117_慰謝料請求待ったなし
第117話です。
エルフに叩き出されて12日目のOL。今日も今日とてオークの里で生きていくために奮闘するが、平和な里に脅威が迫っていて……?
ビョルンさんに叩き出されて十二日目。寝床で目を覚ますと、調理場からドーラさんの大きな声が聞こえた。
「もー! あんたたち、忙しいっつってんでしょ!」
「ヤダヤダヤダ! あそんで! あそんでーっ!」
両手に道具を抱えたドーラさんの足元に小さな子供たちがまとわりついて、ドーラさんはたいそう困ったように子供たちを避けていた。たしかに今、彼女が持っている道具は子供にぶつかると危険そうだ。私は慌てて声を掛けた。
「ドーラさん、大丈夫ですか?」
「あぁルナ! ちょうど良かった。こいつらの相手してやってくんない?」
「ルナ! ルナー!」
私の声に気付くと、ドーラさんは心底『助かった』と安堵の表情を浮かべた。そして子供たちは一目散に私の方に走ってくるので、しゃがみ込んで全力で受け止めた。子供とはいえさすがオーク。全速力の彼らを受け止められる筋力はなくて、私は子供たちと共に地面に転がった。
「イグニ君、ジャールちゃん、今日も元気だねぇ」
彼らは最初にお花をくれた子供たちだ。ビョルンさんに構って貰えないから、私は時々こうして構ってもらっている。
ドーラさんは道具を置いて、ウンザリしたように腰に手を当ててため息をついた。
「ビョルンおじさんってば、まだ部屋から出てきてないんだ?」
「時々外には出ているみたいなんですが、研究で忙しいみたいです」
「あんな風に没頭してるのは初めてみるよ。ったく、昔からユフィ叔母さんのことになると、すーぐ熱くなるんだから」
「仕方ないですよ。ユフィリアさんの体調が第一ですからね」
ドーラさんは胸の前で拳を合わせて、ポキポキと指を鳴らす。なんか怒ってるっぽい。なんで?
「次出てきたら、あたしがおじさんにガツン! と言ったげるからね!」
どうやら心配をかけてしまっているみたいだ。本当に、ここのオークの人達は心があたたかい。私は笑顔を見せて、ドーラさんを見上げた。
「ありがとうございます。でも私は全然平気なんですよ。こうして皆さんに、良くして頂いているんですから」
「ルナ……」
ドーラさんはぐっと堪えたような表情をして、ぎゅむ! と私を抱きしめてくれた。とても力が強いけれど、全然嫌じゃない。むしろ嬉しい。
「今日はあんたの好きなメシにしよ! 何が食いたい!?」
「えっ!? じゃあ、ストーンホーンのステーキが食べたいです」
我ながらだいぶ甘ったれなオネダリだと思うけれど、ドーラさんは心底嬉しそうにガハハ! と笑った。
「よっしゃ! いちばん美味い部位をあげるからね!」
「そこまでして頂かなくても! 戦士の皆さんがいちばん美味しい部分をたべないと」
「なぁに言ってんの! いちばん栄養とらなきゃならないやつが、いちばん美味い部位を食うんだよ」
「じゃあせめて、お手伝いを……」
しかし私の申し出をドーラさんは即座に却下する。しかしそれは私への拒絶ではなく、思いやりであることはよく分かった。
「いいのいいの! 今日は天気がいいからさ。少し外に出ておいでよ。今日ならきっと綺麗に咲いてるよ」
「お花畑があるんですか?」
「そうさ。北門から出て、少し行ったところにね。あそこなら魔物もいないし、景色もすっごく綺麗なんだ。あんたも息抜きになるよ」
申し出はありがたいけれど、昨日ビョルンさんに『里の外には出るな』と釘を刺されたばかりだ。私が渋っていると、ドーラさんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「どうかした?」
「いえ! なんでもありません!」
私は首を振って、イグニ君とジャールちゃんの前にしゃがみこんだ。あんなわからず屋エルフの言うことなんて、聞くことないもんね。と、内心で舌を出す。
「行こっか。イグニ君、ジャールちゃん」
「あそびにいこ、ルナ!」
「気をつけて行ってらっしゃい!」
そうしてドーラさんに見送られて、私はイグニ君とジャールちゃんと共に花畑に向かった。
青空は高く、色とりどりの鮮やかな花がたくさん咲いていた。空気は澄んでいて、清々しい。そんな中で、イグニ君とジャールちゃんの可愛らしい笑い声が響いていた。
「ルナ、みてみて!!」
ジャールちゃんが見せてくれたのは、小さな四葉のクローバー。
「わぁ、素敵! それを見つけた人はラッキーなことがあるんだよ。やったね!」
「じゃあ、ルナにあげる!」
「えっ? でもそれはジャールちゃんが見つけたものだよ?」
しかし、ジャールちゃんはふるふると首を横に振って、クローバーを私の髪にさしてくれた。
