第1話 僕はお化けになっちゃった!(1)
三浦令太は小学校5年生。黒い髪のスポーツ刈りの少年だ。阪堺電車の松田町停留場の近くに住んでいる。令太は東京生まれだが、物心つく前に交通事故で両親と死別した。それからは直子の実家で暮らしている。直子の実家は鉄板焼き『へんげ屋』を営んでいて、祖父の馬場平吉が3代目の店主をしている。この家は7人家族で、令太、平吉の他に、平吉の妻の末子、叔父で直子の兄にあたる4代目店主候補の達郎、達郎の妻の鶴子、達郎と鶴子の長男で小学校6年生の文也、文也の妹である小学校2年生の花子が住んでいる。
朝、令太はいつものようにダイニングにやってきた。この家は1階がへんげ屋に、2階がリビング、ダイニング、祖父母の部屋、座敷に、3階が叔父夫婦といとこ、そして令太の部屋がある。家の玄関は2階にあるが、厨房の奥からも家に入れる。
「おはよう」
「おはよう」
ダイニングでは、鶴子が朝食を作っている。すでに文也と花子は起きていて、朝食を食べている。
「いただきまーす」
令太は朝食を食べ始めた。今日の朝食はみそ汁とごはんと卵焼き、納豆だ。
「今日はお箸持ってく日やったね!」
鶴子は小学校の給食の献立表を確認した。今日は箸を持っていく日だ。3人とも用意しないと。
「おう。そやな」
食べているうちに、令太は昨晩の事を思い出した。あれは一体、何だったんだろうか? 本当に僕はお化けの力を持ったんだろうか? 疑わしいな。お化けの力を持つなんて、ありえないだろう。僕は生きているんだぞ。
「うーん・・・」
「どないした?」
横で朝食を食べている末子の声で、令太は我に返った。昨晩の事を考えていて、令太は箸が進まない。
「いや、何もないって」
令太は再び朝食を食べ始めた。だが、あの夢の事が忘れられない。それでも食べなくては。今日もいつものように朝食を食べて、学校に向かわなければならない。
「ごちそうさま!」
令太は朝食を食べ終えた。と、そこに平吉がやって来た。平吉は3人の孫より早く起きていて、店の準備をしている。
「おう、令太、起きたか?」
「おじいちゃん」
平吉は笑みを浮かべた。平吉はとても頑固な性格だが、3人の孫には甘々で、特に頭のいい令太は大好きだ。
「文ちゃんも花ちゃんも、令ちゃんも、今日も学校、頑張れよ」
「うん!」
令太はやる気が出てきた。今日も1日、頑張ろうと思えてくる。
歯を磨いて、登校準備を整えた令太は、2階に戻ってきた。青いジャージ姿で、背中には黒いランドセルを背負っている。令太に続いて、文也と花子もやって来た。文也は緑のYシャツで、ジーパンをはいていて、黒いランドセルを背負っている。花子ピンクの服とジャージに、赤いスカートをはいていて、ピンクのランドセルを背負っている。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい!」
3人は通学団の集合場所に向かった。鶴子はそんな3人の後ろ姿をじっと見ている。3人の嬉しそうな姿を見ていると、顔がほころぶ。どうしてだろうか? 可愛いからだろうか?
3人は2階の玄関から家を出た。2階の玄関の先には階段があり、右に行くと家のガレージがある。そこには食材の仕入れに使うハイエースと、達郎の愛車のヴェルファイアが鋭角駐車で停めてある。
通学団の集合場所にやって来ると、そこには通学団の団長の中井優がいる。3人が来るのを待っているようだ。
「はよ行くでー」
「はーい!」
3人は通学団の集合場所にやって来た。すでに3人以外、全員集まっている。
「おはよう」
「令ちゃんおはよう。昨日の宿題、できた?」
話しかけたのは同級生の松山元子だ。令太とはとても親しいガールフレンドだ。
「うん」
元子は驚いた。宿題がしっかりとできるとは。さすが令太は優等生だ。
「さすが優等生やね」
「おおきに」
令太は笑みを浮かべた。努力しているから成績がいいんだと思っている。
「みんな集まったな! ほな、行くでー!」
優の声で、通学団が出発した。ここから北天下茶屋小学校までは、阪堺電車の踏切を越えなければならない。危ないけれど、電車に注意して行かなければ。
渡ろうとした時、警報機が鳴った。通学団は停まり、電車を待った。単行の電車は松田町停留場に停まり、恵美須町停留場に向かった。踏切を通過したのはモ161、昭和3年製造の古豪だ。モ161は大きな吊りかけ音を響かせながら通り過ぎていく。通り過ぎると、警報機が鳴り終わり、遮断機が上がる。すると、通学団は踏切を渡った。
