114_微妙な空気
第114話です。
エルフに放置されて十日経ったOL。オークの集落での生活にも慣れ、ユフィリアの体調も少しずつ回復傾向にある。そんなとある日、自分の中で芽生えはじめた感情に向き合うOLのお話です。
「ぶぇっ゙くしょ゙い゙!! ……あ゙ー、風邪引いたかな」
このの集落にに来て今日で十日。
扉の前で声をかけても、返ってくるのは素っ気ない返事あるいは無言。追い出された私は、ジルキさんのお宅に寝泊まりさせていただいていた。ジルキさん宅は大家族で、イビキの大合唱の中で寝なければならないのだが。
いやいや、寝床を貸してもらえるだけ感謝しないと。
とはいえ。
追い出されたという拒絶するような態度が、トゲのように胸に刺さって抜けないけれど、しかたない。なにかに夢中になっている時は他人への配慮なんてしていられない。ましてそれが、大切な人の命がかかっていることなら尚更だ。
ビョルンさんが部屋にこもってから、私は在庫整理や新商品の開発をしている。オークの中でも薬草に精通している有識者へ多く、その方々からたくさんのことを学んだ。おかげで果汁をベースにした『免疫力向上ポーション』や、魔獣の脂を使った『保湿ポーション』といった新しい商品を作ることに成功した。
しかし、手帳の売上記録は十日前で止まったまま、在庫は増える一方で収入は無し。このままでは負債返済プランの見直しが必要だ。
「今のビョルンさんに言ったところで、聞いてくれないだろうけど」
彼は今、この集落のための研究に没頭している。しかしいつまでそれが続くのか、私には全く見当がつかない。エルフと人間の時間感覚は違うと耳にしたことも、不安を煽る材料だった。
もしも、このまま長い時間が経ってしまったら?
元の世界に帰れないまま、この集落で一生を終えるのか?
そんな考えがよぎるけれど、弱音を吐いたって仕方ない。今の私にできることを、少しづつやるしかないのだから。
「よーし、今日もユフィリアさんにおいしいもの食べてもらうぞ!」
私は毛皮を丸めて立ち上がると、調理場に走っていった。あの偏屈なエルフのことなんか、忘れてしまうのが一番だ。
それに、今のビョルンさんはユフィリアさんのために、必死に研究している。ユフィリアさんが元気になれば、ビョルンさんだってあの部屋から出てくるだろう。
胸のモヤモヤは、知らないフリをした。
「おはようございます、ユフィリアさん!」
族長の屋敷のカーテンを開けて、元気よく朝の挨拶をする。ユフィリアさんは既に起き上がっていて、明るい笑顔で迎えてくれた。今日はなんだか顔色が良くて安心する。私は手元の皿をユフィリアさんに差し出して、自信満々に言った。
「今日はオムレツを作ってみましたよ」
「オムレツ?」
「ふふふ、ただのオムレツと侮っちゃいけません。さぁ、食べてみてください!」
ユフィリアさんはニッコリと笑顔を浮かべた。ワクワクしながらまんまるのオムレツにスプーンを差し込む。すると中からトロリとトマトや野菜の煮込みが溢れた。ふんわりと香るトマトの甘酸っぱい香りに、ユフィリアさんの顔がふんわりと綻ぶ。
「まぁ! 中からお野菜が出てきたわ!」
「煮込んで甘くしてるので、きっと食べやすいですよ」
「ふふ、私はちゃんとお野菜も食べるもの」
「すばらしい! どこぞのエルフに聞かせてあげたいですよ」
ユフィリアさんはオムレツを頬張ると、くふくふと満足そうに笑う。お口にあったようでなにより。
ユフィリアさんは元々食べることが好きらしく、私の料理をとても喜んで食べてくれた。そのおかげか、この十日間でかなり顔色は良くなったように感じる。
「ねぇ、ルナ」
オムレツを食べ終わったユフィリアさんは、私の手をそっと優しく握った。そして私の目をまっすぐ見て、深く頭を下げた。
「私、少し前までは起き上がることすらできなかったの。こんなに元気になったのは、あなたがずっと付き添ってくれたおかげよ」
「ユフィリアさんが頑張って食べてくれたからですよ」
「だっておいしいんだもの。あなたには本当に感謝してるわ。ありがとう、ルナ」
あぁ、なんて温かい言葉なんだろう。社畜時代、こんなにまっすぐな感謝の言葉をかけてもらったことがあっただろうか。なんだか視界が滲みそうになって、慌てて顔を上げた。ビョルンさんが閉じこもってしまってから、なんだか心がグラついて弱ってしまっているみたいだ。
「じゃあ、この調子でたくさん食べて、早く元気になりましょうね!」
しっかりしろ、星宮瑠奈。病人の前で心配をかけてどうする。
「えぇ。たくさん食べて、たくさんお話するわ!」
「その意気です!」
ユフィリアさんはなにか言いたげに私を見つめたあと、何を思ったのか私を優しく抱きしめてくれた。ユフィリアさんはオークの中では細身だけど、私より大きな身体で柔らかい。それにお日様と薬草の匂いがする。
「ゆ、ユフィリアさん?」
「あのね、ルナ。ビョルン兄さんは不器用な人だけど、とっても優しい人なの」
私がビョルンさんと過ごしたのは、ユフィリアさんに比べたらとても短い時間だけど、その言葉が本当であることは知っている。ビョルンさんは優しい人だ。だからこそ、今、自分の身を削って瘴気の解消方法を探している。
「でも、本当に……ほんっとうに、不器用なの!」
「へ?」
ユフィリアさんの必死な形相に、私は頭にはてなマークを浮かべた。
「だからね、嫌いにならないであげて」
思ってもみなかった言葉に、慌てて首を横に振る。
「嫌いになるなんて! 私、ビョルンさんのこと」
好き、と言いかけて慌てて口を塞いだ。物理的に、手のひらで。
待った。今、私なんて言おうとした?
ユフィリアさんとビョルンさんの間にどんな絆があるか分からないけど、不用意な発言は控えなければ。いや、もちろん私の『好き』は『ビジネスパートナーとしての好き』なんですが!
「信じてますからっ! では! 薬草の整理があるので、失礼いたします!」
「あっ、ルナ!」
「おやすみなさい、ユフィリアさん!」
慌てて立ち上がると、ユフィリアさんに一礼して部屋を飛び出した。火照る頬を一刻も早く冷ましたくて、一目散に走る。
ユフィリアさんが、私の背中をどんな表情で見ているかなんて気づかなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
画面下より☆の評価、感想、レビュー、リアクションなど、ポチっとお気軽にいただけると嬉しいです!いつもしてくださる方、本当にありがとうございます。励みになります。
※次回第115話『オーク族の戦士たち』の更新は3月30日18時です