「ルナにあげたいの!」
「そっかぁ。ジャールちゃんは優しいねぇ」
眩しい太陽。頬を撫でる風は花の香りを運んできて、子供たちの笑い声を聞いていると、ここが魔物の森だということも、ビョルンさんに拒絶されている寂しさも、少しだけ忘れることができた。
「じゃあ、お返しに別の幸運のお守りをあげる。きっと良いことあるよ」
私は花を編んで冠にして、子供たちの頭にそっとかけてあげた。
「きれい!」
無邪気に喜ぶ子供たちの柔らかな笑顔が眩しい。この子たちの穏やかな日常が、ずっと続けばいいのにな。
そう願って顔を上げた時、森の静寂を破る金属の音が聞こえた。
「いたぞ。オークのガキどもだ」
茂みをかき分けて現れたのは、三人の冒険者だった。レイドさんのパーティーみたいな勇ましさや清純さは見られない。汚れた鎧と剣を携えた、血に飢えた冒険者たちに見えた。その目は、オークたちの温かな瞳とは正反対の、獲物を品定めするような冷酷な光が灯っている。踏みつけられたシロツメクサは茎が折れて、土で汚れてしまっていた。
「おい。お前、人間だろ? なんでこんな汚ねぇ化け物のガキと一緒にいるんだ」
私は子供たちを背中に隠し、震える足を叱咤して立ち上がった。
「何かご用ですか」
「この先にオークの集落があるはずだ。場所を教えろ」
「これは冒険者ギルドの仕事だ。怪我しなくなきゃ、さっさと案内しな」
冒険者がオークの集落を襲撃しにきたなんて思いたくなかった。あの人たちは、人間に対して危害を加えているわけじゃない。それなのにどうして、襲撃なんてひどいことをするんだろう。
「案内すれば、そのガキどもの命くらいは助けてやる。……あぁ、もちろん素材として高く売れる部分は頂くがな」
子供たちが私の服をギュッと掴む。同じ人間だと思いたくない発言に、激しい怒りの感情が湧き上がった。
もし、ビョルンさんが隣にいてくれたら。
そう願う心を即座に否定する。彼は今、大切な仕事の最中。私のようなただのビジネスパートナーが、助けを求めていいはずがない。
子供たちを抱きしめて、強く決意を固める。私がこの子達を守らなければ。
私は素早く周囲を見渡し、大きな巨木の根元にある『空洞』を見つけた。あそこまで行くことができたら……!
「あっ、ストーンホーン!」
「は?」
冒険者たちの後ろを見て叫ぶ。まんまと引っかかった冒険者たちが後ろを向いたその隙に、私は子供たちを抱えて全速力で森に走り出した。
「っはぁ、はぁ……!」
私は先程見つけた巨木までがむしゃらに走った。そして巨木の前にしゃがみ込み、子供たちの目を見て言い聞かせた。
「いい? 二人とも、今からかくれんぼしよう。私が『もういいよ』って言うまで、絶対に出てきちゃだめだからね」
「ルナ……?」
「大丈夫! ちょっとだけ、待っててね」
私は自分の首に巻いていた青いスカーフを解くと、それを二人の手首にきつく結んだ。レイドさんたちがくれたお守りのスカーフ。彼らの加護があれば、きっとこの子達を守ってくれる。リーナさん、シンシアさん。どうかこの子達を守ってください、お願いします。
「これは、最強の魔法がかかったお守りなの。絶対に無くさないでね」
子供たちをウロの奥へ押し込み、枯れ葉で入り口を隠した。これで時間稼ぎくらいにはなるはずだ。私はわざと子供たちの隠れている場所から離れるように、森の深みへと走り出した。
「逃がすか! 」
背後から迫る三人分の足音と、鎧が擦れる金属の音。
茂みに足を取られ、転びそうになりながらも、私は必死に走り続けた。
どうか、あの子たちに気づきませんように。
どうか、バッシュさんやドーラさんが、ビョルンさんが、あの子たちを見つけてくれますように。
「……っ!」
後ろから乱暴に腕を掴まれ、地面に叩きつけられてしまった。捕まった。でも、ここからなら村までかなり距離がある。きっと彼らは村にはたどり着けない。
ざまぁみろ。
私は心の中で毒づいて、冒険者たちを睨んだ。逆光の中に歪んだ笑みを浮かべた冒険者の顔に、唾を吐きかけてやりたい。
「生意気な小娘だ。……おい、集落の場所を吐く気がねぇなら、いい見せしめにしてやるよ」
「たどり着いたって、どうせオークに食べられるだけですよ」
憎まれ口を叩くと、頬に大きな衝撃が走った。スカーフがないせいで、ダメージが直に響く。口の中が鉄臭くてしかたがない。
あぁ、もう。最悪。この慰謝料は高くつきますよ、ビョルンさん。
私は次にくる痛みに備えて奥歯を噛み締め、キツく目を閉じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第118話『二度目の過ち』更新は4月2日18時です