しばらく歩くと、北天下茶屋小学校に着いた。何組かの通学団が小学校に入っていく。令太のいる通学団も小学校に入っていった。いつも通りの朝の光景である。
令太は教室に入った。すでに何人かの生徒がいる。
「おはよう!」
「おはよう令ちゃん」
令太は笑みを浮かべた。優等生の令太はクラスでも人気者で、宿題ができない時はとても頼りにされている。
11時が近くなった。そろそろへんげ屋を開く時間だ。平吉はスイッチで店のシャッターを開けた。そして、平吉は背伸びをした。今日もまたへんげ屋の1日が始まる。今日も多くの人を鉄板焼きで幸せにしなければ。へんげ屋の入口は2階の玄関とは反対にあり、入口の前には数台の駐車場がある。
「ほな、今日も開店しよか」
11時、いつものようにへんげ屋は開店した。しばらくすると、何人かの人がやって来た。彼らの中には、主婦もいれば、工場で働く人、サラリーマンもいる。彼らはここによく通っていて、いろんなメニューを注文していく。
作業服を着た2人の男がやって来た。この近くに住んでいる作業員のようだ。すでに何人かの客がいて、注文を待っている。
「いらっしゃい!」
話しかけたのは船木智、この店の若い従業員で、3人の孫からは『船木の兄ちゃん』と言われている。
「すじこんネギ焼1枚!」
「かしこまりました! すじネギ1枚!」
「はい!」
それとともに、平吉はねぎ焼きを作り始めた。客は、平吉の作る様子をじっと見ている。
「海鮮ミックスで!」
「海鮮ミックス1枚!」
それ以前に注文していたねぎ焼きが出来上がったようだ。
「すじこんねぎ焼おまち!」
注文を待っていた主婦は、すじこんねぎ焼を食べ始めた。やっぱりここのお好み焼きはうまいけど、ねぎ焼きもおいしい。
「うまい! やっぱへんげ屋さんのねぎ焼き、うまいわ!」
「おおきに」
平吉は笑みを浮かべた。うまいと言われるたびに、作ってきてよかったと思えてくる。
昼下がり、店が落ち着いてきた。そろそろ花子が帰ってくる頃だ。花子は3人の中で一番帰るのが早い。
「はぁ、今日も落ち着いてきたわ」
鶴子はほっとしていた。昼間に多くの人がやって来て、大変だったけれど、今は嘘のように静まり返っている。
その頃、花子はへんげ屋の横を歩いていた。花子が店の奥にある階段を上がった。家に入るためだ。
花子はインターホンを鳴らした。実はこのインターホンはへんげ屋にもあり、そこからでも帰ってきた事を知らせる事ができる。
花子は鍵を解除してもらって、家の中に入った。
「ただいまー」
「おかえり花ちゃん」
鶴子は厨房の奥にある階段を使って、2階にやって来た。
「はぁ・・・」
花子は疲れているようだ。家でしっかりと休んでほしいな。花子はすぐに3階の自分の部屋に向かった。
それから1時間ぐらい経った。鶴子は時計を見ていた。そろそろ令太と文也が帰ってくる頃だ。無事に帰ってきてほしいな。
2人が帰ってきた。2人は2階の玄関に向かう階段を上がって、玄関の前に立った。令太はインターホンを押した。
「ただいまー」
「おかえり文ちゃん、令ちゃん」
と、令太のもとに花子がやって来た。どうしたんだろう。令太は驚いた。
「令太兄ちゃん、ここ教えて!」
花子はいとこであるにもかかわらず、令太の事を『令太兄ちゃん』と言っている。生まれる前からそこにいて、まるで兄のように過ごしてきたからだ。成績優秀で頼りになる令太の事が文也同様好きだ。
令太は花子が見せたプリントを見た。あまりにも簡単だ。
「ええよ。ここはこうして、こうすればええんや」
令太は的確にアドバイスをして、しっかりと解けた。
「おおきに」
「どういたしまして」
と、そこに鶴子がやって来た。何を言いたいんだろうか? 花子は首をかしげた。
「花子、自分で解けるようにならなあかんぞ!」
「ごめんなさい!」
花子は成績が普通で、わからない時は成績優秀な令太を頼りにしている。
「ほな、今日も勉強せんと」
令太は自分の部屋に向かった。その姿を見て、鶴子は鼻高々になった。本当に令太は直子に似て、とても頑張りやだな。
「頑張っとるね」
鶴子は横を向いた。そこには達郎がいる。
「おう。やっぱ成績優秀やわ」
「将来が楽しみね」
2人は、令太の将来に期待していた。きっとこの子は、頭のいい子になるだろう。いい大学に行くだろうな。




