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嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
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4-3.真実はまだ闇の底

 本来、王都からアメントリへは一日で着く距離だが、馬の操作に慣れないハルトは、少し道を間違えたり、馬が道沿いの草を食べ始めたりと、ハプニングにも見舞われ、結果、アメントリに到着する前に夕刻となってしまった。仕方がないとはいえ、不甲斐ない自分の腕にため息が溢れる。

 心身共に疲労が蓄積していたこともあり、夕焼けが燃える内に進路を逸らし、最寄りにある小村『バリサイ』でテントを立て、一泊させてもらう事になった。


――


「この村で僕のことが広まってないのが、不幸中の幸いかな」


 誰にも聞こえないくらい小さな独り言を漏らしながら、黙々とテントを組み立てていく。

 グラとアンにはアビスで過ごしてもらうほかなく、申し訳ないし、少し寂しい。すごく久しぶりに感じる一人の時間。どれほど仲間の存在が自分を支えているか、改めて実感することができた。


――夜


「なにも無い村で退屈だと思いますので……村の歴史書くらいしかないですが、暇つぶしにでもお読みください」


 村長が恐縮したように差し出したのは、厚い革の表紙すらない、紙を紐で綴じただけの簡素な冊子だった。粗雑な作りにもかかわらず、手に取ると意外な重みがある。紙には長年の手垢が染みつき、ところどころ文字がかすれて読みにくい。

 それでも、記された内容は驚くほど細かかった。収穫の記録、疫病の流行、近隣との小競り合い、そして村を救った英雄の逸話。小さな村で紡がれてきた、幾世代分の息遣いがそこにあった。


 そして、ひときわハルトの目を引いたのは――近くの森に眠る『バリサイ遺跡』の項目だった。


「遺跡か……」


 唇に乗せた言葉と同時に、心の奥がふと熱を帯びる。無くしたと思っていた少年の心――未知を夢見る感覚が、胸の奥から顔を覗かせる。遺跡には、古代の人々が残した遺物が眠っているかもしれない。あるいは、強大な魔物が封じられているのかもしれない。


「バリサイ遺跡……王都の記録に残っているのかな」


 自分に問いかけるようにつぶやき、ページを閉じる。

 その夜、ハルトは久方ぶりに「未知」へ胸を躍らせながら、柔らかな眠りへと落ちていった。夢の中でさえ、古代の石の残響が聞こえてきそうな気がしながら。


――同刻、とある屋敷の一室


 幾つかのキャンドルの火が揺れ、暗い部屋を仄かに照らす。一人の肥えた男がグラスを持ち、口に運んだとき、入口の扉が四回、硬い音を鳴らした。


「フン、やっときたか。さっさと入れ!」


 不機嫌なその一声に扉が開くと、鍛えられた身体に無数の古傷を残した男が立っていた。その面持ちは感情を探れず、まるで心を失っているようだ。


「オリバー!いつまで時間をかけておる!」


 肥えた男が、扉の前に立つ男に吠えた。


「……申し訳ございません」

「二週間だぞ!!貴様らにいくら手付金を払ったと思っておるんだ!!」


 依然として無愛想なオリバーに苛立ちを覚え、再びグラスを口に運ぶが、中身は既に空だった。それを見て気を効かせたのは、隣に座るもう一人の男。ワインの瓶を手に取り、ゆっくりとグラスに注ぎながら、肥えた男を宥めた。


「まぁまぁノーランド伯爵、私のほうでも手は打っております。もう三日もすれば吉報が届きましょう」

「ふん!いいかオリバー!今すぐ戻ってディートリッヒの娘を始末しろ!!もししくじって逃げられたら貴様の首を跳ねてやるからな?!」

「はっ、必ずや」


 オリバーは偉そうな伯爵に頭を下げると、静かに部屋を離れていった。

 ノーランド伯爵は深々と椅子に座りなおし、グラスに注がれた酒を、感情のまま一気に飲み干す。そして荒々しく机に打ちつけ、恨みの籠った感情を言葉に乗せた。


「モーデン・ディートリッヒ……今に地獄をみせてやる」


――朝


 眩しい日の出と共に目を覚ましたハルトは、早々に荷物をまとめて馬車に乗せ、ちょうど顔を洗いに出てきた村長へ挨拶を済ませて、肌寒さを感じながら村を出た。


 ここからアメントリまでは遅くとも3時間ほどで着く。日が高いうちに聞き込みをし、場合によっては今日中にペールドットに向けて出発するつもりだ。


「アン、グラ、ごめんね。急いで出ちゃったから干し肉しかなくって」

「ン、ガマンスル」

「クゥン……」


 少し不満そうなグラの声に苦笑いする。骨だけの身体で食べた肉がどこに消えるのかは、ハルトも未だに知らない謎だ。そもそも味覚はあるのだろうか?


