110_ユフィリアの昔話
第110話です。
今回はユフィリアとOLの穏やかなお話の回です。ユフィリアとビョルンの間にある絆とは?
太陽が南に高く昇った頃、蒸しパンを持って寝室のカーテンを開けると、ユフィリアさんはベッドに座っていた。彼女は族長の末娘、礼儀はちゃんとしなければならない。私は深々とお辞儀をして挨拶をする。
「あら、あなたは……たしか、ビョルン兄さんの」
「ビョルンさんと一緒に旅をしている、ルナと申します。お加減はいかがですか?」
「今日はなんだか調子がいいの。あなたに会えたからかしら」
鈴を転がすように笑う彼女に、こちらまで笑顔になる。
「それはよかったです。お昼ご飯を持ってきました。お口に合えばいいのですけれど……」
そう言いながら、先程作ったたまご蒸しパンとついでに蒸した野菜を差し出した。ユフィリアさんは目を丸くして、皿の中を覗き込んだ。そして珍しいものに触れるように、ツンと蒸しパンをつつく。
「まぁ……! ふわふわだわ。変わった食べ物ね」
「私の故郷の、『たまご蒸しパン』という食べ物です。コカトリスの卵を使ったので、栄養もあると思いますよ」
蒸しパンを差し出すと、彼女はひとつを手に取って半分に割ってみる。甘い香りが蒸気とともに広がって、ユフィリアさんの顔が綻んだ。そして一口大にちぎったパンを上品に口に運ぶ。
「おいしい……あまくて、まるで雲を食べているみたい。とっても幸せな気分になって、元気になるわ」
その言葉の通り、ユフィリアさんの顔色は徐々に血の気を帯びて、目に生気が宿り始めた。コカトリスの卵の滋養強壮効果は侮れない、ポーション作りでもなにかに使えたらいいなと頭の中でメモをする。
「ねぇ、あなたの故郷ってどんなところ? 人間の里って、どんな所なの?」
蒸しパンを少しずつ口に運びながら、ユフィリアさんはそんなことを尋ねた。
「私の故郷はこの辺とは全く違っているので、あまり参考にはならないのかもしれないのですけれど。とても遠くにある田舎町ですよ」
「まぁ、素敵だわ! どんな人が住んでいるの?」
私は目を細めて、故郷の田舎の風景を思い出す。山に囲まれた祖父と祖母のみかん畑、駅まで続く道沿いに広がる田園風景。全てが遠い昔のようで、懐かしい。
「山に囲まれた田舎でした。住んでいるのは祖父母と同い年くらいの人達ばかりで。田んぼや、ミカンの木が沢山生えているんです」
「ミカン?」
「えっと、ミカンっていうオレンジ色の果実です。この国で言う夕日の果実みたいな味なんですよ」
「人間って不思議だわ。山のものを自分で作るのでしょう? オークは自然のものを頂くから、随分違うんだなって思っていたの」
「えぇ、農耕が主な産業の民族ですからね」
ユフィリアさんは、焦がれるように遠くを見る。
「いつか……そのミカンって果物を食べてみたいわ。どんな味や匂いがするのかしら?」
「ミカンは難しいですが、夕日の果実のキャンディならすぐに用意できますよ。おひとついかがですか?」
「いいの……!?ぜひ、食べてみたいわ!」
私はルーンデールで作っていた魔力回復ポーションキャンディ、もとい夕日の果実キャンディをポーチから取り出した。 ユフィリアさんはキャンディを光にかざして、そして大切そうに口に含んだ。そして味わえように転がして、目元を緩める。
「さっきのパンと違う甘さね。甘酸っぱいっていうのかしら。爽やかで、とっても美味しいわ!」
「よかったです。また違うキャンディを作ったら持ってきますね」
「ありがとう、ルナ。あなた、とってもいい人ね」
「そう言っていただけると嬉しいです」
ニコニコとした笑顔を見せたあと、ふと彼女はどこか寂しそうに言う。
「私ね、変わり者って言われてるの。外の世界に興味があるから」
