116_絶体絶命! 大鬼 VS OL !
第116話です。
どんな状況でも『やったか……!?』はフラグですよね。油断大敵!絶体絶命!
「ふぅ、なんだったんだこいつ」
バッシュさんは肩で息をしながら、大鬼を見下ろした。倒れた大鬼はピクリとも動かない。
「とにかく、族長に報告しよう」
バッシュさんの言葉にガズさんが頷き、その場を後にしようとした。その時。
「ガアアアアアッ!!」
死んだふりをしていたのか、あるいは凄まじい執念か。大鬼が突然、目を血走らせて跳ね起きたのだ。
「なっ……!?」
油断していた二人は、大鬼が振り回した腕に弾き飛ばされて木の幹に叩きつけられてしまう。二人ほどの大柄の戦士が、まるで羽虫のように扱われた光景に血の気が引く。
「バッシュさん、ガズさん!」
大鬼はこちらを振り返ると、私へと突進してくる。
「ルナ!! 逃げろ!!」
バッシュさんの叫びが遠く聞こえる。反射的に顔を上げて、後ずさった。
「とりあえず、背後に回る!」
私は意を決して、大鬼の足元に転がり込む。大きな体躯では俊敏な動きはできないはずだから、逆に足元のほうが安全な可能性があるからだ。
「っ、よし!」
予想通り、大鬼は足元の私を見失っていた。
さぁ、ここからどうする?
「バッシュさんとガズさんから離れないと」
負傷してしまった二人に近づけるのは、リスクが大きい。二人に万が一のことがあれば、母であるジルキさんに申し訳が立たない。
私は手元にあった大きな石を取って、茂みに放り投げた。ガサッと大きな音がして、大鬼が顔を向ける。よし、そのまま向こうに行ってくれ。
私は足元から抜け出して、距離を取ろうとする。しかし、木の根に足を取られて転んでしまった。肝心な時に、注意力が欠けてしまったのだ!
「げっ……!」
「ルナ!!」
大鬼の巨大な影が私を覆い、血の匂いが鼻をつく。振り上げられた硬い腕が迫り、首を掴まれた。すぐにへし折られなかったのは、レイドさんたちパーティがくれたスカーフのおかげだろう。だけど息苦しくて、徐々に頭がぼうっとしてくる。バッシュさんが私を呼ぶ声が、だんだんと遠くなって、それで……。
ズダァン!
轟音と共に、私を掴んでいた大鬼の腕が宙に舞った。
「ガ、ア……ッ!?」
首を絞めていた力が一気に緩み、地面に投げ出される。げほ、と盛大に咳き込みながら泥の上に転がった私の目に映ったのは、ボトリ、と生々しい音を立てて大鬼の腕が地面に落ちる様だった。
「……クソ。ここでも異常現象か」
鼓膜に届いたのは、驚くほど平坦で、酷く焦燥を含んだ、聞き慣れた声。土埃の向こうに、ボサボサの頭に寝不足の隈を刻んだ、あの偏屈エルフが立っていた。
「ビョルンおじさんっ!」
「バッシュ、ガズ、無事か」
「っ、あぁ」
ビョルンさんが柔らかい声でバッシュさんとガズさんを呼ぶ。だけど、こちらには目もくれなかった。
「グァアアアアッ!!」
腕を失った大鬼が、狂乱の悲鳴を上げながら、残った左腕でビョルンさんへ殴りかかった。丸太のような腕が、空気を切り裂く。
「下がっていろ」
ビョルンさんは不機嫌そうに呟くと、剣を無造作に一閃させた。その一撃は大鬼の残った左腕、そして胴体までもを一瞬にして微塵に切り刻む。大鬼の巨体は、今度こそ完全に物言わぬ肉塊となって、泥濘の中に崩れ落ちた。
「ビ、ビョルンさん……?」
十一日ぶりに見る、ビジネスパートナーの姿。助かった安堵と、彼の圧倒的な強さへの恐怖が混ざり合い、身体の震えが止まらない。
だが、ビョルンさんは剣を鞘に納めると、私を一瞥することすらなく、大鬼の死骸を見つめていた。
「ビョルンさん、助けてくれてありがとうございま……」
「瘴気の影響がここまで出ているとはな」
私の感謝の言葉を遮り、彼は大鬼の死骸に視線を落としたまま、ブツブツと独り言を漏らした。彼の脳内では何かがめまぐるしく動いていることはわかる。しかし、一体何を話しているのかわからない。
「バッシュ、族長に報告しろ。里の警備を強化するように、と」
「わ、わかった」
「狩りの際は、熟練の戦士を一人以上連れていけ。いいな」
教え諭すような口調で言い放ち、今度こそビョルンさんはこちらを向いた。しかし、いつもの穏やかな色ではなく、激しい苛立ちを感じさせる。
「里の外には出るな。そう言ったはずだが」
たしかに、十一日前にそう言われた記憶はある。それでもこの里で生きていくためには、なにもせずにじっと里に引きこもることなんてできないのだ。
「確かに言われました、けど。でも、皆さんの役に立つためには」
「不要だと言っている」
ピシャリと冷たい声で言い放つビョルンさん。そのつめたさは、ささくれだった心にひどく染みて、私はつい言い返してしまった。
「あなたはこの里の一員かもしれませんけどね。私は違うんです。ちゃんと仕事をしないと、生きていけないんです」
社畜時代、自分の居場所を守るために、必死に数字を追いかけ続けた。今だって変わらない。この里に身を置く理由を示すために、毎日いろんな人の仕事を手伝って『私の居場所』を作っていた。なにもせずとも、ただそこにいることを許されているビョルンさんとは違う。
しかし、そんな私の言葉に対して、ビョルンさんは煩わしそうに首を横に振るだけだった。
「とにかく、お前は里から出るな」
ビョルンさんは冷たくそう言い放つと、くるりと背を向けて森の奥に歩き始めた。私はズキズキと痛む胸を押えて、バッシュさんたちに向き直った。それはもちろん、笑顔で。
「お二人が無事でよかった! 族長様にご報告しませんとね!」
バッシュさんとガズさんが顔を見合せて、私の近くに寄ってくれる。
「あのさ、ビョルンおじさんってほんとに素直じゃないんだ」
「誤解、しないでほしい」
バッシュさんとガズさんは、あわあわと弁明するように私の顔を覗き込む。大きな身体で慌てる様子は、なんだか大型犬を思わせた。そんな姿を見せられては、貼り付けた笑顔なんですぐに剥がれてしまう。私は肩の力を抜いて、二人に笑いかけた。今度は心からの笑顔で。
「大丈夫ですよ。あの人が、この里のために頑張ってることはよーく分かってますから」
しかし二人はまだなにか言いたげに、しかし顔を見合わせるだけでなにも言わなかった。
私たちは日が傾いた森の中を、足早に掛けていく。ビョルンさんが消えた方向には、目もくれないで。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
画面下より☆の評価、感想、レビュー、リアクションなど、ポチっとお気軽にいただけると嬉しいです!いつもしてくださる方、本当にありがとうございます。励みになります。
※次回第117話『慰謝料請求待ったなし』更新は4月1日18時です