 そんな他愛もないことを考えながら、遺跡のある森に沿って東へ進んだ。遺跡の断片でも見えないかと、チラチラ視線を向けていたが、奥深くにあるのか、小さいのか、残念ながら、ロマンに触れることはできなかった。


 道中は平和そのもので、たまにアンに、見つけたものを説明をしてあげると、素っ気ないながらに楽しそうな姿を見せてくれた。グラはというと、相変わらず片隅で体を丸めて眠りこけている。今まで寝てただろうに。


 そして木々が生い茂る山道を上り切った時、山の麓の少し先に、風情ある景色を見下ろした。色鮮やかな旗で飾られ、テラコッタの外壁が趣きを感じる家々が立ち並ぶ。


「スゴイ、キレイ」

「うん。僕も初めてきたけど、こんなに素敵な町があったんだね」

「ウン」

「……あそこが織り手の町――『アメントリ』」


 町が近づくと、糸を弾く乾いた音、薄く甘い染料の匂いが、風に乗って届く。町全体が機を織っているようだ。


――


 町に到着したハルトは、商会でケハンから教えてもらった取引先の男性に会いに来た。最近は知らない人と話す機会が多かったからか、前よりほんの少しだけ、緊張せずにいられる。それでも、こびりついてしまった抵抗感がなくなるのは、かなり先になりそうだ。


「あー、ディートリッヒ商会の人なら確かに二週間くらい前に来たよ」

「ほ、本当ですか?そこに副会長は……」

「ん?クレアちゃんか?いやー、今回はいなかったな」

「え?」

「彼女が来るのは二月に一回なんだ。今回きたのは若い男が二人だよ。彼女が持ってきてくれる王都の土産菓子が絶品でね。いつも楽しみにしてるんだがなぁ」

「そ、そうなんですね……ありがとうございます」

「あぁ。せっかくだから旅の消耗品でも買ってくかい?安くしとくよ」


 聞くだけ聞いてさようなら――というのも気が引けて、ランタン用のオイルと水、それから、アンの為に薄手のマントを一つ買う。陽気な店主にお礼を伝え、一度馬車に戻るとたハルトは、荷台を整理して木箱に腰を下ろして、一度情報を整理することにした――。


 この町に商会の一行が来たことは事実だが、副会長はいなかった。他の場所で待機していた?


 もし来ていたのだとしたら、副会長はアンの母親の失踪と直接関わってはいない可能性が高い。二人をそれぞれ同時に攫ったのかもしれないが。


 だが、ハルトはこう考えた。一番濃厚な線は、ここには来ていない説だと。

 王都から出発した時点でアメントリ組とペールドット組に別れたのだとしたら、アンの母親と一緒に襲われた。そう考えるとタイミング的にも辻褄が合う。


 ただ、アメントリにきた二人まで行方不明になっている理由がわからない。ハーピィが絡むなら狙うのは副会長だけでいいと思うのだが……。


「……まだ情報が足りないな。もう少し聞き込みしないと」


 この後、ハルトは再び町へ出て情報収集を続けた。

 午前の陽光が白い石畳を照らし、通りには織物を売る店や露店が軒を連ねている。風に揺れる反物は赤や青、金糸を織り込んだ布まであり、町全体がひとつの大きな布市場のようだった。道端では若い職人が織機を並べて技を披露し、木の軋むリズムと糸を打つ乾いた音があちこちから響いてくる。


 染料を煮る独特の匂いが漂い、通りを歩くだけで目と鼻が忙しくなる。彩り鮮やかな布を抱えた商人や仕立て屋が行き交い、声を張り上げては値を競り合っていた。その賑わいに混じって、焼き立てのパンや香草を煮込む匂いも流れ込み、町が確かに「生きている」ことを実感させる。


 ハルトはそんな光景を眺めながら、耳を澄ませていた。布の相場や染料の質をめぐる会話の合間に、旅人や冒険者がひそやかに口にする噂が混じる。森の奥で見かけた怪しい灯り、夜な夜な響く低い唸り声――どれも一笑に付される話だ。


 だが耳を澄ますだけでは限界がある。意を決して商人に声をかけると、言葉が途中でつっかえ、声もかすかに上ずってしまう。相手の眉が動くたびに胸が冷たくなり、背中に汗がにじむ。それでも旅人らしい好奇心を装い、ぎこちない笑みを浮かべて問いかける。


 もっとも、自分が「モンスターテイマー」だと知られれば、誰も口を割らなくなるだろう。だからあくまで素性を隠し、あくまで通りすがりの旅人を演じるしかない。


 胸の奥に緊張を抱えながらも、ハルトは「織り手の町」のざわめきの中で、次なる手がかりを探し続けた。


 しかし――ハルトが最も恐れていたこと、それは唐突に現実になってしまった。


『おい!お前――モンスターテイマーだろ!』

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