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【第一章完結】嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第二章『幼なじみと剣士の男』
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26-2.あってはならないこと

――


 濡れて滑る屋根の上を転がり、落ちる間際に辛うじて体勢を変えて免れたキオ。顔を持ち上げた先にいたのは――淡い青の瞳を揺らす骨狼『ボーンハウンド』と空から舞い降りた幼き鳥人『ハーピィ』だった。


「くっ――魔物ふぜいが……」

「……魔物いうナ。私はアン、この子はグラ。名前があル」

「魔物のくせに人真似が上手いな……」

「アンは人魔です。間違えないでください。キオさん」


 二体の間を割るように、隣の建物の屋根から一つの影が跳んで渡る。

 銀髪に灰色の瞳の少年。そうか、こいつが――


「……モンスターテイマー『ハルト』」


 ハルトが徐に前髪をかきあげると、キオはフラフラと揺れながらその場で立ち上がった。細い目の僅かな隙間から悔しさが滲み、口元に垂れた雨水を噛んで見せた。


「……キオさん、大人しく捕まってください。今なら誘拐未遂で済みます」

「あまいな。もうこの手は穢している」

「……そうですか」


 ため息が白く濁り、雨の隙間を縫って薄れた。手に握るナイフに力を込め、顔の前で構える。

 刃の向こうに見える景色が、糸の森でぶつかったオリバーの姿と重なった。


 キオが右手を前に向けると、小さな青い魔法陣がこちらを狙う。刹那――放たれた鋭い水の槍を刀身で弾く。傍らを駆け抜けたグラが水しぶきを上げ、むき出しの牙で襲いかかった。

 しかし、彼の左手は既に足元へむけられている。魔法陣から飛び出した水の柱は――軽々とグラを吹き飛ばした。


「ギャウ!」


 思わず笑みを零すキオ。自身の強さを信じる、強者の笑顔――それが過信でなければ。


 突如、背中に当たる雨が棘のように鋭くなり、彼へ突き刺さり両手が地面に触れた。いや、それは水ではなく――鋭い羽の矢の雨だ。


「がはっ!!」

「クレアに酷いことした罰」


 冷静に見下ろすアン。それを睨みつける彼の視線は、直後にこちらを向いた。


 彼にはこう見えただろう。視界の隅に立つ影が、突然目の前にいた。それを認識した時には――首にナイフを突きつけられていた。


「……な、何が」

「修行の成果ですよ。相棒とのね」


 ハルトの横に歩み寄り、キオを警戒するように唸るグラ。その白い身体に刻まれた紋章は赤く輝いてが、徐々にその光は闇に薄れた。


「……仲間の力を一時的に借りる絆の力――『リンク』僕はそう名付けました」

「リンク……有益な情報、感謝しよう」

「逃がしませんよ。教えてもらいます。今回の依頼者と目的を全て!」

「いや、逃げさせてもらう」


 その声に呼び出されたように、彼の足元に大きな魔法陣が描かれた。


「なっ!離れ――」


 一瞬で吹き出した巨大な水柱が鼻先を掠める。キオはそのまま高く空へ弾かれ、落ちた水は足元に落ち、足場としていた屋根が崩落した。


 揺れに耐えるように膝をつき、水飛沫を全身で浴びる。再び見上げる。

 飛びこんできたのは――有り得ても、有り得てはならない光景だった。


「……な、何故あなたが――」


『バサッ、バサッ』


 大きな羽ばたきの音が雨音を割くが、頭がそれを理解できない。いや、したくない。


「なんで……。なんであなたが、ワイバーンを連れている!そんな物を魔物につけて、その子に何をした!キオ!」


 不敵に口角を上げるキオ。跨るワイバーンの首には、重たそうな首飾りがつけられていた。


「従えたからだ。この魔道具で」


 首にある鉄の輪を撫でる姿に、絶望と怒りが湧き上がる。頭に血が登り、気づけば歯を食いしばり、目尻を上げて睨みつけていた。


「魔物を服従させる魔道具……そんなもの誰が作った!!」


 そう、それはモンスターテイマーの力に似ているようで、相対する力。巷では存在を囁かれながら、不可能とされた代物。


「お前もよく知っているだろう?あの豚、性格はアレだが、腕は確かだったな。ウチのギルドの知識を提供すると、すんなり完成させてた。……まぁ、これも試作品だがな」


 豚……魔道具、性格、帝国にいる――。


 そんな人物、一人しか知らない。私欲と恨みでクレアを追い詰め、ハーピィ達を危険に晒した悪徳貴族。魔道具で王都を滅茶苦茶にして消えた男。たったひと月でまたこんな――。


