ?
……いいや、今考えるべきことではない。
首を振って雑念を振り払う。そして俺は手早く荷物をまとめて部屋をあとにした。
眩しい陽光に目を細めながら広場へ出ると、なにやら広場が騒がしい。しかしその喧騒は楽しげなものではなく、不安と怒りに満ちていた。
「……なんだ?」
広場には小娘の姿はなく、調理場も静かで人の気配は無い。
「あぁ、ビョルンおじさん! 」
血相を変えて駆け寄ってきたのは、ドーラだった。その顔は涙でぐしゃぐしゃになり、手は小刻みに震えている。
「ドーラか。ユフィリアの容体は……」
「それどころじゃないよ! ルナと、子供たちがいないんだ!」
「……なんだと?」
心臓が、ギシリと嫌な音を立てた。背筋が凍るような寒気がして、指先が震える。
「ずっと探してるのに、どこにもいない!あたしが、イグニとジャールを預けて、それで……!」
「まさか、里の外に出したのか」
あれほど外に出るなと忠告したにも関わらず、あの小娘は檻を飛び出したというのか。自らを守っている檻であることも知らないで。
ドーラは失望の色を瞳に乗せて、俯いた。
「やっぱりルナから、何も聞いてないんだね」
彼女の質問の意図をとらえ損ねて、黙りこむ。
「そっか。忙しかったもんね。……あたしらの為に、ずっと研究してくれてるって、ルナから聞いた」
ドーラは強い力でこちらの胸に縋って、涙を浮かべて睨んできた。
「でも! あの子、昨日狩りから帰ってきたあと、おじさんの部屋の前でずっと泣きそうな顔して座り込んでたんだよ! 1人で! それなのにおじさんは、ずっと無視してたって!なんでそんな事したの!?」
なぜ、と聞かれて言葉が詰まった。
「一体何日、ルナとまともに話してないの?」
その言葉に、思考の糸がプツリと切れる。狭まっていた視野が、霧が晴れたように開けて明確なものになった。そして、その時ようやく時の流れに気付く。
「待て、ドーラ。……俺が部屋に入ってから、何日経った?」
ドーラは信じられないものを見るように、目を丸めた。
「何言ってんの!? おじさんが引きこもってから、もう十日以上経ってるんだよ!?」
十日。その程度の日数か。……否、限られた時間の中で生きる人間にとって十日間は相応の時間だ。
集落の戦士たちもルナの不在を聞きつけたのか、心配そうな声が聞こえてきた。
「あの子、一人だったからな」
「森の魔物に襲われたんじゃ……?」
「あんな弱いのに、一人で外に出すべきじゃなかったんだ」
その中でもひときわ心配の色を深めていたのは、若者衆たちだった。
「バッシュ兄、探しに行こう」
「あぁ。行くぞ、ガズ」
バッシュとガズがそれぞれ獲物を持って玄関口に走っていく姿は、どこか遠いことのように見えた。
ドーラが震えた声で絞り出す。
「あたしのせい、なんだ。今日はいい天気だから、息抜きしてきなって言っちゃって。ずっとひとりで、暗い顔してたのが見てらんなくて、つい……」
俯いてしまったドーラの肩に手を乗せながら、己の言葉を振り返る。
『俺に構うな』
いつの日だったか、そう突き放したのが記憶として蘇った。その時、小娘は何を言った? いや、そもそも小娘は数日間の夜は部屋に入ってこなかった。小娘は今日まで、どこで何をして過ごしていた?
そこまで考えて、思考を止めた。今すべきことは後悔ではないはずだ。
「あ、ちょっと! おじさん!」
「必ず連れて帰る」
ドーラの声を背に、俺は玄関口に走った。ドーラが言った『花畑』はユフィリアも愛していた場所だ。隠し通路も分かる。
「ルナ、どこだ!」
ルナの名を叫びながら獣道を走る。彼女の声を、鼓動を聞き逃さないように最新の注意を払いながら。
「……ぅ……ぐすっ……」
するとある巨木の根元から子供の泣き声が聞こえた。すぐに風魔法で木の葉を蹴散らして、木の根元の空洞をのぞき込む。
『ビョルンさん!』
そう、俺の名を呼ぶ声を期待した。しかし期待とは裏腹にそこに居たのは二人の子供だけだった。
「おじちゃあん!!」
二人は涙で腫らした目のまま、腕の中に飛び込んできた。その細い手首にはルナの青いスカーフが巻かれているのに気が付いて、身体から血の気が引く音が聞こえた。このスカーフはダメージを軽減させる効果がある。つまり今の彼女は丸腰も同然ということだ。
「ルナはどこだ」
「わかん、ない……」
ジャールは泣きながら、悲しげに首を横に振る。しかしイグニはまっすぐ外を見据えて、集落とは反対側の森を指さした。
「向こうに、走っていったの。悪いやつも、いっしょ」
「悪い奴が来たのか」
「うん……悪いやつが来て、ルナが『かくれんぼしよう』って……」
イグニの言葉から推察するに、オーク族を狙った何者かがルナに接近し、危機を感じ取った彼女は子供たちを守るために囮になったのだろう。
子供たちを抱えて、イグニが指した方に歩いて暫くすると、ジャールが顔を上げて叫んだ。
「ルナのにおい!」
「本当か」
オーク族はエルフよりも嗅覚が鋭い。その能力は子供であっても大人と等しい効果を発揮する。二人を抱えてその匂いを辿った。
「っ、見るな!」
獣道の真ん中に落ちている手袋と、土に染み込んだ赤い血。子供に血を見せるわけにはいかない。咄嗟に子供たちの目を覆い、叫んだ。
「ルナ……」
ここで何が起こったのか、想像に難くない。
底知れぬ怒りで腕が震える。しかしこの怒りは悪意を持った他者に対するものではない。時間を忘れ、彼女から目を離してしまった己の愚かさに対するものだ。
血のついた地面に沈んでいる緑色に視線を取られる。その四つ葉のクローバーを見て、ルナの笑った顔が思い浮かんだ。
『このクローバーは幸運の証ですよ。見つけた人にはラッキーなことがあるんです』
ルナの言葉が、耳元で聞こえてくるようだ。
「っ、なぜ……!」
なぜ手を離した。囲っていたつもりだった。言葉は拙くとも彼女には伝わっているものだという驕りがあった。
その結果がこのザマだ。
ザクザクと草を分けてこちらに向かう足音が聞こえる。その音の主は振り返らずとも分かる。
「バッシュ兄ちゃん!」
駆け寄った子供たちを受け止めて、バッシュは力強く抱きしめた。
「よかった。二人とも見つかったんだな。おじさん、ルナは?」
「いや」
「そんな……そう、か」
バッシュは聡く賢い子だ。俺の表情から全てを察したのか一瞬悲痛な色を浮かべたが、すぐに真剣な顔に戻った。
「おじさん、力を貸してくれ。冒険者が集落に攻めてきたんだ」
「すぐに向かう」
ルナを拐かした冒険者の可能性が高い。もしも彼女を傷つけたのだとしたら、その時は。
「命をもって償わせてやる」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第119話『贖罪の旋風』更新は4月3日18時です




