107_毛布争奪戦、開幕!
第107話です。
今回はOLとエルフのわちゃわちゃ回。エルフのお部屋におじゃまするOLのお話です。
宴もたけなわ。私はドーラさんに手を引かれ、集落の奥にある一際頑丈そうなログハウスへと連れて行かれた。
「今日はここに泊まりなよ! ビョルンおじさんの部屋、ちゃんと掃除しといたから!」
「勝手に入ったのか。余計なことはしなくていい」
「だって、あのままにしてたらキノコが生えちゃうよ」
ビョルンさんが不機嫌そうに鼻を鳴らす。どうやら今夜は、彼がこの村で過ごす時に使っている部屋に泊めてもらうことになったらしい。
通された部屋は、なんというか……実に『ビョルンさんらしい』空間だった。
「わぁ……すごい……!」
壁一面の棚には、乾燥した薬草や見たこともない魔物の骨、そして何十冊もの分厚い魔導書がぎっしりと並んでいる。床には書きかけの羊皮紙が散らばり、机の上では怪しげな液体が入ったフラスコが鈍く光っている。
お世辞にも片付いているとは言えないけれど、木の温もりと、古い紙と薬草の香りが混ざり合ったその部屋は、不思議と落ち着く空間だった。
「触ると爆発する薬もある。勝手に触るな」
「爆発ぅ!? サバイバルすぎませんか!?」
私が慌ててハンズアップすると、ビョルンさんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
床には魔導書の山、机には怪しげな光を放つフラスコ。でも、その乱雑さが不思議と彼らしくて、私はついクスクスと笑ってしまう。
「何がおかしい」
「いえ? ビョルンさんって、片付けられないタイプなんだなぁって」
「研究に必要な配置だ」
「片付けられない人って、みんなそう言うんですよね」
そんなやり取りをしながら、私たちは部屋の隅にある唯一の寝台、ふかふかの毛皮が幾重にも重なったベッドの前に立った。そう、『唯一の』寝台。
「……えぇと。ビョルンさん。ベッド、一つですね?」
「俺の部屋なのだから、当然だろう」
『何か問題でも?』と言うように首を傾げるビョルンさん。
この場合、大いに問題なんですけど!?
外から聞こえるオークたちの笑い声が、やたら遠くに感じる。
「わ、私、床で寝ます! 毛皮一枚さえ頂ければ! 丸くなって寝るの得意ですから!」
「馬鹿を言え。お前のような軟弱者が床で寝てみろ。明日には凍死している」
「じゃあどうしろって言うんですか! ビョルンさんが床で寝るんですか!?」
「何故わざわざ床で寝る必要がある」
そう言うとビョルンさんはゴロンと寝台に横たわった。そして私を不思議そうに見上げる。
「明日の活動に支障が出る。さっさと寝ろ」
「は……!?」
はぁぁあ!? このエルフ、もしかしてデリカシーってものがない!?
「この寝台はオークサイズだ、二人で寝ても十分すぎる広さがある」
「広さはあるって言ったって! お、同じ寝台ですよ!?」
私がパニックで右往左往している間にも、彼は「やれやれ」といった様子でベッドに入り、毛皮を半分こちら側に投げてよこした。
「ほ、本気ですか!? 本気で私と同じベッドで寝るつもりなんですか!?」
「やかましい」
心底煩わしそうに言い、ビョルンさんは背を向ける。その声には少し揶揄いの色が乗っていた。
「案ずるな。お前のような小娘に興味はない。取って食うわけがなかろう」
「そういう問題じゃなくてぇ!!」
なんたる屈辱! でも、あまりにも彼が淡々としているので、ここで騒いでいる私の方が『意識しすぎている子供』みたいで、余計に悔しくなってくる。
「……わかりましたよ! 寝ればいいんでしょ、寝れば! 変なことしたら叩きだしますからね!」
私は意地になって、ベッドの反対側の端っこに、まさに『崖っぷち』のような位置に潜り込んだ。
広いベッド。中央には広大な空きスペース。
これなら触れ合う心配なんてない……はずなのに。何故こうも落ち着かないのか。
薬草と、森の香りがする。これがビョルンさんの匂いか…いや待て。変態くさいことを考えるな。相手は『ビジネスパートナー』、仕事上の間柄。これは…そう、やむを得ない商談とでも思えばいい。心を無にするのだ、星宮瑠奈。
静まり返った部屋の中で、自分の心臓の音だけがドラムみたいにうるさく響く。
「……おい」
「ふぇっ!? は、はい!」
「うるさい」
「なんで!? 何も話してないんですけど」
ビョルンさんが心底迷惑そうな声を出す。
「心音が、うるさい」
「そっ、それはオークの皆さんの太鼓の音です! あなたの勘違いです!」
そんなバレバレの嘘をつきながら、私は毛布に深く顔を埋めた。
もう、このバカエルフ! こっちはまだ25年しか生きていない小娘なんですよ。男性と同じベッドで寝るなんて、短い生涯の中でも初めてなんですよ!? もっと配慮してくれたっていいのに!
心の中で文句を言い連ねながら、必死に眠りにつこうと努力していた。しかし知らない間に毛布を引っ張りすぎていたらしい。気がつくとビョルンさんの気配がすぐ近くまで迫っていて、思わず悲鳴をあげた。
「ぎゃあ!」
「取りすぎだ」
「す、すみません」
巻き取りすぎた毛布を返すと、彼はいつもの様にフンと鼻を鳴らした。しかし何を思ったのか、彼はグッと顔を近づけて私の顔を見つめた。何かを言おうとしている気配に私は彼を促す。
「どうかしました?」
彼は意を決したように、慎重に言葉を紡ぐ。
「明日、ユフィリアに会わせる」
少しだけ声を潜めて彼は言った。そのトーンがあまりに優しくて、私の胸の奥が、さっきとは違う理由できゅっと締め付けられる。
「彼女は……俺を、救ってくれた」
それだけ言うと、彼はまた背中を向けた。
救ってくれた人。それは、ビョルンさんにとってとても大切な人という意味だろうな。
「そう、なんですね。楽しみです」
辛うじて、声を振り絞った。
不器用で、口が悪くて、でも誰よりも情に厚い、私のビジネスパートナー。その鉄面皮の柔らかな部分に触れているようで、非常に落ち着かない。その理由は私にはとんと検討もつかなくて、しばらくビョルンさんの後ろ姿を見つめていた。
「おやすみなさい、ビョルンさん」
壁の向こうの喧騒が静まり、代わりに心地よい寝息が聞こえ始めるまで、私の心臓の音がやたら大きく聞こえていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第108話『傷ついた大輪の華』更新は3月23日18時です