 全身の毛が逆立ち、絶望は失せる。怒りが脳内を支配し、冷えきった身体が熱を帯びた。胸は湯が沸騰するようにざわつき、涙となって瞳に現れる。


「アイツ――!!」

「ハルト、落ち着け」


 その苛立ちに蓋をする声は、後方から聞こえた。

 一軒となりの屋根上。クレアを避難させて戻ったであろうダグラスは、静かに雨にうたれていた。


「フリオ・ノーランド――ヤツは確かに大罪人だ。クレアに手を出したことは到底許されない。だが、あの魔道具……『隷属の首輪』は帝国で長く研究されていたものだ。そして、恨みに固執するな。いつか身を滅ぼす」

「さすが詳しいな。『ダグラス・ガウェイン』」

「ガウェインの名は捨てた。俺は『ただのダグラス』だ」


 ガウェイン家……帝国騎士団ガウェイン元副団長の血筋。代々帝国に仕え、武勲を上げてきた名家だと聞いたことがある。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「ダグラス、こればっかりは許せないよ。あの首輪の力は、僕とグラやアンの絆の契約とは違う。あれは――自我を殺す支配の力なんだ!」


 気づけば手に持つナイフを構え、力任せに投げていた。真っ直ぐで重たく、ブレのない投擲。それはキオの瞳を穿つ――はずだった。


「ギャウ!」

「お、おい!暴れるな!」


 突然首をくねらせ、コントロールを失うワイバーン。拍子に的が逸れ、ナイフは彼の顔前を掠める。そのまま弧を描き、おくにある建物の壁へ突き刺さった。


「クソっ!」

「待てハルト!……様子がおかしい」

「えっ?」


 再び向けた視線の先、雨の中で踊るようなキオとワイバーンの姿を見つめる。


「ちょっ、おい!言うことを聞け!」

「ギャウア!ギャーーー!!」


 ワイバーンの咆哮が村に響く。いつの間にか出てきて、雨に打たれていた村人達は、暗闇にあるものが魔物と知ると、慌てたように悲鳴を上げて走り始めた。


「キオ!ワイバーンから降りろ!」

「ダグラスなんで?!」


『ガツン――――』


 次の瞬間、頭上から硬い物が降ってきて、額にぶつかる。倒れながら見たその正体は――ヒラヒラと舞う空色の羽根だった。


「ハルトのバカ!違う!こんなのハルトじゃなイ!!」


 髪から滴る水と共に、苦痛の歪むアンの顔から涙と血が落ち、ハルトの鼻先を通って頬で混ざった。

 頭が揺れて、真っ白になる。視界の先には少女の顔と、真っ暗な空があるのに、異質な静寂が包み込んでいる。


 あぁ……そうか。僕はまた、アンに叱られてる。あの日の約束を破ったから。

 一ヶ月前の北での戦い――あの日の記憶のアンが、優しく語りかけてきた。


『ハルトのチカラは『護る』為に使っテ――』


 鼓膜に雨音が届き、額の痛みがじわじわと広がる。目の前の仲間の悲しい顔をようやく認識して、歪んでいく顔を止められなかった。


「アン……ごっ、ごめ゛ん゛っ……ごめ゛ん゛っ!!」

「……うん、大丈夫。私は何があっても仲間だかラ」


 そうだ、あの魔道具に仲間との絆を否定されたような気がしたんだ。魔物と人を繋ぐのは、支配や枷じゃないって信じてたから。


 でも、仲間と結んだ約束を忘れて、今僕は――キオを殺そうとした。

 オリバーに誓った『信じる』約束も蔑ろにした。なんて馬鹿なんだろう。なんて愚かなんだろう。

 どの口が――絆を語っていたんだろう。


「ハルト、立って。まだ終わってなイ」

「う゛っ、う゛ぐっ……う゛ん!」

 

 喉につっかえて苦しいものを飲み込んで、痺れた手足に力を込める。寒さと罪悪感に震える身体を無理やり押さえ込み、上半身を持ち上げた。その刹那だった――。


「キオ!!もう諦めろ!!死ぬぞ!!!」


 ダグラスの声が今の現実に意識を引き戻した。ぐしゃぐしゃの顔を腕で拭い、忌々しかった敵を見上げる。


「だっ、ダメだ!離せ!いっ、グッ――あ゛っ……あぁぁぁぁぁ!」

「ギュルウゥゥ!!」


 その出来事は、僕らに止めることはできなかった。たった今、生きて罪を償わせると誓った相手の最期を。


『ズシャッ――グチャ……ゴリッ、バキッ――』


 飛びながら咀嚼するワイバーン。上に跨るキオの胸は大きく抉れ、あったはずの心臓がなくなっていた。

 その場でだらりと腕が垂れ、首が折れ、身体が滑り落ちる。

 赤く染まった水溜まりに落ち、あたりに飛沫が飛び散った――。

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