「そうなんですか?」
「オークは人間やエルフ、ドワーフからも嫌われてる、嫌われ者。オークも外の人達が嫌い。でも、私はどうしても嫌いになれないの」
ユフィリアさんは寂しげに微笑みながら、言葉を続ける。
「だって、何も知らないのに嫌いなんておかしいでしょう? お互いのことを知ればきっと仲良くなれるわ」
「たしかに……おっしゃる通りです。互いに無知だからこそ、理由のない恐怖を生み出すのかもしれません」
現に私も、この村に来るまでオーク族とは怖い存在だと思っていた。けれどオーク族は家族にはとても暖かな一面を見せると知って、とても親近感を抱いたのだ。
偏見に満ちていた自分が、あまりにも恥ずかしい。
そんな私の様子に気がついたのか、ユフィリアさんは私の手を優しく握って、慰めるようにさすってくれた。
「あのね、ビョルン兄さんも、私の話を笑わずに聞いてくれたのよ」
「ビョルンさんなら、きっとそうするはずです」
彼は不器用だし素直じゃないけれど、決して人を陥れたり、馬鹿にすることはない。ちょっと意地悪な時はあるけど、それでも彼は思慮深く、懐の深い人物だということはこの短い付き合いでもよくわかる。
「私ね、ほんとうに小さな頃に村を飛び出したことがあるの。どうしても外の世界を知りたくて、旅をしていたの。だけど、道中で魔物に襲われてしまって」
先程見たオークの子供は、本当に小さくてふかふかだった。あんな子供が厳しい外の世界に出たらと思うと、背中が寒くなる。
「その時、助けてくれたのがビョルン兄さんだったの」
当時を思い出すように、ユフィリアさんは視線を遠くに投げる。
「でも、そのせいでビョルン兄さんは生まれ故郷を追放されてしまってね」
「そんな……!」
「エルフはオークをとても憎んでいたの。敵対する種族を助けることは禁忌なんですって」
私は胸が締め付けられる思いだった。いつも傲慢で、すべてを見透かしたような顔をしているあのビョルンさんが、そんな孤独な過去を背負っていたなんて。彼が時折見せる、世界を突き放したような冷めた視線の理由が、少しだけ分かった気がした。
「そんなことがあったんですね……私、ビョルンさんのこと、何も知らなくて……」
「兄さんは口下手な人だから。許してあげてね」
ユフィリアさんは私の沈んだ顔を見て、励ますように微笑んだ。
「最初はお父様も兄さんを歓迎してくれなかったけれど、兄さんはとても努力してお父様の信頼を勝ち取ったのよ」
「だからビョルンさんは、村の人にとても愛されているんですね」
「えぇ。村のみんなは、兄さんのことを家族として愛しているわ」
ふわりと花が咲くように微笑む。その笑顔には、血の繋がりを越えた、鋼のように強い信頼が宿っていた。
「ありがとうございます、ユフィリアさん。私の知らないことを教えてくださって」
「いいのよ。その代わり、またあなたのお話を聞かせてね」
「はい。もちろんです」
私はユフィリアさんがベッドに横たわるのを手伝いながら、優しく笑いかけた。
「お夕飯の時に続きをお話しますね。今度は…そうですねぇ。田んぼにいる小さな魔物、カエルについてお話しましょうか」
「魔物のお話? 楽しみだわ」
「えぇ、私もお話できるのが楽しみです」
寒くないようにしっかりと毛布を掛けて、ユフィリアさんの手を握る。彼女の手はとても温かかった。どうか彼女が少しでも穏やかな眠りにつけますように、と祈りを込める。
「おやすみ、ルナ」
「おやすみなさい、ユフィリアさん」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第111話『すれ違う指先』更新は3月26日18時です




